浪漫変形!隻法師

 待機時間は八時間。その間に睡眠や栄養補給を済ませ、明神丸への帰還準備を整える。

「遅れた子羊はいないようだな、関心関心。宇宙オーディンのご加護があらんことを」

「宇宙オーディンのご加護があらんことを」

 水夫長の唱える謎の文言を復唱する、筋肉隆々の水夫たち。異様な光景だった。

 行きと同様、荊は戦闘機の複座に乗り込んだ。空のコンテナをこちらの戦闘機が牽引。接の乗ってきた戦闘機が並走する。

 唐突に、通信から声が聞こえてきた。叫び声。クルップのものだ。

「――! こちらアトミラール・クルーゲ! グラが出現、そちらに向かっている! 予想外だ、こんな短期で現れたことは今まで一度も無かった……!」

「ちょっと嘘でしょお!?」

 接の絶叫も虚しく、大口を開けた宇宙怪獣がこちらに向かって飛翔してくる。

「明神丸でも捉えた。主砲の使用を前提に迎撃態勢を取る。それまで持ちこたえてくれ、水夫長!」

 船長からの通信。卍は十字を切り、応える。

「承知した、船長殿。単騎にて迎え討つ!」

「単騎って……!」

 動揺する荊を余所に、部下に指示を飛ばす。

「後部は放棄していいが、前のコンテナには人員が搭乗している。牽引を引き継いで、医局長ともども母船に戻してくれ」

「了解しました。ご武運を、法師チーフ

 牽引索をパージし、本来の性能で加速。巨大な宇宙怪獣へと向かう。

「……!」

 強烈なGが内臓を丸々ひっくり返したような衝撃を与えたが、卍は気を使うつもりも無いらしい。せめて吐かないように耐えつつ、手持ちの魔法を見る。

 自動迎撃魔法。

 白金四郎が用いていたものを、個人的に所有することが許可されていた。倒した相手に対しては略奪が許されている。ただし魔法に関しては一枚だけ。海賊じみた、明神丸独特の暗黙ルールだが、それだけ魔法使いとの戦いが多いということなのだろう。キサラギが所有を放棄したので、あの場にいた荊に所有権が回ってきていた。

「旧術よりはよほど戦力になるでしょうけど……」

 詠符機は卍の座る操縦席に一つ、荊の複座席に一つ。一介の戦闘機としては充実の装備だ。

「拙僧の魔法を使うぞ、万里小路殿。少し覚悟はいいかな?」

 卍が符を取り出した。

「御遣いたる三本足のスカラベは宇宙服を着た神々を導き地上を遍く平定した」

 やはり旧術使いの荊にもさっぱり意味の分からない呪文を唱えながら、符を差し込む。

「設計思想曲解、構造合理性破戒――見よ宇宙の悪霊、我が魔法『変形魔法』の神髄を!」

 戦闘機のフレームが軋み、小型反重力子エンジンからの動力伝達機構が歪に組み変わっていく。蒲生卍の切り札である魔法とは、機械の構造を組み替え、あるいは自由に捻じ曲げ、変形させる異形の術。戦闘機から変えた姿は――

「人型……って、かえって弱くなってるなんてことはありませんわよね!?」

 荊の脳内に前方投影面積や整備性などの合理的思考が光の如く過ぎ去って消えていく。

「心配ご無用。信じておれば救われる……!」

 センサー類が統合された単眼モノアイが光った。

「天目一箇神の血を引くとも言われる一つ目族は、鍛冶特化魔族としての能力よりモノの構造を一目で看破し、また完全に暗記する。地味であるが有用な能力よな」

 種族特性と符による魔法が合わさった人型変形は、接近戦においてはむしろ常の戦闘機姿よりも強力――ということらしい。

「隻法師見参! 悪鬼調伏仕る!」

 巨大人型ロボットと宇宙怪獣――出来の悪いフィクションの様な戦いが、幕を開けた。



 宇宙船の捕食者たるグラは、その深緑色の巨体に推進装置らしきものも付いていない。にもかかわらず、並の軍艦よりもよほど素早い。

 蒲生卍駆る隻法師は辛うじて顎を躱し下部に潜り込み、攻撃を仕掛ける。

 敵は遠距離攻撃手段を持っていないが速度に勝る為、接近戦に頼らざるを得ない。戦闘機の装甲とレーザー兵器用の光子から『変形』させた光の剣で、宇宙怪獣の表面構造を斬る。

 しかし、明神丸の副砲による一斉攻撃を受けても尚、なんのダメージも追わなかったグラの表面は、頑丈の極みだった。

「刃が立たんか……!」

 苦々し気な卍の言葉を聞き逃さず、荊は詠符機に符を読み込ませた。

 姿勢を崩し、グラの表皮に激突すると思われた隻法師が、自動迎撃魔法の力によって弾かれ十数回とバウンド。一気に胴体の真ん中まで駆け抜ける。

「良い判断だ、万里小路殿」

「褒めるよりもまず真面目に戦ってくださいなー!」

 グラは憎々しげに首を百八十度くねらせ、小虫の様な人型ロボットを食らわんとする。

 その首に、邪魔が入った。

「六十年も連れ添った吾輩を忘れるとはいい度胸だな。シャルロッテの仇だ。今日こそ引導を渡してやる」

 殺意。

 通信越しでも伝わる殺意と共に放たれたレーザー砲撃は、グラの注意を逸らすに十分だった。

「良くやってくれた、クルップ卿。後は明神丸に任せたまえ。――キサラギ!」

「うぇひ、うぇひひひ! 主砲撃つのも久しぶりだなあ! マジ勃起モンだよう!」

 粘着質な舌舐めずりに粟が立つ。唾液がグラス一杯分も垂れ流されているような雰囲気だった。

 が、この後荊がやる事ははっきりしていた。新入りとはいえ砲手だ。この程度言われなくても予測できねば困る。明神丸の主砲は、巨大な『実体砲』である。質量のある砲弾を亜光速で放ち、ありとあらゆるものを粉砕する。引き換えに、弾速は光速のレーザー兵器に比べると劣る。故に、この宇宙怪獣をこの場に引き留め続けなければならない。

「着弾まで二十秒。当ててよねえ!」

「了解ですわ、掌砲長」

 しかし、アトミラール・クルーゲの砲撃を受けたグラの復帰は早かった。再び小虫を呑み込まんと大口を空け隻法師に迫る。

「クルップ卿!」

 この距離ならば、またアトミラール・クルーゲの砲撃で止めるのが最適解……の筈だったが。

「クルップ殿! どうされた!?」

 卍も通信でアトミラール・クルーゲに呼び掛けるが、応答がない。

「ちょっとこれ……詰んでません……?」

 そうこうしている間にも大口は迫っている。奈落の如き暗黒に、白い山脈のような歯が並ぶ。呑み込むなどというレベルではない。噛み砕かれて終わりだ。

 卍は全速力で回避行動を取っているが、絶対に間に合わない。

「……すまんな。これが拙僧にとって最後の罪となるか……」

 卍は、諦めた。

 唐突で理不尽。死が、万里小路荊を呑み子もうとしている。それは、受け入れがたく。

 絶対に受け入れがたく。

「ふざけんじゃありませんわよ! 諦めるくらいだったら、なんでここに残りましたの!? わたくしは戦って生き残るために、あなたの操縦する戦闘機に乗ったんですのよ! 下らない『贖罪』に付き合わされるなんて冗談じゃありませんわ!」

「むう……しかしこうなっては死後の救済を祈る他……」

「ありますわよ! 策が、まだ、きっと!」

 諦めるな、と目を見開く。突破口は――

「正面、口の中に飛び込んで下さいな! 噛み砕かれるよりも速く、速く!」

「……! 承知した!」

 あえて、その暗黒に身を投じる。ややもすると数糎の差で歯を躱し、上下左右も不明な空洞を突き抜けた。

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