第3話 お姉さん×ティータイム
「良かったらお煎餅もどうぞ」
お姉さんが淹れてくれたお茶の茶請けに、茶葉と一緒のダンボールに入っていた、茶請けの煎餅を出す。
「甘い物の後には、しょっぱいものが食べたくなるって本当よね」
小さく口を開けてお姉さんは、ザラメの煎餅を
幽霊は、食べ物を食べたら排泄もするのだろうか……。
「で、いくつか尋ねてもいいですか?」
煎餅が口に入っていて声を出せないのかお姉さんは、コクコクと頷いた。
「一つ目。なぜお姉さんは、ここの物件にずっと居座ってるんです?」
何か縛られる理由でもあるのだろうか。
出来れば、お姉さんが成仏する道を模索してあげたいとも思うのだ。
「居座るって言い方は心外だけど、う〜ん……私はね、この部屋で自殺したんだ。あ、首吊りとかじゃないよ?練炭使ったんだ」
ちょうどそこでね?と俺の座っている位置を指さした。
マジかよ……ちょっと位置ずらして座ろ。
「やっぱり気になる?」
俺が位置をずらしたことに気づいたのかお姉さんは、申し訳なさそうな顔で言った。
「そういう訳じゃなくて、死んだ場所を足で踏まれたりしたら嫌かなって思って」
「そんなことで怒ったりしないよ。なんってたってお姉さんは、懐深いからね」
自分で言うと台無しなんだよな、と思っても口には出さない。
「で、その後二人くらいここに住んだ人いたんだけどみんな割とすぐ出てっちゃったんだよね」
多分、このお姉さんがなんかやらかしたんだろう。
そんな気がする。
「何故ですか?」
そう訊くと何故か、恥ずかしそうにお姉さんは話し出した。
「一人目の時は、私が深夜にお風呂に入ったときに運悪く見つかっちゃって……えへへ、お嫁に行けない体にされちゃったの」
後半部分の信憑性が無さすぎてツッコまずにはいられない。
「いや、話盛ってません?」
「バレちゃった……」
テヘッと舌を出して笑うお姉さんの反応は見ていて微笑ましい気持ちになる。
「多分、向こうから私の姿は見えてないと思うんだけど、シャワー浴びてるときに水の音で気付かれたのよね」
自分の家じゃなくなった後も好き放題してたのかこの人は……。
「それは、引越ししたくなりますね。前の人に同情します」
「でも、自分で言うのもあれだけどさ、美人なお姉さんのあられもない姿見れるなら住み続けてもいいって思わない?」
自分で美人と言えるぐらいには、お姉さんは綺麗だ。
でもお姉さんのことを見れるのは、霊感のある人間だ。
ちなみに、俺は見える側だからこうしてお姉さんと普通に会話ができる。
「で二人目は、私が料理してる時に見つかっちゃって……幽霊だってお腹はすくから料理をしてたのよ」
多分、二人目の人は冷蔵庫が勝手に開いて食材が取り出されるところや、空中で卵が割られてる瞬間、おたまで食器に汁物をよそってる瞬間を見ちゃったのだろう。
ポルターガイストもそこまでいけば、なんだかシュールな光景で面白いかもしれない。
「それで引っ越してしまったと……」
お姉さんは、おちゃを啜りながら頷いた。
「で、ブレンドティーの感想は?」
お姉さんの淹れてくれた緑茶と紅茶のブレンドティーは、思ったよりは、ずっと飲めるものだった。
「悪くないですね」
そう答えると
「そうでしょうそうでしょう!価値観を共有できるっていいわね」
と微笑んだ。
よく考えれば幽霊とティータイムをするというなかなかない体験をしていることになっているのだが、もう気にするのはやめにした。
そんなことを一々気にしてたら、この先身がもたなそうだからだ。
「で、もう一つ気になることがあるんですけどいいですか?」
「どうぞどうぞ」
もしかしたら幽霊的に訊かれると恥ずかしかったり困ったりする事情かもしれないので差し支えなければ、と前置きを置く。
幽霊的な事情なんてわかんないけど。
「あの、どうして自殺されたんですか?」
「それ気になっちゃうかぁ……」
もしかしたら成仏させるための手がかりになるかもしれない情報だ。
「気になっちゃいますね」
う〜ん、と腕組みをして逡巡した後、
「あのね私さ、実は付き合ってた彼がいて……でも結婚目前で別れようって言われて……その、だから……ゴニョゴニョ……」
後半部分が全く聞き取れず聞き返す。
「後ろの方がよく聞こえなかったんですが?」
お姉さんは、顔を赤らめて恥ずかしげに
「だからぁ、その……やっぱり恥ずかしくて言えませんっ!女々しいもん!」
いや、女だろ……というツッコミは置いといてお姉さんは、一番大事な情報を開示してくれなかった。
「はぁ、でも大凡わかりました。結婚できなかったことに未練があるんですよね?」
話の内容から推察するにこんなところだろう。
「ううん、全っ然違うよ?け、けっけけ結婚なんてしたかったわけじゃないしぃ、だからそんなに女々しい理由じゃないもんっ!」
すごい慌てっぷりで俺の推測を否定するお姉さん……これはもう自分でその通りですって言ってるようなもんだろ。
「違ったなら失礼しました」
やっぱり幽霊的にデリケートな話題だったのかもしれない。
「わかればいいのよ、わかれば」
そう言って落ち着くためなのか、よせばいいのに熱いブレンドティーをガブ飲みしたお姉さんは
「熱い熱いっ!死ぬぅ〜」
と口から舌ベロを出して悶えた。
そんな様子を見てるとまるで子供を見ているようで楽しい気分になる。
「いや、お姉さんもう死んでるでしょ」
「あ、そうじゃん……忘れてた」
この人、案外ポンコツなのかもしれないな。
静かで寂しいかもしれないと思っていた一人暮らしもこれなら楽しくなるかもしれない、と幽霊との同居生活をいつの間にか肯定しつつある俺がいた。
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