拾ったロボット

 そろそろ野営地を決めねばならない時間になって、雨が降り出した。撥水性を持った宇宙ケルピーの革が軽い音を立てる。

「うぇー、何だっけこの水……。覚えはあるけど名前が思い出せない……」

 キサラギは眼鏡を曇らせながら、天から降り注ぐ不思議な水の意味を計りかねているようだった。

「雨ですわよ。知りませんの?」

「そうそう、雨だ。昔何度か見たことがあるっきりなんで忘れてたよ」

 テラフォーミング済みの惑星や衛星、そして小惑星などを改造した宇宙コロニーにも気象調節機能というものは備わっている。雨など滅多に見ない生活といえば、宇宙船暮らしだ。

「どういう環境で育ちましたの、掌砲長は」

「オレ移民船生まれなんだよ。何代もかけて、結局テラフォーミング可能な星なんて見つからずに解体されちゃったけどね」

 何百年もかけ、何世代も交代し、居住可能天体を探す移民船。当然、あえなく失敗する場合もある。キサラギは先祖代々の夢が破れる様を見た瞬間、どのような気持ちになったのだろうか。

「荊ちゃんは実感ないかもしれないけどね、慎重に、手塩にかけた計画が破綻するときってのは、そりゃ酷いもんなんだよ。規模が大きくなればなるほど、犠牲も増えるしね」

 雨に濡れながら先を行くキサラギの背は、何か、多くの悲しいものを見てきたかのようだった。

「それってどういう……」

「宿営地を探そう。もう足が棒みたいになってるんじゃない?」

 眼鏡を外し、こちらを振り向いた。無防備な瞳は雨に濡れて細まっている。

「視力は大丈夫ですの?」

「これ保護用なんだよ。装薬銃は色々面倒でさ。視力は鉄砲撃ちの命だからね」

 今時近視の矯正に眼鏡なんて使っているのかと勘違いしていたが、思わぬ場所で真実が分かった。

「実際、視力はどのくらいですの?」

「うぇええ……最強」

「最強」

 医局長が聞いたらまた健康管理がなっていないなどと怒られそうな返答だ。

「最強だから今日の寝床を見つけたよ。あっちに掘っ立て小屋があるよね?」

「見えませんわ」

「符や人工知能搭載型の機械なんかがあったら別の場所を探そう。とにかく、こんな天気の中外で寝たら低体温症で死ぬから」

 淡々と現実的な方策を取っていくキサラギは、本当に普段とは別人のようだった。



 全面コンクリート造りの倉庫。木製の引き戸は四百年の間に真菌類の餌食となったのか、跡形もなく消えていたが、建物として大まかな形だけはなんとか残っている。

 明神丸との通信を終えたキサラギが薄く笑いながら言った。

「帰りはマスドライバーで運輸局周辺に転移魔法の符を射出してくれるらしい。三泊の予定が、明日中には片が付くかも」

「それは助かりましたわ」

 雨水を貯めるために、煮沸用の鍋を兼用しているメットと防弾プレートを外に設置してきた荊は、不幸中の幸いと顔を綻ばせた。

 尚防弾プレートは体格に合ったものを選んで着用してきたため、その貯水量には明確な差がある。キサラギが自分のプレートに貯まった水を譲ってくれればいいのだが。

「とはいえ、今持ってるレーション二本じゃどう考えてもカロリーが足りないな。――ちょっと食べられる植物でも採ってくるよ」

 雨の中出ていくキサラギ。荊は一人だけ小屋に残された。ぽつねんと周囲を見渡す。日が沈みかけている上に戸を除いた射光口というものが存在しない小屋の中は、闇だった。

 おもむろに落ちている小枝を取って、ナイフで繊維一本にまで裂き、輪を作る。

「“熱量よ、朽ちさせることなく我が手の薪を燃やし、光を発せ”」

 繊維フィラメントのみで作られた、旧術式の電灯が完成。そこら辺に置いておけば、一時間程度は部屋全体を照らしてくれる。

 この部屋は何もかもが、朽ちていた。無事なものは、原始的な器をはじめとしたセラミックや耐食合金くらいのもので、後は全て砂のようだ。

「滅びた星」

 この建物を作った人間、あるいは利用していた人間は、禁忌魔法に侵され命を落としたのだろう。今更ながら手を合わせ、屋根を貸してくれたことに感謝する――と、部屋の隅に鈍く光る異物を見つけた。

 堆積した砂に埋もれたそれを掘り出してみると、小型の二足歩行ロボットだった。

「いえ、二足歩行というより」

 箱状になっている頭の部分、プロペラの跡のようなものが見受けられる。飛べなくなり、地面を歩きながら力尽きたのだろうか。

「ああ、いけない。ロボットは今敵なのでしたわね」

 増殖の符に操られていれば、生物の身体を狙って、自分の意思で『増殖』を図る。思い出すにおぞましい禁忌魔法の犠牲者たち。

 とはいえ、符さえ張り付いていなければ無害な存在だ。あるいはバッテリーさえ空ならば。

「……符は付いていませんわね」

 であるならば無害な存在だ。ふと興味が湧き、バッテリーになるものが無いか探してみる。

 電動の草刈り機のようなものが目についた。望む望まざるに関わらず、植物がそこら中に生い茂るセンゲンでは身近な問題だ。荊も父親が庭の草刈りをするのを見たことがあった。

 バッテリーパックを開けると、セラミック製のそれは四百年の時を経ても朽ちずに残っていた。

「駄目元、駄目元……」

 呟きながら、草刈り機とロボットのバッテリーをケーブルで直結する。ロボットのディスプレイが点灯した。

『!充電中。』

 文字通りの状態を示す。四百年越しの復活には成功した。小さな達成感が、見知らぬ星で殺伐としていた胸を熱くする。

『任務の未達成を確認。エネルギー残量2%――10代半ばの女性、あなたに充電していただいたのでしょうか?』

「万里小路荊ですわ。ええ、私が充電しましたけれど」

『マデノコウジ様……万里小路様。差し出がましいようですが、現在地を確認していただけますか?』

 ディスプレイに、地図が表示された。ご丁寧に位置情報付きだ。概ね、キサラギと確認しながら歩いてきた場所に違いなかった。むしろ、衛星写真の情報を元に方角と歩数だけ頭に入れて歩いてきた荊たちよりも、よほど信頼できる地図だろう。

「思わぬ収穫……!」

 ガッツポーズ。

『現在位置を――』

「ええ、おそらく正しいですわ。おそらく。……むしろ道案内が必要なのはわたくしたちの方で」

『製造原則によるヘルプの条件に該当します。私は、あなたを助けたいと思っています。』

 この星のロボットは、機械的なのか人間的なのか、判断の付かない言い回しをする。これが例の『魂』によるものなのか。

「運輸局という場所に行きたいのですけれど」

 目的を告げると、地図に赤いマークが表示された。――二重に。

『それは私の目的地と一致します。宜しければ同行していただけませんか?』

「イエエエイ……!」

 奇跡のような幸運に、両腕ガッツポーズ。かなり正確な現地地図、しかも位置情報付きが手に入った。

「それにしても、どこでそのプロペラが破損したのかは知りませんが、その足でここから運輸局まで向かおうだなんて、無茶でしたわね」

『救助信号は送ったのですが、返答が見られないため自力での歩行を試みました。他のロボットに手伝いを要請すれば高い確率で成功していたのですが、全て別のタスクを実行中でした。』

『増殖』の符に侵され、人間を襲っていたのだ。この小さい機械が災害を免れたのは奇跡に近いだろう。

「大変な目に逢いましたのね……」

『大変の定義には該当しません。主人の命令を実行するのが至上です。』

 健気な姿に心を打たれ、猫のように撫でまわしていると、

「荊ちゃん、そいつから離れて! 流れ弾、当たるよ!?」

 銃を持ったキサラギが、入り口の前に立っている。このロボットを敵と認識しているのだ。

「掌砲長、ステイ! ステイですわよ!」

「うぇ?」

 一瞬驚いた顔に畳みかける。

「安全は確認していますわ。銃を下ろしてくださいな」

「うぇええ……荊ちゃんがそう言うならそうなんかな?」

 銃を背に掛け、地面に落とした植物を拾い集める。荊も拾うのを手伝った。二人の両手に納まる程度の、白い塊と緑色の濡れた葉。

「百合の根とノビル、クレソンだよ。味付けは……塩分補給用に持ち歩いてる岩塩くらいだね。ちょくちょくオレが舐めちゃってるけど気にしないよね?」

「緊急時なのでまあ……」

 背に腹は何とやらという奴だろう。雰囲気がそうさせたのか、素材が良かったのか、清貧ながら空腹に染みる味だった。

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