宇宙怪獣を狙う男

 砲術管制室はオズワルドや元康が指揮を執る航法管制室とは別の区画に位置する。権限を持った者は分散して配置しないと、いざ管制室ごと吹き飛ばされたとなった場合に引き継ぐ者がいなくなる。数万公里離れた位置から横幅五公里もの巨艦が撃ち合うのだから、数百米離れたところで大した違いはないと断言する士官もいるが。

 キサラギと荊は三次元エレベーターで砲術管制室まで一分とかけずに移動した。早速の仕事という訳だ。

「魔法の扱いは任せて大丈夫だよね」

「初見となると十分に扱える可能性は低いですわよ」

「何分なら出せる?」

「おおよそ九分くらいは最低限」

「うぇひひ、上等上等。照準は基本自動だから魔法の制御さえしてもらえばいいよ。目視確認と手入力が必要になる場面は……ま、ジャミング戦に負けたときと白兵戦だよね」

「適材適所で安心しましたわ」

 薄暗く、狭い室内はホロディスプレイに照らされ、詠符機に繋がったケーブルが床や壁を這っていた。既に五名の人員が配置についている。上司と新入りが同時に到着したというのに、こちらに目を向けようともしない。

掌砲長チーフ、状況は送信した通りです」

 一人が画面を見たまま早口でそれだけ言うと、後は何もない。

「皆人見知りでねえ。名前も覚えてないんで席番と役職で呼び合ってるよ」

「素晴らしい労働環境ですのね」

 指定された配置に付く。数スロット分の詠符機にトリガー型スイッチが並ぶ、狭い椅子だった。

「元康、とりあえず主砲撃っとく?」

「毎度のことだが、あれは厳禁だ。惑星でも滅ぼすつもりか貴様」

「言ってみただけだよう」

 航法管制室に移動した船長とはラグ無しのリアルタイム通信が繋がっている。経路はいくつか確保してあるので、転移魔法による移乗戦闘でケーブルや無線を切られても基本的に問題は無い。

「さて――」

 ホロディスプレイの向こう、白木の杖を床に打ち付けた元康が告げる。

「Wir sind Myoujinmaru. Wir sind nicht dein Feind. Bitte senden Sie uns Ihre Daten(我々は明神丸だ。敵では無い。貴君らの仔細を送られよ)」

 翻訳AIが発展した倭語圏では滅多に話者などいないハイリガー帝国の公用語、森林部族ヴァルド語を操り、砲撃準備を整えつつある相手側戦艦に語りかけた。

「Beweg dich nicht(動くな)」

 変身はしわがれた男の声。リアルタイム翻訳で荊にも意味が伝わる。

「動くと当たる。後ろに目は付いていないのか、貴公ら」

 咄嗟に、レーダーが捉えた光学情報を後方にスイッチする。そこに、明神丸の数十倍はあろうかという『生物』がいた。

「宇宙怪獣……!」

 驚愕の声は誰のものだっただろうか。それは、『真海星』の時代に龍や巨人と呼ばれた半神の成れの果て――宇宙怪獣だった。筒状、深緑色の巨体を宇宙空間に浮かべ、体高よりもなお大きい口を開いて明神丸に迫る。

 人知を超えた脅威をその砲に捉え、謎の戦艦の主は言う。

「そのまま進むとこちらの射線に入る。だから止まれ。吾輩がそれを討つ……!」

 撃った。

 極太のレーザーが前上方を横薙ぎに払い、宇宙怪獣に直撃した。その身に大熱量を受けた怪物は不快気に身を捩り撤退していく。

「元康!」

「意趣返し程度にはなるだろう。目標、後方宇宙怪獣。発砲を許可する」

「待ってましたあ! 全砲手は熱量滞留魔法用意。各々好きにブチ込んじゃってえ!」

「熱量滞留魔法――これですわね!」

 詠符機に魔法をセット。トリガーのロックを外し、自動砲撃装置に許可を下す。三重水素を変換して得た魔力の一部が行使者である荊にバックし、その制御権を握らせた。

 熱量滞留魔法は、レーザー着弾点の熱を逃がさないようにすることで威力を底上げする、砲撃戦においては基本の魔法だった。それにしても、異様な数の符が用意してある。イズモの統合軍ですら一艦二、三枚程度が普通の砲撃用魔法が、合計二百枚を超えて壁面のホルダーに刺さっている。

「なんというか、充実ですわね」

 逃げる宇宙怪獣の背に数十条の光が着弾するが、巨大生物は何事も無かったかのように去っていった。



 全てが過ぎ去った静寂。無言の虚空に取り残されたのは明神丸と、正体不明の戦艦一隻。戦艦からの通信が老人の声、ヴァルド語で送られてきた。

「吾輩はハイリガー帝国所属、惑星国家ブラウリンゲン海軍少尉、ジギスムント・フォン・クルップだ。今現在、この戦艦『アトミラール・クルーゲ』唯一の生き残りである」

 ハイリガー帝国は旧帝亜共栄圏と同様、複数の惑星国家から成る領邦国家だった。宗教的対立から度々内乱が起こっているものの、ブラウリンゲンは穏健派として有名である。その惑星国家の軍艦が何故このような場所に漂っているのかといえば――

「主星より命を受けて宇宙怪獣『暴喰グラ』討伐に出撃したが、この様だ。正体不明の宙域に飛ばされ、もうかれこれ六十年は奴の命を狙いながらここで漂流している」

「脱出しようと試みたことは?」

 ホロディスプレイの向こう側、クルップの音声と並び立つのは世良田船長の傲岸な顔。この危機に際し、普段通りの落ち着きを見せている。

「戦友がまだ生きていた頃はあったな。母艦は使い物にならないので戦闘機で方々飛び回り、資材を集めながら脱出の方策を練った――しかし、無駄な努力だった。この空間は完全に閉鎖されており、出口などどこにもない」

「半神たる宇宙怪獣には、空間を操る魔法を自前で使う者もいると聞いていたが、これがか」

 魔法には大きく分けて三種類ある。まずは符を使うもの。詠符機と三重水素があれば誰でも手軽に魔法を使用できる。対応可能な規模も様々で、テラフォーミング時に惑星の環境を整備するため核に埋め込み、独自の物理法則が支配する異世界ともいえる星を作り出すことすら可能だ。

 次に荊を含めごく少数の者が扱える旧術。効率は劣悪で習得難易度も非常に高いが、効果が限定的で希少な符に頼らずに魔法を使うことが出来る。かつての『真海星』では中心的な技術で、新規で符を開発するには旧術が必要不可欠である。

 そして、卍のような一つ目鬼など、魔族といわれる者達が生まれつき使う異能。ヒト型への変化や驚異的な身体能力、数千年にも及ぶ寿命など、種族によって差異は大きいものの、三重水素すら使わずに自前の魔力だけで行使可能である。中でも、龍や巨人、半神の域に達した魔族は、禁忌魔法に匹敵する異能を持っている宇宙最強種だった。

「半神だろうがなんだろうが、吾輩は奴の命を諦めない。必ずやその息の根を止めてやると、この六十年戦い続けてきた」

「グラを殺せば解除される――という仮説でも立てたのかね?」

「そんな保証はない。殺したところでこの空間は相も変わらず維持され、我々は閉じ込められたまま生涯を終える――魔法に多少詳しい戦友はそう言っていた。奴は十五年も前に癌で命を落としたが」

 溜息をつく。六十年分の絶望と憎悪が濃縮された、深い溜息だった。

「生きてこの宙域に迷い込んだのは、我々以来貴公らが初めてだ。そういえば船長殿の名を訊いていなかったな」

「私は商船明神丸船長、世良田商会代表取締役社長の世良田元康だ」

「セラダか。商船ということは、吾輩にも何か売ってくれるのだろうな」

「対価を戴ければ、クルップ卿。我々ではない誰かの命を含めて何でも売って差し上げよう」

「拾い物で良ければだがな。対価ならば、この宙域の調査で得た符などいくらでも用意できる。『真海星』閉鎖以前の希少品も確保してあるぞ」

 どのような低級品であろうと、符一枚で中流階級が一生遊んで暮らせるほどの財宝だ。明神丸の様な星間移動商船がわざわざ自給自足可能な惑星間を移動して売買している商品とは、魔法によって生産された物や魔法の符そのものである。怪我の功名とはこのことか。その怪我は化膿し命を奪う可能性を秘めていたが。

「最早吾輩一人分だ。食料は生産プラントの芋だの豆だので十分賄っているが、嗜好品は全く手に入らん。油こいものは歳が歳なのでもう食えんが、肉をたっぷり使った味の濃いものと、特に酒が欲しい。後はニコチンリキッド十年分以上といったところか。売ってくれるな?」

「覚書でいいので発注書を作ってくれたまえ。主計課に転送したら、水夫長に回して配送をさせよう。さて、思わぬ場面だが商売だな。平常心に戻るには丁度良いだろう」

 船長の指令で明神丸は第二種戦闘配置に移行した。荊はキサラギの方を確認する。申し訳のように詠符機の付いた古めかしいリボルバー拳銃を弄んでいる他は、何もしていない。

「掌砲長」

「うぇ、どったの?」

「持ち場を離れる許可を戴きたいのですわ。クルップ卿と直接会って確認したいことが数点。わたくしが蒔いた種ですもの、解決の手段は極力探ってみますわ」

「うぇー……別にいいよ。ま、気負う分には良い傾向だよね。卍さんにはオレの方から言っとくよ。配送船と一緒に移動するんだね」

「ありがとうございます」

 砲術管制室から外に出る。巨艦らしく広々とした通路に作業用ロボットが一台通過した。

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