第2話 担任ガチャ
「あら、聞こえていないのかしら。それとも、聞こうとしていないのかしら?」
「ひゃ、ひゃい!。聞こえています!忘れますから!だから何もしないでくだしゃい!!」
「そう、ならいいわ」
「じゃあ、一歩後ろに下がっていただいてもよろしいでしょうか。少々近すぎかと……」
俺の言葉でやっとこの異常な距離感に気が付いたのか、ハッとした表情をしながら錦織千草は距離をとる。少し焦っているようにもとれる表情、そんなにラノベを読んでいるところを見られたくなかったのだろうか。
「もう一度確認しておくけれど、私とあなたがここであったこと・私が『転生したらあの雑魚キャラになった件』を読んでいたこと。この二点については他言しないこと、いいわね?」
「は、はい。言いません」
「そ、では失礼するわ。他言するなと言ったけれど、その相手には私も入っているから。今回の件は、お互い忘れる。それが一番だわ。まあ、私とあなたが関わることは今後はないと思うけれど」
こんな約束をさせられた挙句、自ら関わろうと思う人がいるだろうか。そう思いつつ、錦織さんが図書室から出ていくのを確認する。扉が閉まるのと同時にちょうど朝のSHR《ショートホームルーム》の予鈴が鳴った。肩から力は抜け、大きなため息が出る。いやいや、朝からとんでもないことになった。別に脅迫内容はどうでもいい、そもそも錦織さんと話すつもりはなかったわけだし自ら今回の件を掘り返すこともないだろう。問題はあの錦織さんと同じクラスで、しかもおそらく俺の後ろの席だということ。これほど教室に向かうのが嫌になった日はない。しかし、ここで躊躇って初日から遅刻してしまうとそれはそれで変に目立ってしまう。新学年早々悪目立ちはしたくない。図書室に根を張りそうになってる足を引きずるように俺は自分の教室に向かった。
『2-1』の室名札を確認した時、ちょうど汗が顔をつたって顎までに達した。それを拭って、教室の戸を開ける。中に入ると、ほとんどの生徒はすでに席についていた。全員の視線がこちらに集まる。俺は誰とも目を合わせないようにしながら、黒板の中心に貼られている座席表を確認する。その間も、後ろからの視線が気になって集中できない。多くの視線の中でも、俺を目の敵にしてるかの如く殺意を持った視線を感じるのは気のせいではないだろう。なぜなら、その視線の主はすぐ後ろにいるから。
教室内の机は縦横6列ずつ並べられている。その中で右から3列目の最前の席に錦織千草は座っている。そう、今、俺の真後ろに座っているということだ。不幸中の幸いなのは、ちょうど俺が右から4列目最後列の席であるため、SHR中に殺意を向けられ続けることはない、ということだろうか。自分の席につくため振り返ると錦織千草の背後に黒いオーラが見えた。いや、正確には見えていないがそれくらいの覇気を感じる。そーっと、横を通りやっとのことで席に着いた。まだ始業していないのにこの疲労感。俺はペットボトルに入っていた水を一気に飲み干した。
「おい、寝坊した俺より遅いって何かあったのか?」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ、清治」
「やっぱ何かあったんだろ」
「別に何もない。少しラノベに集中しすぎて、遅れそうになっただけ」
昇降口で名簿を見たときには見落としていたが清治も同じクラスだった。1人でも友人がいると安心するのはきっと俺だけじゃないはずだ。そして、安心できる相手ほど素になれる。
「にしても、旧校舎は相変わらずだよな。教室は歩くたびギシギシなるし、さっきトイレの前通ったけど、新学期なのに相変わらずくっせえのよ。何とかなんないのかね、あれ」
「そうだな」
適当に相槌をうつが、旧校舎の環境はあまりよくないのは事実だ。ただ、1年生のころと変わらないこの暗い色をした木製の床材と塗りたてのワックスの香りは、どこか安心感がある。
「お前は早く3年になって新校舎に行きたいだろ。やっぱ図書室が近くなるしな!」
「そ、そうだな……」
図書室というワードで今朝のことが頭をよぎる。忘れろとは言われたが、ついさっきのことだ。鮮明に覚えている。そして、今になって冷静になるとあんなに女の子の顔が近くにあったのはいつぶりだろうか。確かに相手が相手だから何とも言えないが、女の子が近くにいたという事実だけで無条件で鼓動が速くなるのは童貞諸君はわかってくれるだろう? いや、だれに問いかけているんだ俺は。
「ん? 大輝、顔赤くね? 熱でもあんのか?」
「いいや、いや。大丈夫。図書室から走ってきたから熱くなってるだけ。大丈夫」
「そうか? ならいいんだが」
なんとかはぐらかしたタイミングで、本鈴が鳴った。同時に昨年度1年1組の担任の先生が入ってくる。夏島高校では、始業式の際に新クラスの担任を教頭が発表するのが習わしになっている。そのため、始業式の朝だけは去年1組の担任だった先生が生徒を体育館まで引率するという流れなのだ。
「よし、全員いるな。では、これから体育館まで移動してもらう。廊下に出席番号順に2列で並んでくれ」
先生の指示とともにクラス全員が立ち上がる。出席番号順……。2列ということは必然的に、隣もしくは後ろに錦織さんがいることになる。はい、詰んだ。始業式の最中は生きた心地がしなさそうだな。
「ほら、大輝、行くぞー」
清治の声で一瞬とびそうになっていた俺の意識がはっきりする。仕方なく廊下にでると、嫌そうにこちらを見る錦織千草が胸の前に腕を組んで俺を迎えてくれた。すでに列はほぼできており、律儀に俺が並ぶべき場所、錦織千草の隣だけスペースが開けてある。そういうとこ、みなさんほんとしっかりしてるわね。
「では、1組から移動する。移動している間は私語はやめろよー」
静まり返る廊下。列が動き出した。体育館につくまでの間、俺はなるべくお隣さんと目を合わせないように気を付けながら前に続いていった。体育館につくと、その生徒の多さにそれなりに大きな学校であることを実感する。俺たち2年生は体育館の後方に並び、冷たい床に座り込んだ。校歌を歌った後、珍しく短くまとまった校長の話といまだに昭和感を漂わせる熱血生徒指導担当の話を聞き流す。長時間、体育座りを維持させられるというのは一種の拷問のような気がするふと、お隣さんを横目で見ると、しっかり聞いている様子。人のこと脅迫するわりにそういうとこ真面目なのね。
「えー、それでは教頭より各クラスの担任・学年主任を発表します」
その一言で流れが変わった。ついにこの時が来た。まずは3年から発表されていく。発表された先生方は一人ずつ、体育館ステージ上のマイクで挨拶をしていく。大丈夫だ。まだ
「2年1組の担任は――清水先生です」
脳内BGMが最高の盛り上がりに達した時、その名は呼ばれた。歓声をあげる男子。それを蔑むように見る女子。俺は声を上げずともこぶしを握った。一瞬お隣さんがゴミを見るような目でこちらを見ていた気がしたが気のせいだろう。なにより、清水先生だ。学校内で一番といっても過言ではないほど人気のある先生。髪は若干茶色く染められており、小柄ではあるが眼鏡をかけていることで大人の女性に見える。一部ではファンクラブがあるとかないとか。個人的には1年生の時、担任だったため2年生も同じ担任なのは過ごしやすい。尚且つ、意外とよく生徒のことを見ているいい先生だと思う。それも人気の一因だろう。
「
語尾にハートでも見えるくらい、話し方はあざとい。体育館の両側に立っている先生方をみると、やはりお偉いさんやベテランの女性教師たちは気に食わない様子。
「清水せんせー! よろしくー!」
「私語はつつしめ!」
「いてっ」
クラス内の1軍になりそうなやつが調子に乗って叫んだところを生徒指導の先生にどつかれ、笑いが起こる。清水先生も口元を隠しながら上品に笑っている。今年のクラスも悪くないのかもしれない。お隣さんがいることを除けば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます