目に物を――

「元康さあん、ちょおっと問題が起こりましてえ」

 クルップの言う周期が確かな情報ならば、あと数時間後にグラが来襲するという現在。まんじりともせず待機していた元康に医局長直々の報告が届いた。

「さて、寛大な私は大抵のヘマやらかしは許そう。怒ると思うので話してみたまえ」

「不穏な前提はやめて下さあい! いや、本当に大したことじゃないんですう。ただ、クルップさんが意識を取り戻したと同時に、病棟を脱走して宇宙服一着だけでアトミラール・クルーゲに帰っちゃってえ……」

「ふむ、貴様は脱走と言うが、我々は彼の身体的自由を一切拘束した覚えはない。彼は客人だ。つまるところそれは脱走では無く――退院だ。どちらかといえば祝うべきだな」

「んん……元康さんがそう言うのならそういう事にしますう。じゃあ今度一緒にお食事でも――」

「おっと、噂をすればアトミラール・クルーゲより通信だ」

「ああっ!」

 接のピンク髪がワイプアウトし、焦点も定かでない老人の顔が大型ディスプレイに映された。

「は、話……把握、した。最後……作戦……吾輩は……乗る!」

 言葉は途切れ途切れで呂律も回っていない。脳への損傷により、言語野が十分に機能していないのだ。

 しかし、老人にはその命の終焉を目前にしても目的を達しようという強い意志があった。

「感謝する。そして、ご武運を。どうやら奴め、空気を読んで性懲りも無く挑みに来たらしい。この六十年、あなたに負け続けたというのにな」

 ふ、と、ジギスムント・フォン・クルップは微笑んで己の持ち場に付いた。決して動かぬ戦艦。彼の六十年にも及ぶ戦争の指定席へ。



 先に仕掛けたのは明神丸だった。

「うぇひひひ! 単に撃つのも悪くは無いけど、やっぱ武器ってのは致命傷になると分かってぶっ放さなきゃねえ! 総員、耐衝撃防御! 主砲使うよお!」

 狂ったような掌砲長の笑いとともに、明神丸中央下部の主砲――全長四百四十四米、口径千二百耗、規格外れの大質量砲が雄叫びを上げた。

 亜光速にて放たれ、キサラギの所有する対防御魔法を全部用いれば、惑星国家の防御すら突破して壊滅すると予測されている、相互確証破壊を目的とした戦略兵器。絶対に使ってはいけない、しかし、使わないからこそ、実質的に無国籍の明神丸一隻が、国家とも対等に渡り合える必滅の切り札。

 悪魔の巨砲は、その暴力の前準備として砲身後部に衝撃緩和魔法や盾魔法を張り付けていく。とはいえ悪魔の操り手、キサラギの防御無力化魔法『五不の魔法』の性質上、船を守るための魔法を少なからず無効化し得る。故に明神丸は被害防止のために反力として反重力子エンジンを全力駆動、船内の人工重力も綱渡りの様な繊細さで保持していく。船内ありとあらゆる全ての部署の連携なくば、明神丸そのものも甚大な損害を受けかねない、諸刃の剣だった。

「“防御不能ふせぐことあたわず治癒不能いやすことあたわず認識不能しることあたわず”もう一度、そのドテッ腹にクソ穴開けて犯してやるよ!」

 撃った。

 完全な不意打ちは、過たず巨龍の腹を抉る。

 元康は轟音を立てて揺れる航法管制室に立ち、朗々と叫んだ。

「十七日ぶりだな! 不死を気取る半神とやらに、身の程を教える時間が来たぞ!」

「こちらアトミラール・クルーゲの後ろの方、砲術課所属、万里小路荊ですわ! 始まりましたのね!?」

 通信の回復と同時、『内のグラ』に呑まれた部下たちが姿を見せた。

「始まったとも、万里小路荊! さあ、その大言通り宇宙を滅ぼし、生き残って見せろ!」

「無論ですわよ、船長! 目にもの見せてやりますわ!」




 荊は見る。『内のグラ』体内、『口』の予測地点より白い両翼を掲げた巨神級武装商船が姿を現す様を。

 武装商船、明神丸。

 来た。約束通りに。盾魔法で鋭い歯を防ぎながら、堂々と飛翔し、彼らは来た。

 一機の宇宙戦闘機が誘導通りに着艦する。水夫長、蒲生卍。砲手、万里小路荊。思わぬ客人、シャルロッテ。三人、健在だ。

「うぇー、御免。一回くらいしか会って無いし名前忘れちゃった! 仕方ないよねえ?」

 砲術管制室からの通信。卑屈さすら漂う低い女の声は、向こうが忘れようともこちらは覚えている。

「万里小路荊ですわよ、掌砲長チーフガンナーさん」

「うんうん、荊ちゃんだ。君が作戦の要だよ。持ち場に急いで」

「了解!」

 宇宙服の残圧確認もそこそこに戦闘機を降り、多少乱暴に空気を噴射。無重力を滑って与圧室へ向かう。地上育ちの荊も、この半月強の生活で慣れたもの。

 しかし、卍もシャルロッテも荊と明神丸船内に移動しようとはしない。

「何してますの水夫長!?」

 船内に戻るのならば、与圧室を通過せざるを得ない。一旦閉鎖されればしばらくは開かない与圧室を。

「神は試練を与えたもう。極楽は地獄、地獄は極楽。禍と言うのは不意打ちの代名詞であるな」

 卍は戦闘機を人型――隻法師に変形させつつ呟く。

 シャルロッテがそれに続いた。

「私も同行させてください。はい、こういうときどう言ったらいいか、丁度良い倭語はついさっき知りました――『メニモノミセテヤリマスワ!!』」

 その一つ目、視線の奥には、

「もう一体の暴喰グラ――『内の内のグラ』!?」

 我ながら名前のセンスが終わっている気がするが気のせいだろう。

「行けよ、迷わぬ子羊よ。ここは我らが食い止める!」

 出て行こうとする隻法師を、一瞬だけ引き留めたものがいた。

「ああ、ちょっと待ちな、卍よ」

 主計長の老婆、愛宕だ。

「ジギスムントから預かった忘れもんさね! 二度と手放すじゃないよ!」

「……! 忝い、愛宕殿!」

 隻法師は胸部のキューポラを一瞬だけ開いてそれを受け入れた。ちらりと見れば分かる。

「……篠さんですのね」

 今、シャルロッテの胸にはクルップの持っていたロケットが下がっている筈だ。

「あなた方、絶対に死ねませんわよ?」

 聞こえてはいないだろうが、一言だけ言い残して与圧室に入った。

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