土壇菩薩
キサラギの読みは当たった。数回の戦闘は発生したものの、大した騒ぎにもならず包囲網を突破。閑寂とした街を、悠々と歩く。明神丸の監視もあり、向こうしばらくは敵との遭遇はなさそうだった。
地図代わりにしている二足歩行ロボットを先頭にひたすら進んで行くと、高層のショッピングモールがすぐそこまで迫っていた。八公理以上も向こうの杉田町からでも見えたビルは、往時の賑わいを思わせる朽ちたネオンサインを掲げながら都会の真ん中に佇んでいる。
「残り七公理か。ここらで少し休もう」
手ごろな建物に避難し、水筒を取り出す。雨水を煮沸して詰めたものだが、今のところ腹を下す気配はないので問題ないだろう。
『分からないことがあります』
小型ロボットだ。
「なんですの?」
『キサラギ様が他の機械の中枢回路を撃ち抜いた時リンクしてみたのですが、誰も安堵に該当する感情を抱いていました。偽の命令に操られた結果、任務を達成できずに壊れることの何が安心なのでしょうか?』
彼はまだ知らないのだろう。機械らしく目的に真摯であるが故に。
「死によって得られる救いもあるということですわ。死よりも辛い目に合っているとき、自分の死が大事な誰かを救うとき、自分が終わることでしか安心できないこともある。わたしくはそんなの絶対に嫌ですけれどね」
故郷も家名も失った今、残った命一つを自ら差し出すなど――それ以上に悲しいことはない。
「泥水を啜り、寒空の下凍えながら眠ろうとも、人は己が本来いるべき居場所を思うからこそ耐えられる。帰る場所を失えば、わたくしの居場所はこの命がある所にしかない。この前どことも知れぬ宇宙怪獣の体内で亡くなられていた方々を見てから考えていましたの。やっぱり、わたくしはわたくしの命が一番惜しいですわ」
『明神丸という船は、あなたの帰る場所ではないのですか?』
「散々助けられはしましたけど、やはりあの場所は仮寝宿ですわ。別の途があれば出て行くと思いますわね」
「オレも大体そんな感じだよ。最悪あの船が沈みそうになったら元康だけ連れてトンズラだね」
「掌砲長はもう少し愛着を持っているものと思っていましたけど」
「結局、あの船に乗ってる連中って根が風来坊なんだよ。娑婆で色々やらかしたりで居場所が無くなっちゃったから身を寄せてるだけで、別に何か目的でも出来たら呆気なく出ていくと思うよ。だから本当に、生き汚い奴ばかりでさ。元康もそんな部下の意を汲んでか、自己犠牲前提の作戦は一切組まないね。その結果分が悪くなってもお構いなし。だから皆あいつに着いて行くんだよ。指揮官というより博打うちみたいな奴だね。なまじ有能だから、それで結果が出ちゃうんだけど」
『帰る場所が有るか無いか。私の帰る場所は……。』
電子の思考速度を持つ人工知能が、処理が止まっているわけでもなく、考え込んでいるようだった。
『任務を受けました。大切な、主からの任務です。』
数秒だけの表示が消え去り、水を飲む音だけが聞こえる。
「荊ちゃん、伏せて」
不意にキサラギが銃を取り動いた。一瞬の後に埃にまみれた窓ガラスから影が差す。
「……うぇー、なんじゃあれ」
「何がありましたの?」
横に並んで外を見た。ショッピングモールから、ぞろぞろと何かが這い出てくる。符を張り付けたロボットだ。
「四百年も経っているのにまだあんなに動くなんて……」
「売りもんかな、あれ。新品だったからじゃない?」
中には飛行可能な個体も交じっている。大量のロボットは重なり合い、雑居ビルほどの高さに成長し。
「うぇー、合体しやがった。卍さんみたい」
人型の影が、符を撒き散らしながら叫びを上げた。
「いらっしゃいませ! ありがとうございました!」
「誰を接客するつもりですのよ……」
ゆっくりとこちらに向かってくる。もたもたと休んでいたために気付かれたのだ。
「やべえよ、あいつらバグってら! 荊ちゃん逃げるよ!」
「り、了解ですわ!」
小型ロボをチェストリグの背部に括り付け、走り出す。ふらつく足で倒れた人型が、隠れ家のガラスを割った。キサラギの言う通り、他人の財産に損害を与えてはいけないという基本命令の適応に欠陥があるようだ。
固い地面を蹴りながら、連続した銃声を聞く。
「うぇへ、わざわざ二足歩行なんてするからそういう事になるんだよ」
キサラギが撃ち抜いたのは、その重量を支える両足。しかし、群体ロボットはその姿勢を崩し倒れつつも、持ちこたえた。
「飛んで……!」
複数の飛行型ロボットを肩に乗せ、巨大な人型が飛び上がった。信じがたい光景だが、足だけは止めずに走る。
「しゃーない、地下鉄に逃げ込もう!」
キサラギの提案で、地下へと続く階段を下がっていく。
銃に装着したライトで足元を照らしながら、底冷えのする地下をひたすら歩く。さっきのロボットたちは追ってこないようだった。
「目的の官公庁街まで地下を進もう。明神丸との連絡が取れなくなるのが難点だけど」
三時間ぶりの日の光に目を細める。運輸局は、地下鉄の駅から目と鼻の先にあった。
『赤木中央運輸局』
土埃に汚れた人工大理石のプレートの文字を確認。間違いない、ここが目的地だ。小型ロボットを背から下ろす。
『ありがとうございました』
「どういたしまして。こちらも、あなたの地図のお陰で助かりましたわ」
短い逆関節を小刻みに動かし、歩くロボットの後を追う。庁舎の自動ドアはロックされていない。背後を警戒するキサラギに守られながら、ゆっくりと開く。内部は、符の山だった。
「ここも酷い状態ですわね」
「他の場所よりも人が多いね。なんでだろ」
「わたくしたちと同じ目的だったのでしょうね」
手形を発行し、滅びゆく星から星系外に脱出する。だが、その目的は一切果たされなかったと見て良いだろう。アカギの滅亡と禁忌魔法に関する情報は、一切歴史に残っていない。
「あなたの主も、こちらに居るのでしたわね」
『はい、私を待っているはずです。』
見渡す。服に詰まった符の山を。
このロボットがどのような命令を受けていたのかは知らないが、完全に果たされることはないだろう。残念ながら。
「荊ちゃん、銃を構えて、魔法の用意を。ここ、何か居る」
簡潔な命令に身構え、キサラギの背に回る。
「服に穴が開いてる。レーザーの弾痕だよ。ここの人たちは増殖魔法に殺されたんじゃない。何かに撃たれて、その後符にされたんだ」
遺体をよくよく確認すれば、その通りの状態だ。
「他殺……。一体誰がこんなことを……」
「その誰かさんのお出ましだ」
ロビーの奥、固い足音を立てて何かが歩いてきた。薄い緑色の金属はアツタの碧鉄鋼。魔法を用いねばまず破壊不可能な最強の合金。人型を模した無機質な容姿は、四百年前のものだろうが錆一つ見当たらない。何か、他のロボットとはものが違う。
「標的のIDを確認。排除させていただきます」
「何者ですの!?」
荊の誰何に、意外にもそいつは反応した。
「基幹命令の適応条件に該当。『犠牲者』には慈悲をもって接せよ。あなた方が死なねばならない理由を開示します」
『死なねばならない理由』ときたものだ。増殖魔法に操られているだけの他のロボットとは違い、こいつは何か別の目的を持っているらしい。見ると、符も一切付着していない。
『リンク不可能。あの個体は、アカギで製造されたものではありません。』
小型ロボットの表示。人型はこちらを機械のセンサーで睨んだまま続ける。
「我々は土壇菩薩。禁忌魔法被害の拡大を防ぐため、この星を完全閉鎖させていただきます。新規の手形発行は阻止いたします。皆様、どうか宇宙全体の為尊い犠牲となってください。申し訳ありません。申し訳ありません……」
「……」
謝罪だ。こいつは謝罪をしている。おそらくは他の星系から、この事態を拡大させないために送り込まれた自動殺戮兵器。
「我々は正義であり必要悪――『土壇菩薩』。標的のIDを排除します」
大げさに出たものだ。言うに事欠いて正義だの必要悪だの。
荊とて念の為程度の理由で殺されかけたことはある。明神丸に密航していた際、キサラギの弾丸でゴンドラごと宇宙の藻屑になりそうになった。恨んでいないと言えば嘘になるが、それでも彼らは生きるためにただの密航者を切り捨てようとしただけだ。
この相手は気に食わない。その背後に透けて見える一方的な偽善も含めて、許しがたい。
「荊ちゃん隠れて!」
キサラギがものすごい力で荊を突き飛ばす。骨が折れるかと思うほどの衝撃だが、碧鉄鋼のアーマーが肋骨を守った。
隠れ場所は受付のカウンター。『先客』を慎重に避けて、しゃがみ込む。
掌砲長は土壇菩薩を名乗ったロボットと戦闘中だった。観葉植物の鉢や柱を盾にしながら、レーザーの切れ目を縫って散弾銃を発砲。
キサラギ本人が弾丸そのものといった速さで、位置を変えながら発砲していく。
しかし、
「嬉しいねえ、久しぶりに色気のある獲物だ。君、兄弟とかいない? 訓練で使い潰してやるよ」
「その質問には答えかねます」
キサラギは一挙に八発もの実包を装填。
「じゃ、勿体ないけどここで鉄屑になるんだね!」
三角飛びで天井まで飛び上がったキサラギ。意図せぬ直上への移動した標的に、土壇菩薩の反応が遅れる。身を捻り撃ち放った偏差射撃。貫通魔法付きの弾丸が敵の肩部装甲を吹き飛ばした。
動きが止まる。その一瞬を逃さぬ掌砲長ではない。
「うぇ――やば!」
だが、炸裂は果たされなかった。
「昨日の雨で雷管湿気ったかな。
左手のコッキングで排莢。次弾を撃つ間に、土壇菩薩は飛び去った。
「標的の排除を優先します」
狙いは、カウンターに隠れた荊――ではない。小型ロボットの方だ。
「荊ちゃん!」
キサラギが叫ぶ。荊は小型ロボットと敵の間に入り、正面から向き合った。
「この――お前の何が正義ですのよ!」
荊が白金四郎から奪った自動迎撃魔法は、レーザー兵器まで防ぐことは出来ない。元々鼠が持っていたものだ。光線兵器に対しては他の兄弟の身を盾に、白金四郎は強力な実体兵器を弾けばいいという戦術なのだろう。
しかし、荊は避けない。その腕の詠符機には、別の魔法が装填されているからだった。
「排除――失敗」
盾魔法と碧鉄鋼プレートがレーザーを防ぐ。
「熱っ!」
少女の身など易々と貫通する熱量は、『熱い』で済むレベルにまで落ちた。これだけ魔法に溢れている星で、しかも盾魔法に書かれている古語は憶えている。戦闘用としてはありふれた魔法だ。増殖魔法の符にさえ触れなければ、取得は容易だった。
「お返しですわ!」
レーザーガンを構え、引き金を引いた。圧縮光子を発射し熱量を与える兵器は、反動も何もなく銃口の向いた方を焼くだけだ。雑に薙ぎ払えば、碧鉄鋼製装甲の隙間に命中。関節部のピストンを溶かし動きを止める。
「荊ちゃんでかした!」
実弾と交戦の挟み撃ちが殺戮兵器を苛む。
攻撃によろけつつも、レーザーを構える土壇菩薩。しかし――
「フォトン切れか。つまらない最期だね」
レーザー兵器に充填されている
人型兵器は手首を折り曲げ、両刃のナイフを射出。銃弾に装甲を撃ち抜かれながらも、近接戦で最後の抵抗を行うべくキサラギに走る。
キサラギが速かった。彼女は銃を逆向きに構え、銃床でナイフを振るう腕を受け流し、背後に回る。くるりと一回転させた銃口をその頭に向け、至近距離から吹き飛ばした。
「いい加減くたばりやがれよ、この腐れク〇ニ犬がよお!」
頭部を失った人型兵器を雑に蹴り飛ばし連射。文字通りの鉄屑と化す。四百年もの昔に惨劇を引き起こした犯人は、もう二度と動かない。
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