幸せ?
@kekumie
幸せ?
仕事から帰り、あるマンションの一室を開けて靴を脱ぐと、そこにはある男性が立って私を毎日出迎えてくれる。
鈴木裕斗 す~ゆ~という名で三か月前までライブ配信者として活動した人物だ。
そして私はそのす~ゆ~は四年ほど見続けていたファンだった。
あれは四か月前にまで遡る。
親からいい加減合コンの一つや二つはしろと言われ続け、流石に面倒くさくなりちょっとぐらい婚活するかと思いある婚活パーティーに行った。
とある飲食店に入り、右手にハイボールの容器を持ちながら奥の席で待っていると後から三人の男性が入ってきた。
そして私の前の席に座った人物が、鈴木裕斗、す~ゆ~だったのだ。
最初はさすがに信じられなかった。私が世界で一番好きな人物であり、憧れの人物でもある人物が目の前で一緒の婚活パーティーに参加しているのだ。そして何よりも自分の推しが合コンに参加しているのが信じられなかった。
だが顔を見れば見るほど同じ人物で、そして話し声や話すトーンも全く画面の中で見たす~ゆ~と一緒だったのだ。
す~ゆ~は手始めに店員さんを呼び、私と同じハイボールを頼んだ。
他の男の人たちもそれぞれ注文をしたが、私の視線はす~ゆ~にしか行ってなかった。
改めてみると信じられないぐらい美貌だと思う。この目鼻の整った顔立ち何回見ても惚れ惚れする。
そんな私の視線に気づいたのかす~ゆ~が私に対して笑顔で軽く会釈をしてくる。
その笑顔がまた私の心に刺さる。そしてそれと同時に同じす~ゆ~のファンの友達に少し申し訳ないとも思えてくる。
だがそんな気持ちはす~ゆ~を生で見れた喜びには到底勝ることなく、一瞬でその気持ちは消し飛んでしまった。
そして流石に見すぎたと思って視線を逸らすと、す~ゆ~のほうから私にへと話しかけてくれた。
「もしかして僕のこと知ってたりします?」
一瞬、す~ゆ~に話しかけられたことによってパニックになり頭が真っ白になったがYESかNOかの質問でYESしか回答がないので私はとりあえず「はい、多分」
と少し声が高くなりつつの何とか答えられた。
「僕の名前当てられたりします?」
「す~ゆ~さん...ですよね?」
「そうです!あ~何かうれしいですね。初めて会う人に知られてると思ってなかったから」
す~ゆ~はほっと胸を撫でおろし、そして同じタイミングで定員さんが私たちの席にやってきて、新しく来た男性三人組が頼んだお酒を順番に置いていく。
す~ゆ~は自分のもとに届いたハイボールのジョッキを片手で持つと、一気にごくごくと煽った。
そしてジョッキをテーブルに置くと、私のハイボールのジョッキを見ながら
「もしかしてあなたもハイボール好きなんですか?」
「はい、ビールとかよりはハイボールのほうが好きですね」
「そうなんだ!僕も同じなんですよ~」
と会話を交え少しの沈黙の後
「せっかく全員集まったんだし、全員で自己紹介しましょう!」
と私の隣に座っている髪の長い、少し化粧が厚めの女性が勢いよく言った。そしてその女性の言葉に賛同する声が他の人から続いた。
私たちは自己紹介を終え、それぞれへの質問や雑談を交わしながらあっという間に二時間ほどが経過し、居酒屋を退散することにした。
そしてそのあと二軒目にはカラオケに行くことになり、時刻が次の日を回ったころ、そろそろ解散するかということで解散することとなった。そして解散するときにもし気の合いそうな人がいればそこで連絡先を交換するという流れだ。
私は右手にスマホを持ちながら、前にいるす~ゆ~に目を向けているとす~ゆ~はそんな私の視線に気づいたのか目を合わせて私に向って歩いてくると
「いや~沙織さん。連絡先交換しませんか?」
とす~ゆ~は右手にスマホを持ちながら私に言ってくる。
私はそのす~ゆ~の言葉に即答し、私はす~ゆ~の電話番号をゲットすることができた。
私は帰路につきながら合コンを振り返っていた。そしてその合コンの記憶のメモリの九十九パーセントを占めているのはやはりす~ゆ~だった。
私は右手に握っていたスマホを起動しそしてす~ゆ~の連絡先を見つめ
「やっぱり、現実だよねこれ」
と誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
翌日、スマホでネットショッピングをしていると通知がやってきた。その通知の内容を見るとす~ゆ~が配信を始めたという内容だった。
私はその通知をタップし、す~ゆ~の配信へと飛ぶ。
す~ゆ~は寝ころんだような体制で配信をしていた。きれいな顔立ちが映し出されている。既に視聴者は千人を超えていた。
す~ゆ~は配信を開始したのか確かめ終えると早速話を始める。
「そういえば俺最近合コン行ったんだよね」
さりげなく何事もないかのようにす~ゆ~は呟く。それに対してコメント欄はえ?などの驚きの反応ではなく結婚報告待ってますというコメントで溢れていた。
この配信の前からす~ゆ~は「そろそろ結婚したいなぁ」や「そろそろ合コン行ったほうがいいかな」などと結婚に前向きな言葉を呟いていた。なので今更視聴者には驚きのおの字もない。私も当事者でなければ同じようなコメントを打っていただろう
「合コン行ったら前にきれいな女性がいたのよ。そしたらその女性、まさかの俺のこと知ってたんだよね」
とす~ゆ~は一昨日の話を始めた。その話を聞きながら私の心臓はバクバクと鳴っていた。
間違いなくそのきれいな女性とは私のことだろう。推しからきれいと言われたり直接話せたり私は一体前世にどんな徳を積んだのだろう。
「その女性見て俺一目惚れよ一目惚れ。もうキューピットが弓を持たずに矢を直で持って俺のハートに刺しに来たって感じ」
例えが良くわからないがつまりこれは私に惚れたということなのだろうか。
す~ゆ~が私に...惚れた?
脳内で出てきた言葉をもう一度再生してみると私の顔は熱くなり始めた。
それとともに私の興奮はマックスにまで高まった。
す~ゆ~はコメント欄の反応を気にすることもなく、別の話題に切り替わった。
す~ゆ~の配信が終わると、私はすぐにす~ゆ~の連絡先を開いた。
そしてメールを送るか送らないか格闘していると、着信が来た。
着信の主を見てみるとそこには鈴木 佑斗と書かれていた。
鈴木 佑斗はす~ゆ~の本名だ。昨日教えてもらった。
私は震える指で通話開始のボタンをタップした。
そして電話からは「もしもし?」と配信で聞いた声と同じ声が聞こえた。
私はあまり回らない舌で配信のことについて聞いてみる。
「もしかしてだけどさ...あの配信で言ってた人ってもしかして私?」
そういうとす~ゆ~、鈴木裕斗は少し溜めてから言った。
「うん、そうだよ。沙織さんのこと」
す~ゆ~の声はびっくりするくらい落ち着いていて、そしてかっこよかった。
「沙織さん、明日の夜九時、合コンの時に行った店の近くにある港で会いませんか?」
「分かった」
私がそういうと、通話は切れてしまった。
「もしかして...」
私はそう小さく呟くと、どさっとベッドに横たわった。
夜八時五十分。私は町の朱里がよく見える港で立っていた。
ドラマやアニメなどでよく見えるようなおしゃれな景色だ。そして五分ほどそこで待っていると、そこにす~ゆ~がやってきた。
「お待たせ。遅かった?」
「いや、少し早いくらいです」
「それはよかった。おしゃれな服装だね」
そう言われた私の服装は茶色いコートを羽織ったものだった。
今までこういう機会が滅多になかったので家にある一番おしゃれそうなものを羽織ってきたのだ。
「ありがとうございます」
そんなす~ゆ~の服装は黒のコートを羽織ったおしゃれな服装だ。ここまで服装とルックスがマッチしているのも珍しいんじゃないかと思ってしまう。
「突然なんだけど話があるんだ」
「な、なんですか?」
そう言うとす~ゆ~はポケットから小さな黒い箱を取り出してそしてそれを掌に載せて私に見せてきた。そして頭を下げていった。
「一目惚れでした。俺と付き合ってください」
そう言われて顔が赤くなる。そして一つ疑問に思ったことを言う。
「あの...それって箱を開けてから言うんじゃないの?」
「あぁ、それ?」
す~ゆ~は頭を上げると私に見えるように箱を開けた。その中身は指輪が入りそうなくぼみがあった。
「実は...どの指輪買おうか迷ってたら結局買えずに来ちゃって...でも分かってくれるでしょ?」
「まぁ...配信見てたらそんなこともあり得るかぁってなるね」
す~ゆ~は結構なドジだ。配信を見てたらそんなことが分かるシーンがちょこちょこある。何度身バレしそうになったか思い出せる。
す~ゆ~は少し笑ってから思い出したかのようにもう一回頭を下げた。
「おーけー?」
「おっけ!」
と軽い感じで返事をした。
「ほんとに!?」
す~ゆ~は目を輝かせながら言った。
す~ゆ~と二か月ほど付き合って五度ほどす~ゆ~とデートを重ねたある日、す~ゆ~から連絡が来た。
『今日沙織の家に行っていい?』
私は一回部屋を見回した。特に散らかってはないことを確認してから
『いいよ~』
と返事を返した。
十分ほどスマホをいじりながら待っているとピンポーンとチャイムが鳴った。
私がインターホンで返事を返すとす~ゆ~の声が聞こえた。
私がドアを開けるとそこにはコンビニチェーン店の名前が書かれた袋を持っていてその中にはお菓子やらジュースが入っていた。
「これお土産」
「ありがと~上がって適当に座っていいよ」
私がそう言うとす~ゆ~はお邪魔しま~すとだけ言って上がってきた。
「思った以上にきれいにしてるんだね」
「それってどういう意味?」
「いや~結構散らかってると予想してたからさ」
「失礼な」
「それにしても俺人の英に来たの超久しぶりだなぁ」
「そうなんだ」
す~ゆ~が机の前に座ったので私はす~ゆ~の反対側に座った。
私が座って服るおからお菓子を取り出すとす~ゆ~はいきなりまじめなトーンになって話し始めた。
「俺、配信やめようと思ってるんだよね」
「え?」
私は驚いて持っていたお菓子の袋を落としてしまう。
「なんで?」
「いやなんかあれなんだよね。付き合い始めてからあまり配信にも乗り気じゃなくなってしまって。だからどうせならいっそのことやめてしまおうかなって」
「そう...」
私は思わず俯いてしまう。ずっと応援してた人がやめてしまうというのだ。しかもそれは私のせいというようなもので。
「なんかごめんね。沙織のせいでやめるみたいな言い方しちゃって。全然そんなんじゃないから」
「大丈夫だよ全然」
す~ゆ~が私のコップにジュースを注いでお菓子を開けた。
「でもリスナーさんなら快く応援してくれそうだし
「まぁ...そうだろうね」
その後は全く配信などの話はせず、世間話をしてす~ゆ~は帰っていった。
私がお菓子の袋などを片付けながら今日した話のことを思い出していた。
「す~ゆ~が...引退するかもしれいない...かぁ」
私がお菓子の袋をゴミ袋へ詰め込みながら小さく呟いた。
す~ゆ~は約三年ほど活動しており、私は活動当初ぐらいから見始めている古参である。
す~ゆ~も三年もやっているなら愛着もあるだろうにそれを私のせいでやめるかもしれないと思うと少し憂鬱な気分になってしまった。
す~ゆ~と八か月ほど付き合ったある日、す~ゆ~はまだ配信は続けている。
す~ゆ~と私は私の家にいた。
「俺たち、そろそろ同棲してもいいんじゃないかな?」
「同棲!?」
いきなり出てきた言葉に私は驚いてしまう。
「同棲ってつまり...一緒に暮らすってこと!?」
「そうだよ?」
「一緒に暮らすとしても一体どっちの家に住むの?それか新しく家借りたりするの?」
「俺的には新しくいえ借りたいと思ってるけどそれは沙織次第って感じだけど...ていうか同棲には反対しないのか?」
「別に反対じゃないけど」
「ほんとにか!?」
裕斗はお菓子を頬張りながら驚いている。いや提案してきたのはそっちなのに。
「じゃあ早速部屋探しするか」
裕斗は腰のポケットから黒のスマホを取りだして早速ネットで部屋探しを始めた。
そして五分ほどしてから
「これとかどう!?」
裕斗はスマホの画面を私に見せて一軒の部屋を私に勧めてきた。私は裕斗の推しに負けて裕斗の提案に承諾した。
そしてそれが今の状況にたどり着くまでの過程だった。
「おかえり~今日は早かったね」
「ただいま~。今日は残業も何もなくスムーズに終われたからね」
「夕飯作ってあるから食べるか」
「うん」
私はとことことダイニングに歩いていくとそこにはさんまの塩焼きとみそ汁、白米などの和食が並んでいた。どれみそ汁や白米からは白い湯気が立ち昇りどれもおいしそうである。
私と裕斗は箸を手に取るといただきますとともにご飯を食べ始めた。
「うんっおいしい」
私が率直な感想を述べると
「ありがと~」と裕斗は言い、白米を頬張って笑顔になった。
私は食べ終わり食器を下げるとそのまま置いてあるソファに直行し寝転がった。
私は家に帰りながら今の生活に疑問を覚えていた。
裕斗と暮らせていて楽しいし推しと同棲できているなんて羨ましがる人も多数いるだろう。私もす~ゆ~を画面越しで見ているときは付き合ってみたいなぁとか思っていたりもした。
そしてそれが実際に今できている。夢が叶ったんだ。でも...でも...
「でも...違うんだよなぁ」
私は俯きながらため息交じりに小さく呟いた。
そう幸せだ。幸せなのだが...
昔の方が、す~ゆ~を画面越しに眺めてす~ゆ~を推していた時の方がずっと幸せだったし楽しかった。
付き合い始めた時は付き合ったらこれまでの生活よりも何倍も楽しいだろうと思っていた。
私が珍しいかもしれないだけだが、私はそうはならなかった。なぜか私の場合は逆の方向に行ってしまったのだ。
「ほんと...なんでだろ」
また私はため息交じりに呟いた。夜の街に吹く風は私の言葉を一緒に流していった。
私の脳裏にはある一つの言葉が思い浮かんでいた。
【別れる】
(いやいやいや...そんなこと)
私は首を振ってその言葉を脳裏から追い出そうとするがなかなかその言葉は離れていかなかった。
私は家に帰ってソファに寝ころびながら裕斗に話しかけた。
「ねぇ、裕斗って今の生活楽しい?」
スマホをカーペットの上で眺めていた裕斗はスマホから目を離すと少し驚いたような顔をしながら少し間を置いて私の質問に答えた。
「楽しいに決まってるじゃん。どうしたの?」
「いや別になにもないけど気になったから聞いただけ」
私がそう言うと裕斗はまたスマホに目線を戻した。
裕斗は私のせいで大分生活を変えることを強いられていた。本業である仕事はもともと昼ぐらいまでの仕事だったらしくてあまり影響はないらしいが配信には如実に影響が出ていた。配信時間は私と同棲する前だったら八時や九時からだったが、私と同棲し始めたことで配信時間を夜中にするか早めるかそもそも配信をしないという手しかなく、私は罪悪感を覚えていた。
私は今日の帰り道、脳裏に浮かんだ言葉を打ち明けようかと思ったが、ギリギリで踏みとどまった。
す~ゆ~は別にあまりなんとも思ってないようだし言わなくていいかという判断だった。
その後もす~ゆ~の配信活動はだんだんと減っていっていた。
私と付き合う前だったら週に六日ほど配信していたが、私と付き合ってから週五日や四日ほどになり、私と同棲し始めてから週二日や週一日にまで減っていた。たまに一週間で一日も配信しなかったりすることもあった。
す~ゆ~はあまり気にしていないようだったが、コメント欄の反応は悲しみに溢れていた。
そしてある日、私はある決断をした。
いつも通り仕事が終わって家に帰ると、いつも通り裕斗が出迎えてくれた。
「お帰り~、今日も夕飯出来てるよ」
「あの裕斗、話があるんだけど」
「話?」
「うん」
私は少し言うかどうか迷って、そして意を決して伝えた。
「私たち...別れない?」
「わか...れる?」
裕斗は目を丸くして、きょとんとした顔をしている。
「私たち、このっまま行っても私たち付き合う前よりも幸せにならないと思うんだ」
「俺は幸せになっている!」
「ごめんね...でも、私は付き合う前の方が幸せだったんだ」
「俺...何かいけなかったか?」
裕斗が心配そうに言ってくる。その顔は少し涙目になっている。
「いや別にいけないとかは...ていうかむしろしすぎてもらってるぐらいっていうか」
「じゃあなんで...」
「裕斗私と同棲してから配信時間めっきり減ったじゃん」
「あ、ああ」
「これは私のわがままだけど、私が好きだったのは私が画面の外から応援しているす~ゆ~だったの」
裕斗はそうか...とだけ呟いた。そして手で目を拭うと私を見つめていった。
「そっか...じゃあ...別れようか」
「うん」
私たちは最後に見つめあった。
裕斗と別れて半年が経ったある日の夜、私は
「やっぱ面白いなぁ」
す~ゆ~の配信を眺めていた。
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