謎の追手

 荊は、キサラギが魔法を奪われた銅三郎に銃を向けるのを見た。 歳若いが、彼も宇宙海賊だ。命を奪われる覚悟は出来ているだろう。密航者である自分がいつまでもここに留まるのはまずいと思い、背を向けようとすると、キサラギの銃口がこちらを向いた。

「ひっ!」

 突き付けられた『死』に背筋が凍る。

「君なんだっけ……ああ、人質か」

 理解はしてくれたようだが、銃はいまだ下がっていない。下手に逃げれば殺されるかもしれない。

「うぇー……どうしよう、お客さんとなんて話したこと無いよオレ。お、お怪我とかおありでないですかー……?」

「え、ええ、御心配には及びませんわ」

 明らかに慣れない敬語に、荊まで動揺させられた。キサラギはこわばった表情で会釈をし、海賊に意識を戻す。

「じゃいいか。さて、こいつは」

 首筋を押さえつけ、後頭部に銃口を当てる。荊が次の光景を思い描いた後で、銅三郎の命はまたしても長らえた。

「待たれよキサラギ殿!」

 船の外側、荊やキサラギが通って入ってきたハッチから姿を現したのは、僧形の一つ目。

「一つ目入道……またステロタイプな……」

 中世の『真海星』でもあるまいし、僧職の一つ目鬼サイクロプスなど未だに存在していることが驚きだった。

「うぇ、卍さん……」

 一つ目入道卍は、十字やリンガなどあらゆる宗教モチーフがあしらわれた数珠のようなものをじゃらつかせながら、キサラギに制止をかける。

「世良田殿より生死は問わんと言われておるが、であれば尚の事無益な血を流すべきではあるまい。こういう神話がある。宇宙ファラオはラグナロクにおいて――」

「卍さん、足元のそいつ死んじゃうよ」

 キサラギが指したのは、卍に踏まれて息も絶え絶えな鉄山銀次郎だった。腕が片方吹き飛んでまだ生きていることが驚きだが、処置をせねば死ぬだけだろう。卍は言われてやっと気づいたようで、その非常に重そうな足を次男からどかす。

「む、すまんな。医者は呼んである故安心せよ。生き延びたら罪を償うのだぞ」

「うう……」

 血にまみれた負傷者が二名も転がる水槽の前、その医者とやらは荊の背後から来た。

「また派手にやりましたねえ。私にとっては、いっそぶっ殺してくれた方が助かるんですけどお」

 ボブカットにした、ピンク髪の女だった。

「おお、里見医局長殿。早い到着だな」

「首輪をつけるのも私なら、ゴミクズみたいな海賊を生かすのも私。口を割らせるための拷問も医局の管轄ですし、この船人事がザル過ぎますよう」

 文句を言いつつも、ゴム紐と止血剤でてきぱきと処理をしていく里見。見事な手際だった。

「ごめんねえ、つぐちゃん」

 キサラギが薄ら笑いで謝罪する。医局長、里見接は歯ぎしりをしてキサラギを睨んだ。

「ごめんで怪我が治るなら医者は要りませえん!」

「うぇへ!」

 接から投げつけられた注射針を左手の指先だけで掴む。鋭い針を投げつけられたというよりは、怒鳴られたことに委縮しているようだった。

「もしもし、海賊さん、意識ありますよねえ? 起きてくださあい」

 接は処置を終えた銅三郎の頬を叩く。

「殺しやがれ畜生」

「立派な心掛けですけどお、せっかく用意しちゃったんでこのまま生かす方向で進めますよお。とはいえ、奴隷として売っ払うかこの船で死ぬまで使い潰すかの二択なんですけどお」

「おい待て、人身売買は……!」

「汎宇宙法で禁止されてますねえ。でも汎宇宙法は、無法者指定を受けるような連中には適応されませえん。あなたがたのような海賊のことですねえ」

「……殺してくれ」

「嫌ですう」

 ピンク髪の医者は冷淡に言い放った。

「じゃ早速ですけどお、権限を持った人間の命令に逆らえなくなるナノマシン――いわゆる奴隷薬打ちますね。ま、生きてりゃ良いことありますよう。今後は銃だの魔法だのじゃなく、首輪でも磨いて自慢するんですねえ」

「やめ……」

 最後まで聞くことは無かった。奴隷薬が銅三郎の脊髄に注入され、思考力を奪う。銀次郎にも同様の処理を行い、里見接はふう、と息をついた。

「で、こいつら誰が預かりますかあ? 蒲生水夫長ですかあ?」

 一つ目鬼の蒲生水夫長――蒲生卍は首を横に振る。

「哀れだが、片腕片足ではできる仕事は無いな。キサラギ掌砲長殿はどうかね?」

「奴隷薬使ったようなのに砲の管理が任せられるわけないよう」

「じゃ、いつもの奴やりますかあ?」

 接は大きく膨らんだ胸ポケットから符を取り出した。魔法を使うつもりだ。

「性転換魔法――厳つい男でもそこそこの見た目に出来ちゃう優れものですねえ。小さい方は元々の素材がそんな悪くないので、売り物としても合格ですう。股が付いてりゃ仕事になるんだから、女に生まれ変わった方がお得ですよねえ」

 詠符機に差し込み、魔法を発動。紫色の光と共に、元鉄壁兄弟の二人は姉妹になった。

「うむ、この間同じような感じで加わった慰安役が一人宇宙梅毒で潰れてしまったばかりだからな。うちで勤めてもらおうか。避妊具は使いなさいと教えてはあるのだが……」

「こいつは何年保ちますかねえ……っと、そういえば、そこの物陰にいる女の子、入船記録が無くて、こいつらの一味かも知れないと元康さんが言ってましたあ」

「やば」

 矛先がこちらに向いた。荊は窮地をまだ脱していない。

「お客さんじゃなかったの!?」

「わ、わたくしは……」

「五体満足ですけどお、肉便器にしますかあ?」

「便器じゃありませんわよ! わたくしは万里小路荊。故あって密航者の身ですが、腐っても華族。船賃は必ずお支払いしますわ!」

 言ってしまった。とはいえ、嘘で言い逃れできるような空気でも無いし、そういったことは荊には果てしなく向いていない。

「身体でかな? 神聖娼婦に志願とは立派だね。神に愛された最も崇高な職業だ」

「どれだけわたくしの貞操を傷モノにしようとしてますの、あなた方! 世良田元康さんにお聞きなさいな。彼とは元許嫁、知らぬ仲ではありませんわ」

 乗り掛かった舟とは文字通り。こうなれば目的以外全部白状してしまおう――と、腹をくくる。場の船員たちも上手く咀嚼できないようで無言が続く。

 無言は、もう一人の登場によって破られた。靴音を愉しむような足取りで現れたのは明神丸船長。この場の最高責任者――世良田元康だった。

「十分知らぬ仲だと思うが」

 銀髪の下、鋭い無表情の男。元々親同士が決めた仲。直接会うのは初めてだ。

「元康!」

「元康さあん!」

「来たか、船長殿」

 彼は白木の杖で床を叩き、周囲を見渡す。ふむ、と鼻を鳴らしただけで空気が変わったかのようだった。

「万里小路荊、君には惑星センゲンにおいて国家反逆罪の容疑で指名手配がかかっている。そのことは理解しているかね?」

「していますわ。わたくしとて命は惜しかった。思想犯の元華族がどのような扱いを受けるか、想像できないわけじゃありませんでしたもの」

「だから君を哀れんだ我々が快く受け入れると――それは早計に過ぎるな」

「……っ」

 辛辣で、容赦の無い男だ。悪名轟く明神丸の船長は伊達では無い。

「ま、指名手配と言うならばここにいる全員がそうだ。麻薬売買、テロ行為、器物損壊、殺人、立小便、公然猥褻、王室侮辱――全く、法を守ることほど難しいものは無い」

 進んで法を破っているように想うのは気のせいだろうか。

「二等船室の代金は少々高くつくぞ? ひとまず労働で支払ってもらおうか。――キサラギ」

「うん、元康。何でも言って」

「砲手が一人、精神波を受けて己を蝿だと思い込み食糞をするようになったと言っていたな」

「ああ、あのナントカって人だね。可哀そうにねえ。記憶処理が効かないからとりあえず隔離してるよ、汚水処理区画に」

「では、万里小路荊は貴様の部下にしろ。そしてシャワーに入れ。百五十四時間と十六分入浴していないぞ、貴様」

「うぇー……」

 心底嫌そうにキサラギが呻いた。異臭がすると思ったら、彼女が原因だったらしい。

「さて、私がわざわざ出向いたのは侵入者の確認のためではない。立て込んでいるようなので直接指示に来たのだ。主だった幹部は主計長以外揃っているか」

「船長殿、主任操舵手も不在であるぞ」

「主任操舵手ならそこにいるぞ、水夫長」

「おや、今日はここまで食事に来たのかな」

 蒲生水夫長が見上げたのは水槽。そこに、一頭のイルカが悠々と鰯を捕食していた。

「諸君、オズワルド航海士長より報告だ。味方識別信号IFF無視の不明艦が現在こちらに接近中。海賊共の母艦と思われる」

「キュキュッ!」

 イルカが鳴いた。

「長距離転移魔法が使えるってことは、江神ガンガー級ですかあ?」

 里見接が、遅れてやって来た白衣の部下に鉄山姉妹を運ばせながら尋ねた。

「違う」

「では国神バーラト級かな?」

 蒲生卍はやや冷や汗をかきながら尋ねる。

「それも違う」

「うぇー……明神丸と同じ巨神級?」

 周囲から無言で目配せされたキサラギが尋ねた。

「等級不明。巨神級の明神丸の、目測およそ一千倍の体積を持つ超巨艦だそうだ。幸いゲートも間際。尻尾巻いて逃げるぞ貴様ら!」

 ポップしたホロディスプレイに映し出されたのは、ノイズ交じりの宇宙空間に浮かぶ、鯨じみた黒い巨体。計測不能、無数の砲門は、明確な殺意を感じさせるに十分だった。



 船長の令一下、にわかに慌ただしく警報音が鳴り始めた船内。世良田元康は決然とイルカが泳ぐ水槽の前に立つ。

「中枢に戻るのも手間だ。ここを臨時の司令部とする」

「砲撃管制はここじゃ無理だよう」

 物騒な銃を弄びながら、キサラギが右往左往する。

「反撃、攻撃は禁じる。逃げると言ったら逃げるだけだ」

「ちえー、撃てないんだ」

 自分の仕事が無いと知るや、口を尖らせて壁にもたれかかった。

「反重力子エンジン、全力駆動準備。離脱する」

 元康が指示を出している間にも、敵艦を映すホロディスプレイの映像が乱れていく。そして、その中には一人の男が映し出された。細く鋭い目をした中年の、薄い顎髭の男だった。

「明神丸の諸君、お初お目にかかる。私は島津という者だ。諸君らが今現在注目しているであろう戦艦の指揮を執っている」

「『我々は』ではないのが残念だよ。貴様のありふれた名など知っても何の意味も無い。所属はどこだ貴様」

「それは言えない規則でな。――我々の目的は一つ、万里小路荊の身柄と彼女の持つ禁忌魔法だ。それだけ渡せば手を引こう」

「……島津蒙角、お前がわたくしを追ってきますのね」

 追手が、やはりここまで来た。荊は戦慄し、ディスプレイを睨む。全ては自分を捕まえるために仕組まれていたのだ。あの馬鹿海賊には適当なことを言い含め、明神丸の船内を足が付かない程度にかき回してくれれば十分――その程度の考えだろう。

「役人のやることはせせこましい。わたくしは死んでも生き延びて目的を果たしますわよ」

「勇ましいことだが、この場においてあなたは何の権限も持たないことを理解するべきだ、万里小路の令嬢。世良田船長、賢明な判断を期待する。仮にこの場を切り抜けようとも、我々はどこまでも追うぞ」

 注目が、世良田元康に集まった。彼は鼻で笑い口を開く。

「それで交渉しているつもりだとしたら貴様は馬鹿だな」

「何だと」

「彼女にはもう部署も割り振り、明神丸の船員という立場が確定してしまった。もう数分前ならば積まれた金額次第で売ってやってもよかったが、最早すべて手遅れだ、馬鹿めが。貴様が如く上から物を申すような輩に、私の身内を差し出す訳が無いだろう。本当に馬鹿だな、貴様。脳の医者を紹介するからその馬鹿な脳味噌を宇宙イトミミズとでも交換してしまえ馬鹿」

「後悔するぞ……!」

 通信が終わった。世良田元康は相も変わらずの無表情で艦内のステータスを眺めている。

「こういう人なんですよねえ……」

 医局長、里見接が嘆息。

「加速するぞ。総員適当な棒にでも掴まりたまえ!」

 明神丸が関を潜る。空間湾曲式転移魔法に白い巨鳥が吸い込まれ、惑星国家センゲンの勢力圏から百光年離れたイズモ星系に離脱する――その筈だったが。

「キュッキュー! キュッキュー!」

 水槽の中、イルカが騒ぎ出す。

「何だと航海士長! 関所の暴走だと!?」

 イルカの言葉を何かしらの手段で理解した元康は、驚愕の面持ちで叫ぶ。

「失敗しましたわ……! ゴンドラ脱出で術を使ったせいで封印が緩く!」

「うぇー、すげえ揺れるよ! なにこれー!?」

 吐き気を催すような揺れの後、転移魔法を抜けると、宇宙船や見知らぬコロニーの残骸が浮かぶ宙域だった。どう見てもイズモ星系の関周辺ではない。

「……万里小路殿、今しがた封印がどうとか聞き捨てならないことを言ったようだが」

 卍の一つ目が突き刺さる。それだけではない。イルカも含めたこの場にいる全員の視線が荊に集まっていた。

「詳しく、説明してもらえるかな。さっきの島津何某が言っていたことも含めて。――迷える子羊よ、罪の贖いは告白からだよ?」

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