キサラギの過去

「……」

「……」

「……」

 小型の通信機――量子通信は携行できる程に小型化不可能であり、ホロ端末は通信環境が無いと機能しない。故に、大気圏を突破可能な超短波トランシーバーでノイズ交じりの音声通話をするのが、最も効率的だ。

 そのトランシーバーから、無言が続く。チャンネルは解放しているにも関わらず。

「……ふう」

 重い口を開いたのは明神丸に残る世良田元康だった。

「それで二人で残ったと。成程、理解した。貴様の突拍子の無さには胃が痛くなるな、キサラギ。私をここまで追い詰めるのは貴様だけだ。賞賛に値する」

「褒めてないよね、元康」

「褒めているし、手形を持って帰ってきたらどんな褒美でもくれてやる。以降は観測士の誘導に従って任務を遂行するように。以上、船長としての交信終了。次に呼び出しても出んからな、私は」

 元康の交信は終了した。いつも通りの平坦な口調だが、明らかに怒髪天を突くといった雰囲気だった。キサラギが関係するときだけ一部の冷静さを失うというのは、年上ながら少々可愛らしい。

「うぇへへ、何でもするってさ。どうしてやろうかなあ……」

「あまり暢気に構えている場合でもありませんわよ。この森」

 背後を見る。森だ。

 左右を見る。森だ。

 前を見る。森だ。

 まだ植物の浸食が薄いアスファルト敷きの道路を進むことも可能だが、符に操られた機械たちに見つかる可能性があった。

「おそらく、中途半端に魂など持ったのが徒になったのですわね。ただの機械なら、禁忌魔法とはいえ電子系でも何でもない『増殖』のカードが、人工知能のプログラムに干渉できるとも思いませんし」

「魂に干渉してまで自分を増やそうとする魔法か……。まるでセックスモンスターだよ。手当たり次第に犯しやがって」

 時たまキサラギは、オズワルド主任操舵手程ではないにせよ口が悪くなる。その度、普段が大人しいだけに少しギャップに驚いてしまう。具体的には主砲を発射する際など、感情が昂った時に汚い言葉が出てしまうようだ。

「森を徒歩で進めば、目的地まで一泊覚悟。行って帰って合計三泊ってとこか。オレ一人なら二泊で済むけど……」

 荊を見た。

「まあ、連れてきちゃったもんは仕方ないよねえ……」

「自分で残れと命令しといて、そんな捨て猫を拾ったみたいな言い草は無いんじゃありませんの?」

「まあまあ、サバイバル訓練は受けてるからさ。じゃ、時間も無い。進もうか」

 キサラギが歩き出した。平地だが足場の悪い森の中、にもかかわらず、その足取りは軽い。

 時折立ち止まり荊を待っているのが分かる。こういうときは、自分の体力の無さが恨めしくなった。

「ところで、サバイバル訓練って一体どこでやりましたの?」

「センゲンのジャングルだよ。荊ちゃんの故郷だっけね」

 惑星センゲンの植生は非常に豊かだ。赤道付近には帝亜共栄圏随一の生物多様性を誇るジャングルも生い茂る。荊自身は行ったことが無かったが、急に故郷が懐かしくなった。

「基礎体力測定をパスした連中五人くらい集められてさ、一月くらいずっと行軍。狩り用だ、って銃の使用も無制限で許可されてたから、それなりに楽しかったなあ……」

 同じ星の思い出を懐かしむ者同士、妙に親近感を覚える。

 両性を見たのはキサラギが初めてでは無かったが、彼らないし彼女らは女と男、両方の造作的利点が目立つことが多い。男にしてはほっそりと、女にしては凛々しい顔と、美形が多いのが特徴だった。キサラギもその例に漏れず、荊としては中々好ましい顔をしていた。こうして普通に微笑む横顔を見ると尚の事意識してしまう。同性愛の趣味は無いが、キサラギはどちらでもないので守備範囲内だ。

 ただ、トリガーハッピー状態になると致命的に気色悪い変態になるのが悪い。おまけに船長のお手付きと、強いてアプローチする意味など欠片も無い。

 そもそも荊は恋愛自体未経験だった。九歳くらいまではなんとなく結婚相手がいると聞かされ育ってきたが、それも有耶無耶になると、意識する暇も無く魔法知識の習得にのめり込んでいった。ドライな性格も手伝い、恋愛至上主義な価値観に対しては極めて懐疑的な態度を取り続けている。

「掌砲長は元軍人ですの?」

 キサラギが荊に己の過去を語ったのはこれが初めてだった。もう少し掘り下げてみる。

「うぇ? んー、そんな感じかな。うん、軍人には違いない。粛清隊って秘密警察みたいなとこだったんだけど、配属されて二年で潰れちゃったからね。どっちかというと明神丸でのキャリアがメインかな」

「秘密警察」

 狂気じみた戦闘力を持つものの、そういったスパイじみた活動には不向きに見える。なんといっても、彼女はコミュニケーション能力が――

「なんか、『お前みたいなコミュニケーション能力ミジンコ野郎が秘密警察なんか務まるわきゃねえですわー』って無言で言われた気が……」

「それ言って無いって意味でしてよ」

「実力部隊だったんだよ。敵地にこっそり侵入しといて、命令が来たらドンパチ始めるお仕事。だからある程度自力で生き抜く方法が必要だったわけ」

 普段の生活態度を見ていると、とてもそうは思えない――という言葉は一応呑み込んだ。これでも上司だ。

「ところで、廃棄したガスマスクのフィルターは持ってる?」

「ええ、言われた通りに」

 滅亡の原因が分かった時点で、ガスマスクなど無用の長物だ。キサラギの指示でフィルターだけ外してきたが、その目的はまだ聞いていない。

「そこら辺の水たまりでも、そいつで濾過して煮沸すれば飲み水ができるからね。旧術で火は熾せる?」

「ええ、お任せを」

 いまだかつてない程頼りになる上司からは後光が差していた。

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