禁忌の星より
博物館のエントランスから、銃器と弾薬を山積みした緑色のジープが飛び出した。ハンドルを握る荊が睨むのは正面。大小様々なロボットの合体した巨影が、数米ほど宙に浮きながらこちらに近づいてくる。
あれを突破せねば明神丸には戻れない。突破し、転移魔法の符を左腕に巻いた詠符機に読み取らせねば。さもなくば食糧も何も無いまま、再び人を襲うロボットたちと戦いながら、港まで戻らねばならなくなる。
「荊ちゃんは防御頼んだよ。一枚でも通せば台無しだ」
「了解ですわ。掌砲長は魔法無しで大丈夫ですの?」
キサラギが持っている詠符機は、愛用の散弾銃に付いているもの一つきり。銃が変わると魔法が使えなくなるという弱点があった。
「.50吋で撃てば大概のものは粉々だよ。そこらの盾魔法でも十発で魔力クズだね」
言葉の通りの結果を示すため、ロボットに銃口を向ける。
「いらっしゃいませ! ありがとうございました!」
相変わらず、同じ挨拶を繰り返しているだけだ。完全に壊れている。あるいは、耐え切れずに狂ってしまったと言い換えようか。
「ああなったらいっそ粉々に破壊してやるのが慈悲ですわね」
「嫌がってたって無理矢理犯してやるさ」
キサラギの重機関銃が火を噴いた。五秒撃つごとに不発が混ざるので瞬時に手動で排莢しながら、涙が浮かぶほどに紅潮した顔で四百年前の亡霊にとどめをさしていく。
「んんっ……これヤバ……癖になりそう……」
荒い吐息、胸が上下するごとに十体以上のロボットが弾け飛ぶ。
荊はアクセルを全力で踏み込んだ。古臭いガソリンエンジンが唸りを上げ、
流れるような操作でギアを繋ぎ、限界まで加速。暴力的な向かい風と火薬の爆ぜる音が交差する中、目的に向かって進む。
ロボットは上半身から順に崩れ、無数の符を撒き散らしていく。荊は自動迎撃魔法により目減りしていく三重水素にも目をくれず、暴れるハンドルを無理矢理宥める。
「正面、股の下を突破しますわよ!」
「分かった! 道を開けよう!」
.50吋弾が道路を塞ぐ敵の両膝を横に飛ばす。これで入り口が広がった。
「荊ちゃん」
「何ですの?」
膝を使い、重機関銃を一瞬持ち上げ背後に回したキサラギが言った。
「魔力切れてる」
「問題ありませんわ」
荊はハンドルを右手で掴むと、もう片方の手で座席下から銃を取り出した。安全子を親指で押し込み解除。真上から飛び来る符を散弾でノールック射撃。
「……確かにこれは、癖になりそうですわね」
痺れるような反動も冷めやらぬまま、アクセルはベタ踏みを継続。
「いらっしゃいませ!」
ロボットたちの足を抜けた。前方には無人の市街と青空。昨夜の雲は完全に過ぎ去った。十分な量の飛行型を失い、地面に崩れ自壊していくロボットたち。荊は先台を口で噛みコッキング。最後の一発を放つ。
「……ありがとうございました」
ドップラー効果で過ぎ去っていく声を背後に、明神丸が造ったクレーターを目にする。直角の大路をヒールアンドトゥで滑るように旋回。荊が操縦したことのある乗り物などせいぜい一輪バイク程度だったが、機体が動かし方を教えてくれているかのようだった。
大気圏突破の熱が未だ陽炎を上げるポッドを確認し、急ブレーキによるドリフト停止。完全に止まるよりも先にキサラギが飛び降りた。彼女が厚布をポッドの蓋に当て逆ネジに捻ると、古語の書かれた黒い符が姿を現す。指の間にそれを挟み、ジープに戻ってきた。
「掌砲長、三重水素を」
「はいよ」
荊の所有する三重水素は枯渇している。反転魔法封印用に持ち歩いているものもあったが、万が一あの魔法が活性化すればまた亜空間に飛ばされかねない。キサラギが残していた魔力パックと詠符機を接続。
「車ごと移動できるくらいのエネルギーは残ってると思うんだ」
「え、この子ごと連れて行きますの?」
「だってせっかくお持ち帰りした銃が勿体ないじゃん」
腕巻き型の個人用詠符機でも、魔力と資質次第でこのくらいの質量は転移させられるが、それにしたところで我が上司ながら暢気なものだ。
「車に残った増殖魔法は……ありませんわね」
最終確認をし、事故防止のためキサラギと密着。散々悩まされてきたキサラギの臭いだが、今は自分も大して変わりが無い。
詠符機に転移魔法を差し込んだ。三重水素から変換された魔力が、黄色い光を放つ。そして惑星アカギから――滅びた星から万里小路荊とキサラギが消え去った。
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