590.タイミングが悪いこともある
二時を過ぎたあたりで「そろそろ帰ります」と桂木姉妹が腰を上げたのだが、ドラゴンさんの姿はまだ見えなかった。
それなりに日は照ってて暑いのだが、本当にどこまで行ったのだろう。
「あれー? まだ戻ってこない……」
「どこまで行っちゃったんだろーね?」
二人は困ったように首を傾げた。
「なんだったらタツキさんが帰ってくるまでいてくれてもいいよ。夕方までには帰ってくるだろ」
「それならいいんですけど……すみませんが、お世話になります」
二人がわざわざ頭を下げた。律儀な姉妹である。
「いやいや、こっちが頼んで来てもらったんだから気にしないでくれ。つってもお茶と漬物とかせんべいぐらいしかないけど」
「おかまいなく」
俺はマイペースに部屋の掃除とかいろいろしていた。夏の日中は表が暑すぎるから家の中の細々としたことをやるか昼寝をするに限る。
最初のうちは、「佐野さんて働き者ですよね~」とか笑っていた桂木姉妹だったが、夕方が近づくにつれ不安そうな表情を見せた。
「うちのニワトリたちは夕方に帰ってくるはずだから、その時に一緒に戻ってくるんじゃないかな」
確信はないが、なんとなくそんな気がした。
そうして、暗くなる前にタマだけ戻ってきた。なんだか羽があっちこっちに跳んでいる。
「おかえり、タマ。タツキさん見なかったか?」
「タツキー、シカー」
「え?」
どういうことなんだ? そういえばポチの姿がない。
「ポチは?」
「ポチー、タツキー、イッショー」
「マジか」
「……もしかして、またシカを狩ったとか……じゃないよな?」
「シカー、カルー」
「うおおおい!!」
俺は頭を抱えた。明日から一泊地元に行ってこないといけないってのにどういうことなんだ。
「佐野さん、どうかしたんですか?」
桂木姉妹が俺の叫びを聞きつけてうちから出てきた。
「あ、ごめん……なんか、もしかしたらタツキさんがシカを狩ったかもしれない……」
「えええええ」
もうすぐ日が暮れる。きっとドラゴンさんはポチと共に獲物の側にいて、タマが呼びに来てくれたのだろう。なんだってこのタイミング、とも思ったが獲物を見つけちゃったら飛びかかるよな。でも……とも思った。
「タマ、タツキさんはシカを食べたか?」
「オミヤゲー」
「わかった……」
この片言にもいいかげん慣れてきた。
「シカは1? それとも2?」
指を出してタマに見せると二頭だという。そりゃ確かにポチも動けないだろう。夏でよかったと思う。まだ太陽は明るい。
「相川さんに連絡するよ」
「シカって……人の山でシカって……」
桂木さんがぶつぶつ呟いている。
「おねえ、落ち着いてー!」
桂木妹よ、桂木さんのことは頼んだ。
相川さんに電話をするとすぐに出てくれた。
「佐野さん? どうかなさいましたか?」
「お忙しいところすみません。うちの山でタツキさんがポチたちとシカを二頭ぐらい狩ったみたいなんです。ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」
「……おお……それはそれは……」
なんかいつもと相川さんの反応が違うような気がする。
「……そのシカって、もし病変とかなかったら……ニワトリさんたちとタツキさんの取り分以外は買い上げてもいいですか?」
「え?」
どういうことだろうと首を傾げた。
「いえ、ちょうど陸奥さんたちとそんな話をしていたんですよ。今から行きますね」
「あ、ハイ……」
もしかしたらシカの処理は今日中にどうにかなるかもしれない。
「シカはどうにかなりそうだよ。今相川さんたちが来る」
よくわからなかったけど、桂木姉妹とタマにはそう言った。ユマとメイがトテトテ近づいてきた。ナーニ? と言うように二羽でコキャッと首を傾げる。なんだこれ、めちゃくちゃかわいいんだけど。
「うわぁ~、ユマちゃん、メイちゃんかわいい~~!」
桂木妹がすぐに反応した。
「大丈夫、なんでもないよ。あ、これから相川さんたちが来るから」
ユマはタマに話を聞いたらしく、頷くように首を動かした。
明日は無事に実家の方へ行けそうである。
「ちょっと柵の鍵を開けてくるよ。桂木さんたち、時間かかりそうだから帰ったら? タツキさんは明日にでも送っていくから」
まだ陽はあるが、ドラゴンさんが帰ってくるのを待っていたら日が暮れてしまうだろう。布団は一応干してあるけどさすがに泊められない。
「んー……じゃあ、タツキに先に帰るって伝えてもらっていいですか? 多分自力で帰ってきてくれると思うので」
「そういうもん?」
「自分でけっこういろんなとこ行ってるみたいなんですよね。所在がわかったので安心しました。佐野さんは明日出かけるんですよね?」
「うん、詳細はまたLINEするから」
「わかりました。ありがとうございます。気を付けていってらっしゃい」
そうして桂木姉妹はすんなり帰っていった。うちのニワトリたちも、ドラゴンさんも、この辺りの山は庭みたいなもんだしな。
柵のところまで一緒に移動し、彼女たちを見送る。ほどなくして相川さんの軽トラと、もう二台軽トラがやってきた。
結城さんが運転する秋本さんの軽トラと、陸奥さんだった。それを見て俺は、元気だなぁと苦笑したのだった。
ーーーーー
次の更新は21(火)です。よろしくですー!
来週はまたちらほらお知らせあるかもですー(謎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます