推しが部屋に顕れた!

黒鉦サクヤ

推しが部屋に顕れた!

「待って待って、そこはダメー!」


 部屋一面に推しのポスターやファイルやチェキの入ったファイルなどが、所狭しと貼られたり並べられている。私の秘蔵コレクションだ。

 しかし、その大きなポスターや写真に、肝心の推しは端役が多いため小さくしか写っていない。それでも私にとっては、宝物でかけがえのないものだった。


 私の大好きな推しが事故でこの世を去ったのは数日前のこと。今後は推しの新たな姿を見られなくなってしまうんだと思うだけで、止めどもなく涙が溢れた。画面の端で見切れていたって、生き生きと演技している推しが好きだった。笑った顔が可愛くて、真剣な表情にときめいて。どんな表情も脳裏に焼き付けるべく、推しの出ているシーンを何度も繰り返し眺めた。目を開けていても推しのシーンが脳内再生されるところまできたのは、我ながらよくやったと思う。


 しかし、推しがいない。

 DVDの中にはいるけれど、この世界にもう推しはいないんだと思うだけで悲しい。推しが幸せに生きているだけでいい、今日一つでも推しに楽しいことがあったらいい。そう思いながら、推していたのにそれがなくなってしまった。

 悲しくて憂鬱な気持ちのまま帰宅したら、私の部屋になぜか推しの姿があった。

 私は悲しみのあまり、ついにおかしくなってしまったのかもしれないと思った。起きたまま推しの映像再生までできてしまう、私の作り出した幻だと思った。

 しかし、目の前で私にひらひらと手を振っている推しは、私の記憶のどの推しとも違う。夢にまで見た新しい推しの姿だ。


「えっと……」

「こんばんは?」


 推しが私にこんばんはって言ってくれたー!

 その事実に私はその場で崩れ落ち、嬉しさを噛みしめる。不特定多数ではなく、私だけに言われた正真正銘の、こんばんは。ここに住んでてよかった!


「もしもーし、大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫です」


 私の推しは文月あやつきややと言う。ややちゃんが私に話しかけてくれている現実に涙が出そうだ。ああ、最高に可愛い。

 私が声も出せず感極まっていると、ややちゃんは宙に浮いたまま隣の部屋へと近づいていった。

 待って、隣の部屋は私の聖地。たまに出る個人グッズなどを大量に飾った、ややちゃん祭壇があるんだった。大好きすぎて片付ける気にもなれず、そのままになっている。これからもそのままのつもりだった。この部屋に居るだけで、推し活していたあの頃に戻ることができる。

 ただ、本人に見られたら、ドン引きされてしまうに違いない。顔には出さないと思うけれど、内心でドン引きされるのもつらい。

 そこで、冒頭に至る。


「待って待って、そこはダメー!」


 私の渾身の叫びは、ややちゃんの言葉に遮られる。


「え、もうさっき見たよ。あたしのことこんなに好きでいてくれたんだーって感動しちゃった」

「……気持ち悪くないですか?」

「なんで?」


 心の底から不思議というような表情で、首をコテンと倒したややちゃんは、幽霊でも最高の最高に可愛い。可愛いを前に語彙力など皆無。私の推しは性格も最高です!


「一部屋埋め尽くす勢いでポスターやファイル壁に貼りまくって、同じグッズこんなに持ってたり、祭壇作ったりされてて嫌かなって」


 疑問の答えになってるか分からないけれど、私はややちゃんに伝える。ややちゃんは芸能人だけれど、一般人相手に同じことをやってたら私は確実にストーカーだ。

 でも、ややちゃんは私の言葉を笑い飛ばして言う。


「嫌なわけないよ。応援してくれたんでしょ? それにこれ、このポスターの映画。映画はヒットしなかったし、端役の上、中盤には消えちゃうのによく持ってたなーって思って。他にも懐かしいものがたくさんあって、楽しく見ちゃった」


 勝手に見ちゃってごめんね、と謝罪されたけど私は嬉しくて泣いてしまった。大好きだった気持ちを喜んでもらえたことが嬉しかった。


「だからなのかなー、ここに引き寄せられたのは」

「引き寄せ……られた?」

「そう。本当は逝かなくちゃいけなかったんだけれど、ソワソワしちゃって。気づいたらここにいたのよね」

「え、それって私が邪魔しているんじゃ」

「いいの、いいの。このくらいの寄り道、許してもらえるでしょ。それに今のあたし、とても気分がいいから」


 宙を見上げたまま目を瞑ったややちゃんは、祈っているようにも見えた。


「突然事故で死んじゃって、あたしの人生なんだったんだろうなってちょっと思ってたんだよね。でも、ここに来たらそんなの吹っ飛んじゃったから。思い出したの、あたしはこんなに想われてた!」


 推しが、ややちゃんが私だけに見せてくれた笑顔。

 これだけで十分だと思った。私がややちゃんに向けてた気持ちは無駄じゃなかった。もちろん、彼女にそれが認知されなくても無駄ではなかったと思うけれど、伝わったのは素直に嬉しい。


「私以外にも、たくさんの人が応援してました」

「うん、ちゃんと皆が応援してくれてたこと伝わってたよ。パニックになって忘れちゃっただけなんだ」


 もう大丈夫、とややちゃんは両手を胸の辺りで握って、とろけるような笑みを見せた。


「あたしのこと応援してくれて、ありがとね!」

「これからもずっと好きです!」

「うんうん、嬉しいなぁ。あたし、ちゃんとあなたの心に残るんだね」

「もちろん! だって、私こんなに推したのややちゃんが初めてだから。辛いとき頑張れたのも、ややちゃんも頑張ってるから私も頑張ろうって思えて……」

「なんだ、あたし結構役に立ってたんだね」


 そうだよ、と言いかけたとき、なんだか包み込まれるような感覚がして私は顔を上げた。目の前にややちゃんがいた。これは抱きしめられているのかもしれない。顔に血がのぼる。


「え、あ……」

「あなたの推しになれて良かった」


 うまく言葉が話せなくなってるうちに、ややちゃんは光って消えてしまった。天に昇ったってことなんだろうか。

 お別れの言葉を言えないまま、ややちゃんは消えてしまった。

 でも、言えなくてよかったのかもしれない。さよならじゃないし、私の中でややちゃんは生き続けるし、やっぱり私が推し活をやめることはないだろうから。

 さっきまでややちゃんが眺めていた私の聖地の扉を閉める。

 私は久しぶりに笑っていた。推しが楽しそうに笑っていたのが嬉しかった。笑顔にできてよかった。

 今日見る私の夢は、最高の予感がした。

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