第12話 お姉さん×高森くん


 「柚乃先生、教えるの上手い〜」

 「塾よりわかりやすいぜ!」


 勉強会と言っても、どうせ俺の部屋が気になるだけだから真面目にやらないだろう、と思っていたが案外しっかりと勉強している。

 そして柚乃さんもすっかりクラスメイト達に溶け込んでいる。


 「あらそう?そう言って貰えると嬉しいわ」


 大人ぶった反応をしつつも、ふんすっと鼻息が若干荒くなってる柚乃さん。


 「ほらほら、高森くんも勉強する!」

 「こんな人が、親戚にいるお前が羨ましいぜ!」


 はいはい、わかりましたよ。

 結局、クラスメイト達には柚乃さんは親戚の人だと言ってどうにか丸め込んだ。

 俺も机に向かうのだが、やっぱり何処かでボロを出して俺と柚乃さんが親戚なんかでは無い事がバレないかとヒヤヒヤして集中できない。

 あれ、勉強ってこんなにも神経をすり減らすものだったっけ?


 「親戚じゃもごもご……」


 余計なことを言いそうになった柚乃さんの口を慌てて手で抑える。

 柚乃さん俺の反応見て楽しんでるのか?

 なら、直接言った方が良さそうだな。


 「ちょっと柚乃さん来て?」


 




―柚乃side―


 同居してるって言ったとしてなんでそんなにマズいんだろ……。

 高森くんの目は、弱冠苛立ってるようにも感じられる。

 まだ同居して一ヶ月くらいしか経ってないけど結構気になって高森くんを観察してるから、彼の目や表情を見れば何を言いたいのかはだいたいわかる。

 高森くんが差し出した手を掴むとリビングからは視線の届かないキッチンまで連れてこられた。

 そして高森くんと向き合う。

 そんなに広くもないキッチンだ、高森くんの顔はすぐ近くにある。

 長めの睫毛と比較的整った顔立ちでよく見れば、私のタイプだ……。

 そして彼は、私のすぐ耳元に口を寄せた。

 否が応でも高鳴る心臓。

 だってこんな展開、久しぶりだし高森くんはしっかりしていていい子だから嫌いなわけが無い。


 「柚乃さん、俺の言いたいことわかるよね?」


 耳元には高森くんの低いトーンで押し殺したような声。

 破壊力がとにかく凄い。


 「……え?」


 何となく彼の言いたいことは分かるけど、もう少しだけ堪能したい気分が勝って分からないふりをする。


 「はぁ……」


 耳元でこぼれる小さめのため息。

 これは本当にヤバい……。


 「柚乃さんが協力してくれないとこの関係を流石に誤魔化しきれない」


 関係を誤魔化すという言葉に、心が踊る。

 私は二十六歳、彼は高校一年生……二人が愛し合っていたとしたらどこか背徳的な関係にすら思えてしまう。


 「う、うん……」

 「俺の親戚って設定は、柚乃さん的に引っかかっちゃうかもしれないけど、そこは我慢して欲しい」


 高森くんの声音が優しく耳朶を打つ。

 今の私、どんな顔してるんだろ……きっとすごくだらしない顔をしてるんだろうな……。

 十も年下の男子にそんな顔を見られているかと思うと、余計に心臓は高鳴り顔は熱を帯びる。


 「ん…わかった……」


 ダメだ、これ以上は耐えられない……

 それと、君の親戚ってのが引っかかるわけじゃないのよ……なんて言うか、私は高森くんとの関係を誰かに自慢したいっていうか、言葉に上手くできないけど男女の関係にあるって見られたいっていうか……それが私の自己満であることはわかっている。

 過去に恋愛で失敗した私の心を満たすための。


 「わかってくれたなら、何よりです。っていうかお姉さん、顔赤いけど大丈夫ですか?」


 高森くんがまじまじと心配そうな顔で正面から私を見つめる。

 そういうところなんだよ……私の事は幽霊の同居人程度にしか捉えていないはずなのに、一ヶ月近く一緒に過ごしてた間に高森くんが私に向けた優しさ。

 案外、天然で人たらしなのかもしれない。

 

 「ゆ、幽霊は人に見られるのが苦手なのよっ!」


 苦し紛れの言い訳。

 そう言って私は、姿を隠した。

 消えたい時にすぐに消えることができる。

 幽霊であったことがこうも役立ったことは今日が初めてだった。

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