運輸局

 小型ロボットとともに、カウンターの中から身を起こす。全てが片付いていた。土壇菩薩を名乗った人型兵器は微動だにしない。念の為自己回復防止用の不治魔法を三発も撃ち込めば、何をどうやっても起き上がっては来ないだろう。

「で、荊ちゃん、この広い庁舎のどこに目的の手形発行機があるか、旧術でぱぱっと探せない?」

「そんな都合のいい術知りませんわよ。根気よく探すしかありませんわ」

「そっかー……」

 肩を落とすキサラギ。落胆したいのはこちらの方だ。一輪バイクから宇宙船まで、輸送や乗り物に関する手続きを一手に引き受けていたと思われる運輸局は、気が遠くなるほどに広大だった。特定の端末でしか発行できないのだとしたら、ここまで歩いてきた以上に手間がかかるかもしれない。

「あら、ロボットが……」

 ロボットは荊の下を離れて迷いなく歩いていく。主人の居場所が分かっているようだった。

「うぇー、どうする? ここでお別れか、それとも……」

「せっかくだし着いて行きましょう」

 三人、無言での行進。ずっと閉じられていた内部は驚くほどに綺麗だった。無論、外と内とを隔てるガラス窓には土埃が付着していたが。

 閉ざされた扉に立ち止まる。マニピュレーターも持たないロボットでは開く事など不可能だろう。荊が開けてやった。

『ありがとうございます。』

「どういたしまして」

 その扉には『星系間通行船管理部』の文字。

「人助けはするものですわね」

 突き当り、一基のエレベーターに到着した。

「『関係者以外立ち入り禁止』だそうですわよ、掌砲長」

「『袖すり合うも他生の縁』っていい言葉だよね」

「同感ですわ」

 偶然この星に来て、偶然庁舎に侵入しようが何かの縁。広義の関係者といえる。

 エレベーターは流石に機能していない。真空の宇宙空間ならば機械の劣化などほとんど起きないが、ここは大気圏内だ。

「階段か何かあったらそっち当たった方が良いな。上るのか下りるのか知らないけど、万が一急に動きでもしたら最悪だ」

『ここが唯一の通路のはずです。』

「あっそ」

 望みを絶たれたキサラギがため息をついた。

「こういうときこそ旧術の出番ですわよ。モーターに無理矢理通電して動かしてやれば、何とかなりますわ」

 呪文を唱え、地下に存在するであろうモーターに力を送る。金属の軋みとともに、エレベーターは四百年ぶりの稼働を果たした。

「やるう!」

「ふふ、それほどでも」

 乗り込み、階数表示に目をやるが、ボタンは上下のみだった。

『地下に行ってください。』

 ロボットの言うがままに下のボタンを押すと、不安な軋みを上げて金属の箱は地下へと降りて行った。

「……」

 二条のライトが照らす焼け焦げた弾痕。穴の開いた服。そして、大量の符。戦闘の跡だ。乾いて染みついた血痕が、当時の状況を生々しく語る。

 キサラギも荊も無言で銃を構えていた。アルミ製と思われる扉は無残に溶かされ、通行自由もいいところだ。いくつかの部屋に至る扉を通り過ぎ、突き当りにその部屋はあった。厚そうな碧鉄鋼は、部屋に納められたものの重要性を語るかのようだった。

「内側から鍵が掛けられていますわね」

「開きそう?」

「仕組みが分からないとどうにも。碧鉄鋼はただでさえ魔法も通じにくいですし」

「じゃ、万能鍵の出番だ」

「乱暴な万能鍵もあったものですわね」

 破裂音二発。上下の閂を破壊し、キサラギの馬鹿力で右から左に開放する。中には、中型量子通信機と――白骨死体が一人。ここまでは増殖魔法の符も侵入してこなかったらしい。外傷の痕跡がないことから、ここで救助を待ちながら――あるいは最期を達観して、餓死したらしい。

 小型ロボットは無言で白骨死体に歩み寄る。彼こそが、ロボットの主のようだった。邪魔しないように通信機へと向かう。

「……当たりですわね。この通信機から関と船に手形を送信できますわ」

 手形とは複製不可能の量子データだ。関と船のそれが一致したとき、ワープホールが機能する仕組みになっている。明神丸は旧帝亜共栄圏全域の永続通行許可を既に得ており、それが彼の船最大の強みとなっていた。複製不可能ではあるが移動自体は容易で、手形そのものが高値で取引される場合もある。

「で、どうやって発行するの?」

「……ハッカーでも連れてくるべきでしたわね」

「うぇー……」

 四百年前の、ろくに知らない星の機械だ。操作の方法など分かるわけがない。

「あ、適当に弄ってたら起動しましたわ」

「すごいね」

 起動画面がブルースクリーンに表示される。

『IDとパスワードを提示してください』

「IDって……」

 そんなもの持っている筈がない。

「この部屋に籠っていたあの方ならあるいは……」

 白骨死体に寄り、手を合わせてからその身を探ってみる。

「……有りませんわね」

 俯いていると、小型ロボットが荊の目の前に来た。

「御免なさい。あなたのご主人様の身体に勝手に触れば怒りますわよね」

『違います。任務は未だ完了していません。継続中と判断します。』

「それって……」

 ロボットの頭部がスライドし開く。中から出てきたのは、

「IDカード……この方の物ですの?」

 ストラップタイプのカードケースにはIDカードが収められている。

「忘れ物を、届けに来たんですのね。大切なものだから、無いと仕事が出来ないからと……」

 ロボットが頷き、物入となっている頭部を荊に差し出すようにかがむ。

「いいんですの?」

『あなたに使って欲しいと、私の魂が言っています。』

「……ありがとうございます」

 カードを機械に乗せ、読み込ませた。

「次はパスワードですわね」

 それこそ、荊に分かるはずがない。仕事上の重要機密だ。ロボットも知らないだろう。

「……いいえ」

 分かる。

 カードケースの中には写真が一枚。彼の家族のものだった。

 父と母と娘、そしてプロペラの付いたロボットが一体。 一人一人サインが書いてある。ロボットのものは、娘と同じ字体で。名付け親、なのだろうか。

 彼は待っていた。家族がここに来ることを。ならばパスワードは決まっている。彼とその妻、娘――そして荊たちが知らないまま短い旅を共にした仲間の名前を、画面に入力。

「返しますわ。――お疲れ様」

『任務終了の合図を受け取りました。』

 マニピュレーターを持たない彼の代わりに、遺体にカードケースを手向けた。

『私の帰る場所は理解しています。』

 数時間前にした会話の続きだ。

『この星において、機械の魂は魔法の力で核に帰りまた巡ります。最早新しい機械が生まれることはありませんが――私は帰ろうと思います。』

「ええ……」

『荊様、キサラギ様、ありがとうございました。』

「うん、君も元気でね」

 既に名前を知った人。いくら知りたいと願っても、二度とその家族の思い出を語れぬ人の傍らにしゃがみ、ディスプレイに表示する。

『任務完了。』



 長い階段を八階分も登り、屋上まで出たのは明神丸との通信を行うためだった。

「手形の受領を確認しました。これで明神丸は関を通過できます。――毎度のことですが見事です、掌砲長。私某惑星国家の諜報機関の出身なんですけど、掌砲長ほどのワンマンアーミーはハチマンの侍にすらいないと思います」

「うぇへへー、ほめ過ぎだよう」

 トランシーバーの向こう、女性オペレーターが明神丸の現状を伝える。

「よろしければ今度焼きさんがの美味しいお店でも――あ、水夫長ですか? チッ、代わります」

 層の厚い人材を象徴するかのようなオペレーターの声が短いノイズとともに消え、蒲生卍水夫長の落ち着いた声を久しぶりに聞く。

「素晴らしい成果だ、キサラギ殿、万里小路殿。船長殿は『現場レベルの指揮など一々やっていられん。報告は水夫長から上げるように』などと――まあ、素直じゃない事を言いおってな。淡々と航海の準備だけこなしておるよ。キサラギ殿と世良田殿は比翼の鳥。何も言わずとも通じ合える信頼関係が羨ましいわ」

「そんな大層なもんじゃないよ。口下手なオレたちが無言で分かってるのは一つだけ。ただお互いがお互いの命を奪うような選択肢を絶対に取らない、って確信してるからくっついてるだけだ。そいつを言い換えるなら――『愛し合ってる』ってことなんだろうね」

「うむ、それは十分に大層な。一つ茶化したら十の惚気が返って来たわ!」

「卍さんはもーすぐにそういう……」

 そう言いつつも、キサラギは口の端を引いて全力でにやけている。決して美しいわけではない不器用な笑い方が、卍だけではなく荊にとっても羨ましく思えた。

「して、帰還の方法だが、手筈通り転移魔法を射出するということで良いかな?」

「勢い余って街ごと吹っ飛ばさない保証があるなら」

「それはキサラギ殿の部下教育次第だな。砲術課に代わるぞ」

 再び通信が切り替わる。引継ぎやちょっとした業務連絡の際に何度か聞いた程度の男の声が、早口で用件だけ伝える。

「明神丸のマスドライバーなら半径二公理以内に着弾点を収められます。ただし直撃した場合は滅茶苦茶運が悪かったと思って諦めてください。着弾点は目視で確認するように。以上」

 切れた。

「大した部下教育ですわね」

「オ、オレのせいじゃないよう。なぜか似たような性格の奴ばっか配属されてくるんだよう」

 揉めている内に南の空が光った。射出用ポッドと大気の摩擦熱が、昼間でもそれとわかるほどの光を生んでいるのだ。

 五十米も舞い上がる土煙と瓦礫。そして遅れて、音速を裂き大地に激突した轟音が耳を劈く。

「目測一公理と九百米。仕事の正確さだけは皆結構なんだけどなあ……」

「感心する前に、あれどうにかする方法を考えた方がいいんじゃありませんの?」

「あれかあ……」

 荊が指さす方向、南におよそ一公理には、ショッピングモールで出会った合体ロボットが符をバラまきながら接近中だった。

「実を言うと今の手持ちの弾ね、バックショットとスラッグほぼほぼ使い切っちゃって碌な威力のが残ってないんだよ」

「どのくらいの威力ですの?」

「小型の飛行ロボならまあ落とせるかな、くらい」

 キサラギの全身に巻かれた弾帯には九だの三だの書かれた弾しか残っていない。

「走って無理矢理突破する……? うぇー、オレならともかく……短い付き合いだったね、荊ちゃん」

 キサラギは勝手に諦めたようだが、荊は違う。

「掌砲長、あの建物何だか分かります?」

 運輸局から目と鼻の先、その指し示す方角に掲げられた文字は『赤木軍事兵器博物館』。そして『射撃体験』。

「残り一公理と九百米、派手にブチ込んでやろうじゃありませんの……!」



 手近にあったステンレスのポールを振りかぶり、ショーケースを叩き割る。温室のような屋敷で育ってきた荊だったが、無軌道な破壊がここまで楽しいとは思ってもいなかった。手を切らないように注意深く、ショーケースから取り出したのは旧来の火薬で弾を発射する銃。オートマチックピストルにアサルトライフル、各種ショットガン、大昔のウェストランドじみたレバーアクションライフルとよりどりみどりだ。

「十二番ショットシェルに.300吋フルメタルジャケット、.22リムファイア弾――定番はこんなところかな。あるだけ詰めて持ってきたけど、信頼性に問題があるからオートマチックは避けた方が無難かも」

「逆に一番無難じゃないのはどれですの?」

「こいつだね。.50吋重機関銃。見てるだけで勃つくらい良い銃だ。最高だ。オレが嫁に貰ってあげよう」

 銃身をぺろぺろと舐め始める上司を無視して得物を物色する。

 一丁の散弾銃が目に留まった。キサラギの愛銃と同様かそれ以上に古臭いポンプアクションだが、何か心に訴えるものがあった。吸い寄せられるように掴み、コッキング。鉄の響きが耳朶を打ち、背骨が震える。

「自分を使えと、そう言っている気がしますわ」

「銃の声が聞こえるなら上等だよ。有鶏頭のポンプアクションとはチョイスが渋いじゃない」

 露出した撃鉄に宇宙胡桃の木目も美しい、クラシカルな散弾銃を、見よう見まねで構えてみる。アイアンサイトから覗いた世界は心なしか脆く見えた。

「うぇへ、この単発ライフル欲しかったんだよね。あ、パーカッションロック式もある! 全部お迎えしたいなあ……」

 キサラギは手当たり次第の銃を気化させた油で動くとかいう車に放り込んでいく。整備が容易で燃料も芋や菜種から合成可能なため、テラフォーミング中の星などで今でも使用されている方式だが、それにしたところで動く場面が想像できない。

「説明によると、このチョークとかいうのを引っ張って、ええとセルスイッチを――動きませんわよ」

 電気の力も多少は借りる仕組みのようだが、放電し切ってしまってセルとやらが動かない。

「ええと、セルが動かない場合は……人力で動かして? 三速くらいで? アクセルを踏みながら?」

 俄かには信じがたいが、それで動く可能性があるならばやってみる価値はある。

「掌砲長、ちょっとわたくしが乗ってるので車を押してくださらない?」

「うぇー、重くしちゃったけど大丈夫かな」

 言葉とは裏腹に、博物館の説明通りにクラッチを踏み込んだ車体は滑るように進んで行った。勢い付いたところで、徐々にクラッチを解放していく。そして――

「始動しましたわ!」

 四百年かあるいはそれ以上、放置されていたエンジンはあっさりと始動した。不安定な重低音が室内に響く。

「機械に魂が宿る星か。わたくしたちに答えてくれたのかもしれませんわね」

 人工知能など付いていないし、まして言葉など持たない旧式の機械たちだが、立派に魂というものを持っているのかもしれない。

「機械ってのは、ちゃんと勉強して手間かけてくれる人間には優しいものさ。というわけで運転任せた」

 ギアを一速に、ハンドルを握り込む。慣れない機械だが、すっと操作感覚が入ってくるようだった。

「いよいよ大詰めだ。こんなところで死んだら勿体ないよ? 死ぬ気で生き延びよう」

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