第3話 新年度恒例『自己紹介』

「はーい! 改めまして2年1組のみなさん、おはようございます! 担任の清水音羽です。まだ、教師になって2年目なので至らぬところもあると思いますが、皆さんと一緒に成長できればいいなと思っています。1年間よろしくね!」

 

 体育館での始業式の後、各クラスに戻ってLHR(ロングホームルーム)の時間。担任の清水先生は元気よく挨拶をした。先生の周りにキラキラとしたエフェクトが見えるのは気のせいだろうか。なんなら、生徒よりも今日という日が楽しみで仕方なかったと言われても驚かないくらいだ。


「せんせー、彼氏とかいないんですかー?」


 見るからにカースト上位の女子生徒が頬杖をつきながら質問をする。男子生徒から人気が高い清水先生に嫌味を言いたくなったのだろうか。


「先生の個人的なことはまた今度、聞いてくださーい。それよりも、皆さんのことを知りたいので早速ですが簡単に自己紹介をしてもらおうと思いまーす。出席番号順に、席を立って自分の名前と、そうだなー、じゃあ、好きなことか趣味を教えてください!」


 しかし、清水先生はあくまで優しく、けれどもうまく女子生徒からの質問をはぐらかした。おそらく聞かれ慣れているのだろう。そして、ついに来てしまった自己紹介タイム。これは持論だが、このような全体に向けた自己紹介で本当にをする人はほとんどいないと思う。どちらかというと、自分が演じるキャラ紹介とかのほうが適当なのではないだろうか。学校という社会で生き抜くための偽りの自分を紹介する。それが自己紹介だと思う。実際に、クラスの3分の1程度が自己紹介を終えたところだが、例えば先ほど自己紹介をしていた1年のころ同じクラスだった女子は、俺と同じようにアニメやラノベを読むのが好きなはずなのに趣味はドラマを見ることと言っていた。本当にドラマを見ることが好きなのかもしれない。けれども、『ドラマ』という大衆向けのことを言っておけば波風立たせることなくその場をやり過ごすことができる。


「次、東山大輝くん。お願いします!」

「はい。東山大輝です。趣味は読書をすることです。よろしくお願いします」

「はーい、ありがとう。今年もよろしくね、東山くん」


 気持ちのこもっていない拍手が起こる。これでいい。別にラノベを読むことも大まかにいえば、本を読むことに入る。多数派になれば安全だ。未だにアニメ=キモいオタクというのが一般的な見られ方の中、ここで深夜アニメが好きだと言う勇気など俺にはない。このクラスにもし気の合うやつがいるのであれば、その時に本来の自己紹介をしたいと思う。


「じゃあ次、錦織千草さん」

「はい、錦織千草です。趣味は特にありません」


 静かに立ち上がり、先生のほうだけ見て淡々と名前を言った。しかし、それだけ、その一言でクラスの空気が一変した。やはり1人だけずば抜けたその容姿と存在感。静かだが確かに聞こえた声はひどく冷たかった。これが錦織千草。クラスの同級生、清水先生までもが一瞬拍手するのを忘れてしまうくらい、圧倒されている。


「さすが、『高嶺の薔薇』と呼ばれるだけあって仲良くする気なんかさらさらありませんって感じだなぁ」


 隣で清治が俺にしか聞こえない声で囁いてきた。俺は頷くことしかできなかった。確かに私にかかわるなオーラが凄い。しかし、なんだろうか、どこか彼女の声の冷たさは人を近づけさせないためのものとは別の何かがあるように感じた。それと同時にありのままでいる錦織千草を羨ましく思ったのは気のせいに違いない。その後も、クラスメイトの自己紹介が続き、最後の36人目が終わるころには皆、話を聞くのに飽きてしまっていた。


「はーい! 皆さんありがとうございました! 個性豊かな子が多くて、これから皆さんと過ごす時間が楽しみです!」


 そんな中だるみした空気も、清水先生が話せば明るくなる。


「それでは、皆さんのことも知れたことですから委員会決めをしちゃいたいと思います。今から委員会名と必要な人数を板書していくので、その間にどの委員になるか各自、決めておいてください」


 先生が黒板にチョークで委員会名を書き連ねていく音が教室に響き渡る。それと同時に教室内では新クラスになったばかりだからだろうか、席が近くの生徒同士がよそよそしくどの委員にするか話し合っている。教室内がすこしざわついてきたところで清治も同様に俺に話しかけてきた。


「おい、大輝はどうするんだ?」

「俺は今年も図書委員にしようかな。どうせ放課後はバイトがなければ図書室にいることが多いし」

「やっぱそうだよなー」

「清治は今年も体育祭・文化祭実行委員か?」

「おうよ! 去年は体育祭だけだったけどな、今年から体育祭・文化祭両方開催されるようになってやりがい2倍よ」

「随分とやる気があるな。まさか行事でがんばってモテようとか思ってないだろうな?」

「ま、まさかな……」

「はーい! 皆さん、どの委員にするか決めましたか?」


 清治が図星でございますと言わんばかりのリアクションをしたところで清水先生がクラスの注目を再度集め、今まで若干騒がしかった教室も静まり返る。


「それではまずは学級委員から決めていこうと思います。学級委員の枠は男女一名ずつです。我こそはと立候補してくれる方はいますか?」


 先生がクラス全体に問いかけるも反応はない。それもそうだ、学級委員とは文字通りクラスのまとめ役。仕事もそれ相応に多く、忙しいのは皆分かりきっている。文武両道を掲げるこの学校の生徒は9割が部活に所属しており、自称・進学校ということもあり放課後は予備校に通っている生徒も多い。わざわざ忙しく面倒な委員会には清治のようなモチベーションがない限り、人が集まりにくい。面倒ごとは見て見ぬふりをして、他人に押し付ける。これも学校で身に付ける社会に出たときの生き方の一つだと思う。こういう時こそ存在感を消してやり過ごすスキルが求められる。皆が皆、他人の様子をうかがっているところで、その重い空気を切り裂くように手が挙がる。一斉にその手の持ち主に注目が集まった。


「錦織さん!? やってくれるの?」


 清水先生は驚き半分で意思を確認した。普通だったら誰しもが好きな委員をやる権利があるわけだし驚きもしない。しかし、あれだけ人を寄せつけないようにしている錦織千草がまさか自ら学級委員に立候補するとは。他のクラスメイトも予想していなかったのだろう、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「はい。私、去年も学級委員だったので」


 おいおい、マジですかそれは。隣の清治に知っていたかと視線で聞くと首を横に振る。俺が言うのもなんだが、錦織千草さん、あんまりコミュニケーションお得意そうではないけれども、去年の男子委員さん連携とか取れていたのでしょうか。まあ俺に知ったこっちゃないんだが。さて、もしこれで女子学級委員が錦織千草になると男子委員がより決まりづらくなるということは火を見るより明らかである。


「で、では、女子学級委員は錦織さんにお願いしようと思います。賛成の方は拍手をお願いします」


 一瞬、間があったあと拍手が鳴り始める。この際、とりあえず委員が決まって話し合いが進めばいいのだろう、ここは便乗しておくのが賢明だ。


「それでは錦織さんに決定ですね。学級委員は前期・後期、通年変わらずお願いすることになります。よろしくね、錦織さん。男子委員の方は立候補する人はいませんか?」


 先ほどよりも重い空気が教室内を包み込む。男子にとってこれほど一緒に仕事をしたくない相手はいないだろう。こりゃまた決まるのに時間かかるぞと思っていると先生もこの空気になることを予測していたのか、すかさず話し出す。


「なかなか立候補してくれる人がいなさそうなので、先生推薦をしたいと思います。東山くん! 学級委員どうかな?」

「へ?」


 思わず変な声が出た。新年度初日から声帯おかしくなること多すぎやしませんか?

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