591.なんでみんなそんなに慣れているのか
「ありがとうございます、助かります!」
「いいってことよ」
陸奥さんが笑った。
今日は陸奥さんちに泊まりの予定で、相川さんはそちらに行っていたらしい。まだお酒が入ってなくてよかったと言っていた。でも陸奥さんたちとか、お酒飲んでも出てきそうで怖いよな。思わずじーっと見てしまった。
「イマイチ信用がねえな」
陸奥さんと秋本さんが苦笑した。自覚はあるらしい。
「暗くなる前に行くぞ」
「え? 陸奥さんも向かわれるんですか?」
ちょっと驚いた。冬に狩猟でうちの山に入っていたことはわかっているがこの暑さである。さすがに心配になる。
「ああ、タマちゃんならわしの速度にも合わせてくれるだろうしな。タマちゃん、よろしく頼むぞ」
ココッとタマが返事をする。
「佐野さん、大丈夫ですよ。無茶をしそうになったら僕たちが止めますから。タマさん、お願いします」
相川さんが笑う。そうしてタマが先導する形で陸奥さん、相川さん、秋本さん、結城さんの四人が出発した。太陽は明らかに落ちてきているから急ぐのだろうなと思ったけど、しっかり縄だのなんだのを準備しているのがすごいと思う。俺も一応出してはおいたのだが、大丈夫だと言われた。シカの足を括りつける為の天秤などはそこらへんで拾うのだろう。
「気を付けて~!」
俺はそう声をかけることしかできなかった。
戻ってきたらすぐに運んでいくのだろうから、俺ができることはタライに水を汲んでおくぐらいだ。ニワトリたちのおかげででかいタライの数は充実している。なんとも落ち着かないので、倉庫の冷蔵庫に入れる保冷剤を入れ替えたり、餌を家に運んだりしていた。
そうして、日が西の空に落ちるか落ちないかという頃みなが戻ってきた。
ユマもメイも気になったらしくずっと表にいた。
コココッ、ピイピイとユマとメイが鳴く。そちらの方を見ると悠然としたタマを先頭にしてシカを担いだ四人が戻ってきた。殿はポチである。ドラゴンさんの姿は見えない。
「おかえりなさい。ドラゴンさんは……」
「タツキさんには桂木さんたちが先に帰られたことをお伝えしました。そうしたらナル山の方へ帰って行かれましたよ」
相川さんが教えてくれた。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
確かにわざわざ一度こちらへ戻ってくるより、直接帰った方が早いだろう。
ほっとしてシカを見る。けっこうな大きさだった。確かにこの大きさだと見張りが一人(一頭とか一羽とか面倒なのであえて一人といっておく)というわけにはいかなかったんだろう。
「……でかいですね」
「ああ、何年か生きた個体だと思うよ。立派なものだ。解体したら連絡する」
秋本さんは上機嫌だ。急ぐということで枝にくくりつけたまま秋本さんの軽トラに積み込んだ。確かにそろそろ太陽が沈みそうだ。(時間的にはそれほど遅くないが、山なので日が陰るのが早い)
「佐野さんは明日からお出かけですから、連絡は僕にしてください。桂木さんにも連絡しておきます」
「そうなのか。じゃあ相川君に連絡するよ」
「すみませんがお願いします」
そこまで言うとみな慌ただしく帰っていった。何も決めてないのであのシカをどうするのかは不明だが、とりあえずどうにか運んでもらえてよかった。
麓の柵は南京錠なので、相川さんが帰りがけにかけてくれるそうだ。俺ははーっとため息をついた。
「……どうにかなってよかったな」
そう呟くと、いつのまにかすぐ横にタマがいて軽くつつかれた。
「え? ああ、そうだ。洗わないとな……」
「シカー」
「え?」
汚れたから洗えという話ではなかったらしい。首を軽く傾げる。
タマは俺が明日から一泊で出かけるということを知っている。だからシカが気になってしかたないってことか?
「……シカがいつ食べられるかはまだわからないだろ? シカは少し日を置いた方がうまいんだから少なくとも明日はまだ食べられないぞ。それに……まだ健康体かもわからないし」
そんなことを話しながらポチとタマを洗った。ユマとメイもざっとキレイにする。
ニワトリたちに餌をあげ、夕飯の準備をしている間にLINEが入った。桂木さんからだった。
「ありがとうございます。タツキは無事帰ってきました。シカを二頭狩ったんですね」
「タツキさんが帰れてよかった。相川さんから連絡きた?」
「きていません」
ってことはもう少し後かな。
明日はこっちを10時ぐらいに出て行くことにしている。夕方前に一度おっちゃんに来てもらって餌を出してもらうことにした。
夕飯を食べ終えてユマ、メイと共に風呂に入った。風呂から出ると桂木さんと相川さんからLINEが入っていた。
シカに病変はなかったらしい。内臓は秋本さんが冷凍して保管しておいてくれるそうだ。シカ肉は一部を除いて秋本さんや陸奥さんたちに買い取ってもらうことになった。
どうやら夏祭りの屋台でシカ肉を串に刺して焼いて出すことにしたらしい。
ナニソレうまそう。
「えー、それ食べたいです」
「じゃあ食べに来ます?」
スパイスをいろいろ振って焼くそうだ。電話したら相川さんは笑っていた。
「ジビエの屋台とかいいですよね」
「ええ。イノシシもシカも増えすぎていますから、食べてもらっておいしいと思ってもらえれば駆除もしやすくなりますし」
「確かにそうですね」
そうだよな。みんなで命をおいしくいただいてしまえばいいのだ。シカは本当に桂木さんの土地で増えているらしい。ドラゴンさんが食べるって言ったってそんなには食べないだろうし、今年は桂木さんの山も入らせてもらった方がいいんじゃないか? まぁ俺が狩猟をするわけじゃないけどな。
「ニワトリさんたちによろしくお伝えください。佐野さんも、明日は気を付けていってきてください」
「はい、ありがとうございます」
ニワトリたちにはちゃんと内臓は取っといてあることを伝えた。それで釣り上がりかけていたタマの目が元に戻ったみたいだった。だからさぁ、なんでこのタイミングで狩りとかしてるんだよ。ドラゴンさんの付き合いだったんだろうけどさ。
明日は地元に一旦戻らないといけないのに、すでにすごく疲れたみたいだった。
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次の更新は24日(金)です。よろしくー!
山暮らし~2巻の文字入り書影が出ています。よろしければご覧ください。
みんなかわいいです!
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