第2話 幽霊だってご飯を食べる



 「えっと私の分は?」


 おいおい……どこまで図々しい幽霊なんだ?

 お姉さんは、机の前に腰を下ろして俺にご飯を催促した。


 「えっと……幽霊なんですよね?」


 幽霊ってお腹空くのか?

 体を持たないから、エネルギー消費無さそうだしお腹も空かないんじゃ……?


 「幽霊だってお腹は空くんですぅぅ〜」


 お姉さんは、物欲しそうに俺の昼食を眺めた。

 はぁ……とりあえず何かあげたら大人しくなるのか?


 「これでいいですか?」


 デザートように買っておいた焼きプリンを差し出す。

 

 「やったっ!」


 心底嬉しそうな顔をして喜ぶお姉さんを見ていると悪い気はしない。

 若干透けた指で器用に蓋を開けるとプラスチックスプーンで美味しそうに食べだした。

 

 「ん〜おいひぃよぉ〜」


 120円のプリンでこんな喜んでる人、初めて見たかもしれない。


 「なんだかいいことしてる気分です」


 箸を口に運ぶ手を止めて俺は、そんなお姉さんを眺める。


 「高級なプリンもいいけど、この大衆受けする味わいもいいわね」


 最後のひと口を、名残惜しそうに飲み込んだお姉さんはプリンの容器を流しに持っていって洗った。

 この幽霊、だいぶ家庭的かもしれない。

 俺も食べ終わった蕎麦の容器を流しに持っていって同じように洗った。

 麺つゆの匂いとか、洗わないと気になるからな。

 ゴミに捨てるにしても、ゴミ出しの日までゴミ箱に入れておくことを考えれば臭わない方がいいに決まっている。


 「案外家庭的なのね」


 お姉さんは、洗い物をする俺を見て感心したように言った。

 一人暮らしする前な母に事細かく教えこまれたので……。


 「きっと素敵なお母さんなのね」

 「そうかもしれないです」


 洗い物が済んだので二人してテーブルに戻った。

 

 「で、お話を伺ってもいいですか?」

 「プリン貰っちゃったからね。それに応えるためにも君の気になることは話すわ」


 長くなりそうだし、お茶でも出すか。


 「お茶淹れるんでちょっと待っててください」


 実家から運び込んできて仕分けの終わってないダンボール箱の中から茶葉を探す。

 緑茶、麦茶、烏龍茶、ジャスミンティー、ルイボスティー、そして数種類の紅茶とラインナップは豊富で果てはハーブティーまである。


 「お姉さん、お茶何飲みたいですか?」

 「選べるの?」

 

 母がお茶好きだっただけに、茶葉の入っているダンボール箱の半分ほどが茶葉だ。

 

 「思いつくれたのは限りのものは揃ってると思います」


 荷物が増えるから自分の作りかけのプラモデルとかを渋々置いてきたのに、よくもまぁ、これだけのスペースをお茶に割いたな、と呆れてしまう。


 「柿の葉茶が飲みたいかも」


 お姉さんは、これだけあるお茶のレパートリーにさえ含まれないお茶を所望してきた。


 「なんというか予想外でした。多分無いですね……」


 一応、探してはみたがやっぱり無かった。


 「血圧を下げる効果があるから、おすすめよ?」

 「いや、おばさんかよ……」


 思わずツッコミをいれると、お姉さんはむくれ顔になった。

 失礼なことを口走ったらしい。


 「まぁ、なんてことを言うの?まだ私、26ですけど?アラサーですらないですけどー?」


 ぷんすこぷんすこと言った感じで、随分と不満げだ。


 「そうでした。お姉さんは若くて綺麗です。失言が過ぎました」

 

 適当にあしらうように言うと、今度は顔を赤らめて


 「き、綺麗だなんてそんなぁ……ふぇへへへぇぇぇ」


 顔をニヤニヤさせたりポケ〜っとしたり、さっきからコロコロと表情を変えて表情筋が疲れそうだな、と思ってしまう。


 「で、何茶にしますか?」

 

 話が進みそうにないのでそう訊くと


 「えっと緑茶と紅茶をブレンドしたやつがいいかなぁ」


 は……?この人の味覚は大丈夫なのだろうか……。

 もしかしたら死因は、自分の料理が激マズだったことによるショック死かもしれない。

 哀れだなぁ……。


 「あ、今失礼なこと考えたでしょ?」


 俺って顔に出やすいタイプだったか?


 「君も飲んでみるといいよ!割と美味しいから」

 「マジで?」

 「マジで」

 

 そこまで言うなら、試してみるか。

 拒否権は無さそうだし……。


 「あ、でもブレンドの加減わかる?」


 言われてみればやったこともないから知るわけもない。


 「分かったら苦労しません」

 「ならさ、私がやるよ。さすがに同居させてもらうのにおんぶにだっこじゃ年上として恥ずかしいからね」


 だったら自分で新しい所を借りて住めよ……と思わなくもないんだが……。


 「なら、お願いします。茶菓子を見繕っておくのて」


 そう言うとお姉さんは拳で胸を叩いて


 「お姉さんに任せないさいっ!」


 キッチンに入っていった。

 弾んだ胸に目を奪われたのは、ここだけの秘密だ。

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