禁忌魔法

 事の起こりは十日前。惑星センゲンの旧入植地、古都と呼ばれる土地の郊外に存在する万里小路の屋敷に、あの島津蒙角という男が姿を現したところから始まる。センゲン政府の委託機関を名乗った男は、最初こそ下手に出ていたが、二度目の訪問に至り『襲撃』と呼んで差し支えない行為に及んだため、荊は命からがら故郷を棄てる羽目に陥った。以後、無実の容疑で思想犯として指名手配を受け、偶然寄港していた明神丸への密航に及ぶ。

「奴の狙いは万里小路家が代々伝える禁忌魔法――『反転の魔法』。魔法そのものに干渉し、術を『反転』させるという効果がありますわ」

「魔法干渉型の禁忌魔法か。『反転』ということは、例えば魔法で火を熾そうとすれば冷気になる――といった単純なものを想像すればいいのかね?」

 会議室の大机には、中央に古文字が書かれた黒いカードが一枚置いてある。世良田元康は指を鷹揚に指を組み、万里小路荊より事のいきさつを訊いていた。

 航行管制室やレーダー室などが集中する、明神丸の中枢。両の翼の中心にその部屋はあった。主に幹部が集まって会議をする際に使用される部屋であり、惑星センゲン産の紫檀机など質の高い調度品が広々とした部屋に点在している。

「それは正しくもありますが、満点という訳ではありませんわね。増大するエントロピーを反転させることで、結果として冷気を生み出すことはあるでしょうが」

「有機リン類似の神経毒魔法に使った場合、解毒剤になる――ってものではないんですねえ?」

 医局長として、人体に影響を及ぼす魔法符の管理を総合的に任されている接は、この場では荊に次いで魔法知識に明るい人材だろう。

「その場合魔法で形成された擬似分子の結合が滅茶苦茶になって分解されてしまうと推測できますわね。それで解毒できるならともかく、猛毒の黄リンにでもなったら逆効果ですわ。実際のところ、禁忌魔法に関しては実験例が少なすぎてあまり良く分かっていませんの」

「それでも禁忌魔法というだけで狙うものもおるだろう。危険は高いが利用価値は計り知れない。島津もその口では?」

 一つ目の巨漢、蒲生卍坊は一人だけ専用の金属椅子に座っている。通常の木製では狭いし強度が足りないのだった。

「相手の真意は不明ですわ。それでも、絶対に渡してはいけない理由がこちらにあったので逃げてきましたの」

「それが核心かね?」

「ええ――この宇宙で最も巨大な魔法とは何か、御存じの方はおられますの?」

 問いに答えたのは所在なさげに炭酸飲料を飲んでいたキサラギだった。学の無い自分でも知っている常識だ、と言いたげに口を出す。

「それは宇宙そのものだよね、確か。宇宙はいつ誰が仕組んだんだか分からない『紐の魔法』によって維持されてるってガクセツ」

「偉いぞキサラギ、良く知っていたな。シャワーに入って来い」

「うぇへへ、やだ」

 船長命令を拒否する掌砲長は放っておいて、荊は話を続ける。

「もっとも危惧するべき事態は、その『宇宙の中心』でこの『反転魔法』が使用されること。紐の魔法には破壊魔法も何も通じないとされてはいますが、この反転魔法だけは別ですの。紐の魔法が反転した場合、膨張しつつバランスを維持していた宇宙は収縮を始め、物理法則の崩壊により全てが滅亡に向かう――という理論がわたくしの先祖により立てられましたわ。勿論、この厄介な禁忌魔法だけをピンポイントで封じるような符など奇跡的に見つかる訳も無いので、旧術を代々伝承することで守ってきましたが」

 それも最早限界だろう。

「宇宙の中心とこの符がカチ合う確率は天文学的とはいえ、放っておくのは脅威でしかありませんわ。やろうと思えば他にもあれこれ星が消滅するレベルの破壊活動など可能ですし」

「例えば関を誤作動させて我々を謎の閉鎖宙域に押し込んだり、かね?」

「う……」

 言いよどむ。それは完全にこちらの失態だ。結果としてあの巨大戦艦から逃げることは出来たものの、脱出できる目途は未だに立っていない。

「ともあれ、万里小路殿と同様魔法に詳しい者に意見を聞かねばな。旧術まで使える人材となると主計長殿か。彼女は今どこにおられるのやら」

「知りませんよう。あの人日単位で職業変えやがりますからあ。今頃翼の端っこにでもいるんじゃないですかあ?」

「難儀なご婦人であるなあ」

 卍の溜息と同時、会議室の扉が大きく開かれた。大きく黒いシルエットに、総員の注目が集まる。

「うぇ、愛宕婆ちゃん……」

 キサラギが目をしばたたかせて複雑な表情をした。

「明神丸主計長、愛宕だ。あたしを呼んだのはあんたらだろうが、なーにを呆けた面してんだい」

「普段の行いを鑑みて欲しい。一番の古株で、旧世良田商船常務相当の貴様が、何故この緊急時に遅参したのか、言い訳から聞こうか」

「そういう気分だからだねえ」

「クビにしてやろうか貴様」

 そこに現れた老婆はまさしく、旅客用の区画で食堂を任されていた筈の『食堂のオバチャン』――愛宕だった。

「知識が必要なら、今あんたらに一番必要なものを教えてやるさ。『調査』だよ。まずはこの宙域を探ってみないことにゃ何もわからんだろうが」

 身も蓋も無いが、その通りだ。荊が前提を伝えた以上、この会議室で得られるものは無い。

 元康はふう、と一息をつき、己の照らすホロディスプレイに向き合う。

「丁度、オズワルド主任操舵手より報告が上がった。『前方ハイリガー帝国籍江神級戦艦に熱量反応――砲撃準備中』だそうだ。ふざけた話だな、全く」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る