537.うちの神様はそうらしい

 山唐さんとうさんはずっと表にいたにしては濡れていなかったが、それでも拭いた方がよさそうではあった。


「ありがとうございます」


 山唐さんは礼を言ってバスタオルを受け取った。


「すみません。傘を持つとので」

「そうなんですね」


 何が聞きずらいのかは聞かなかった。きっと聞いても理解できないと思う。神社にいた稲林さんもそうだが、山唐さんもきっと人とは違う存在なのではないかと思った。それか、そういうのが見える人なのかも?

 俺は山唐さんに改めてお茶を淹れた。そしてよくわからなかったけど、もらってきたシカ肉を少し切り分けて出してみた。出してから失礼なことをしたかなと冷汗をかいた。


「あ、あのっ……」


 山唐さんは目を丸くして、俺を見た。やヴぁい、とんでもないことをした。だらだらと脂汗が流れる。お箸を添えたことで許してもらえないだろうかとかわけがわからないことを考えた。


「佐野さん、ありがとうございます。……こういう気遣いも、していただけると嬉しいものですね」

「えっ、そうなんですかっ!?」


 自分でしといてなんなんだ俺。


「ええ。佐野さんは私が摘まめるものをと考えてくださったんでしょう? ビーフジャーキーとかを出してくれるところもあるのですが、さすがに味が濃くて困るんです。チーズ等を出されてもしょっぱいですし……。ですから、これが一番嬉しいです。ありがとうございます」


 俺の思いつき程度の行動が功を奏したみたいだった。でも調子に乗らないよう気をつけたい。俺はすぐ調子に乗るから。

 山唐さんはお箸でシカ肉を切ったものをおいしそうに食べると、うんうんと頷いた。


「佐野さんのこういうところがこの山の神様にも気に入られたのでしょう」

「い、いえ……」


 なんと返したらいいのかわからない。山唐さんの奥さんはにこにこしている。


「こちらの山の神様は、佐野さんが気にかけてくれたことが嬉しかったのだそうです」

「嬉しかった……ですか」


 神様にもそういう感情があるのだろうか。


「この山の神様はその存在を留めてはいましたが、名を忘れる寸前だったそうです。神様は名前を忘れるとその存在が徐々に消えていきます。神様自身はそれをありのままに受け入れてはいるのですが、佐野さんに見つけていただいたことでいろいろなことを思い出された。ですからこの後ろの山も含めて再び見守られることになりました」

「は、はぁ……」


 神様システムみたいなのがあるのだなと漠然と思った。


「あ、あの、質問いいですか?」

「はい」

「神様って存在が消えると、どうなるのでしょうか」

「……すぐには影響は出ませんが、山が荒れやすくはなります」

「えええええ」

「基本的に日本の大部分の神様というのは見守るだけです。それでも存在を認めている人や物のことはよく見ています。神様がそこにいるだけで他の神々が干渉してこなくなりますので、わずかながらその土地は守られるわけです」

「あー……そうなんですか」


 よくわからなかったが、神様がそこにいるだけで意味があるっていう解釈をしてみた。


「話を戻してもよろしいでしょうか」

「あ、はい」

「こちらの神様はニワトリにも興味があるみたいです。なので現状維持でいいのならばそのようにしていたいということでした」

「現状維持、ですか」


 となると、俺が祈ったら可能な限り叶えてくれるとかそういうかんじなんだろうか。もちろん可能の範囲だろうから頼るつもりは全然ないんだけど。

 俺、いろいろ甘えすぎだしな。


「えーと、もし、なんですが」

「はい」

「神様がいろいろしてくれすぎだと思ったら、止めてもらうことは可能なんでしょうか」

「電話をいただければどうにかします」


 山唐さんはきっぱりと答えた。


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 山唐さんに頭を下げた。

 奥さんがメイに「また遊んでね」と言い、そっとメイを居間に下ろした。メイはピヨピヨ鳴いて居間から下りようとしたところをユマの羽毛にガードされた。

 お礼ということで奥さんに謝礼を渡したのだが、断られてしまった。


「これは受け取れません」

「ですが……」


 山唐さんが気づいて首を振った。


「お礼をいただくようなことはしていません。それよりも、今度うちのレストランに食べにきていただけると嬉しいです。その時はニワトリたちも連れてきてください」

「はい。あの、確か……魚料理が食べられるようなことを聞いたのですが……」

「はい。ソウギョやハクレン、コクレンといった大陸で食べられる魚ですが、ご希望があれば調理します」

「大陸、というと中華料理が得意なんでしたっけ?」

「はい。中華料理を希望していただけると助かります」

「中華料理、いただきたいです」

「佐野さんだけでもかまいませんが、お友達を連れて来ていただけるといろいろ料理が作れるのでそうしていただきたいです」

「わかりました。あの、いつならお伺いしてもいいですか?」


 山唐さんに都合のいい日などを聞き、また電話をすることにした。

 レストランなんて行くのはいつぶりだろうか。しかも中華料理である。

 山唐さん夫妻とトラネコを見送りながら、俺はわくわくする気持ちを抑えられなかった。

 で、まだ雨は降っていたが山頂に向かって手を合わせた。


「いつも見守っていただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 なんか雨が小降りになったような気がして、俺は苦笑したのだった。

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