エセ坊主・蒲生卍
資材の輸送は、連結した二頓ゴンドラ二台を戦闘機に牽引させることで行う。取引が惑星規模の大口ともなれば、区画ごとスラスターを接続して行うことになるのだが、戦艦一隻に老兵一人が相手ではこれで十分だった。
直属の部下である荷役達を差し置き、荊は戦闘機の複座に座っている。銃手ということで抜擢されたのだ。水夫長、蒲生卍は巨体用に誂えた操縦席に、相も変わらずの僧服姿でレバーを握っている。
「実のところな、あの海賊襲撃に際して戦闘機を操縦していたのは拙僧だったのだ」
「……ああ、あの時」
人質の死を前提とした酷薄な策略。一歩術を使用するのが遅ければ、荊は死んでいた。それを本人に対し素直に言ったことに少し驚く。
「キサラギ殿の戦闘能力が軍神じみて高かったことに加え、能力の相性も最高といっていい程に噛み合っていた。なればこそ何の損害も無く魔法使いを倒すことが出来たが、本来ならば旅客一人の犠牲などどうでもいい程の脅威なのだ。必要な犠牲だった」
「犠牲になっていませんけれどね、わたくし」
「うむ、拙僧が考案したヴードゥー般若心経にて弔ったのだが、無駄に終わった。万里小路殿の久徳の為すところであろう」
「いったいどんな宗教の僧侶ですの、あなた」
卍の首には十字架やリンガ、タコめいた謎の神像に
「実のところ、拙僧は神職などではないのだ」
「まあ、見ればある程度分かりますわ」
「え?」
割と本気でショックを受けたようで、戦闘機の操縦中にもかかわらずこちらを見た。慌てて前を向く。
「む……すまんな。拙僧も修行が足りん。――拙僧は神職などでは無く、罪人なのだ。故に、あらゆる神に救いを求め、恥知らずにも跪く」
「罪人……って、どんな罪を犯しましたの?」
「『六本松の悲劇』という事件を知っておるかな?」
「ええ、名前くらいは」
荊が生まれる前――およそ二十年前にコロニー九百六十六号、通称六本松コロニーで起きた、大規模な
その実態を変えるために、六本松で大規模な反乱が起こった。元来従順な性格の人造人間をとある宇宙海賊が支援、武装させ、強制労働を科す地主たちに反旗を翻させた。
「拙僧はその主犯の一人だ。娑婆に出れば凶状持ちのテロリストよな」
「それは……」
いかなる理由があって行ったのか。
「哀れみ。畢竟理由はそれになる。情に絆され、人造人間たちを哀れに思って行動した。だが――結果は惨憺たるものだ。反乱は六本松の本星であるスワの軍によって鎮圧。海賊は裏切り、逮捕された人造人間たちは……無実の者も含めて戸籍を剥奪。奴隷化薬を打たれた。全て仕組まれていたのだ。拙僧は愚かにも悪人の諫言に乗り、無益な犠牲を増やしただけだった」
「あなたが悪いですわ。それは……残念ですけれど」
荊は目を伏せて正直な感想を述べた。
「万里小路殿は優しい人だな。左様、拙僧は悪だ。故に、悪の犠牲などなるべく少なくなるようにと、あらゆる神々に当の悪党の口より懇願奉っておると――そういうことであるな」
六本松の悲劇の背後には、当時コロニー開発に出資していた世良田元清も絡んでいるという噂が流れていたが、今となってはどうでもいいことなのだろう。ただ、悲劇と罪が残った。そういう話だ。
「目視できる距離まで来ましたわね」
「うむ、遠くからも確認できていたことだが――船尾が丸々抉れておるな」
ハイリガー帝国製江神級戦艦『アトミラール・クルーゲ』。船体は大きく『く』の字にひしゃげ、その船尾六分の一程は丸ごと抉れて申し訳程度に板材が張り付けてあるだけだった。
「一体、何をされましたのよ……」
数時間前に暴食の名を持つ宇宙怪獣を撃退した主砲だけが、怨敵を無言で睨んでいる。
老人だった。
ブラウリンゲン海軍少尉、ジギスムント・フォン・クルップ子爵は顔中に皺が刻まれ、背は曲がり、血色は甚だ悪い、老人だった。荊と卍は空き瓶やゴミが散乱する砲術管制室で、長椅子に座るクルップ卿と対面した。
「荷の確認は……」
卍も予想外だったようで、少々怖気づいている。老人だろうとは思ってたが、通信の声からはもっとしゃんとした姿を想像していた。
「無理だな。砲撃で神経使い過ぎて動けん。どうせこちらの対価の方が勝ってるし釣りも要らんのだ。伝票にサインだけ書いてやるから渡すがいい」
「お取引に感謝する」
卍がホロディスプレイを渡す。クルップは仮想ペンで筆記体のヴァルド語を書くと、そのまま長椅子に寝転んでしまった。
「魔法の符はそこの箱に入れておいた。どの途、この生活で使う魔法など限られている。全部持っていけ。――まだ何か?」
白く太い眉毛の奥、目付きだけは鈍く研ぎ澄まされた光を放っている。
「失礼だが、お歳はいくつになられる?」
「八十三……の筈だ。吾輩が呆けていなければな」
八十過ぎの老人がただ一人で、六十年もあの暴龍と戦っている。気の遠くなるような、あるいは狂気じみた話だ。
クルップは「む」と、思い返したように唸った。
「少し待て。貴公ら、この後はどうする。予定などあるのか? ちなみに、あの宇宙怪獣はきっかり二十日に一度の周期で来襲する。迎撃まで余裕はあると思うが」
「予定と言えるほどの方針はまだ何も。漠然と周辺宙域の調査などすることになるかと思うがな」
静かに寝転ぶ老人は、少し思案して告げた。
「それでは効率が悪い。車輪の再発見という言葉をご存じか? まだ戦友たちが生きていて、吾輩も戦闘機を乗り回していた頃の調査データおよそ三十年分をくれてやろう。ただし――」
クルップ卿は無表情だ。世良田元康のように、あえて鉄仮面に徹しているのとも違う。表情の作り方を忘れたかのようだった。
「水夫たちともども、今夜は当艦に泊まって酒でも飲んでいけ。最後の戦友が……あれは肺炎だったか動脈硬化だったか……まあ、とにかく敵地にて名誉の戦死を遂げて八年だ。AIを除けば八年ぶりに他人と話すのだから、そのくらい融通を利かせててくれてもいいだろうな?」
「……酒など飲めるのかな、ご老体?」
「舐めるなよ、魔人族。三時間も寝れば全快だ。それにご老体とは軽々に言うが、貴公などややもすると吾輩よりも年上ではないのか?」
「はは、同い年くらいであろうよ。国も言葉も違えど同世代、積もる話と行こうか」
二頓ゴンドラ二台に収まる程度の荷物を無重力下で下ろし、倉庫までポーター車で運ぶ仕事は十名で事足りた。荊はクルップに渡されたデータのおおよその所見をまとめたり、船外に出て損害の調査を行ったりと別口の仕事を行っているので、荷下ろしには参加していない。いずれにせよ、荊の筋力では無重力とはいえ荷役など不可能だ。今は翻訳済みの資料の気になった部分をもう一度読んでいる。
「閉鎖宙域の広さ、端から端まで二千光年。おまけに端から向こうは素粒子すら観測できない『虚無』の領域」
溜息と共に俯く。よしんば転移魔法か何かで端にたどり着いても、時間の概念すら存在しない虚無に呑まれて終わりということだ。
「脱出の術は依然として無し――ですわね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます