521.そんなお約束はいらない

 ニワトリたちの歯磨きはなんとなくさせてもらっている。

 少なくとも一日の最後には必ず、硬めの歯ブラシで磨いていたりする。見る度にすごい歯だなーと遠い目をしてしまうが、健康で暮らしていくには歯磨きは欠かせない。うちのニワトリたちには長生きしてほしいから歯磨きをさせてもらうよう頼んだのだ。ポチはいつも嫌そうだが磨かせてくれるのだからえらいと思う。

 反対にタマは磨けとばかりにずずいっと近づいてくるし、ユマも思い出したようにパカーと口を開けてくれる。うん、うちのニワトリたちはいい子だ。

 天気予報では明日からしばらく雨だ。除湿器と扇風機、衣類乾燥機、布団乾燥機がフル回転することになるだろう。暑かったらエアコンをつけたっていい。電気代はもう諦めている。俺が倒れたらどうにもならないのだ。

 一応ユマには、万が一俺に何かあった時はスマホのこのボタンを軽くつつくようにとは言っている。110番できるやつだ。

 そんなことにならないように生活していかないとな。

 天気予報は当たって、翌朝はしとしとと雨が降っていた。

 ポチとタマは雨を煩わしそうにしながらも出かけるようだった。


「遊びに行くのか? 雨、けっこう降ってるけど」

「イクー」

「イクー」


 何もないから出かけてくれてもいいはいいんだけど、雨が降ると気温が一気に下がるのだ。こんな寒い中で、なんて思ってしまう。しかも雨だから絶対泥だらけになって帰ってくるんだよな。でも行かないなら行かないで運動不足になってしまうかもしれないから行った方がいいのだろう。


「気を付けていってこいよ。餌が足りなかったら早めに帰ってくるんだぞ」

「ワカッター」

「ワカッター」


 ポチとタマはいい返事をするとツッタカターと北へ向かって駆けていった。返事だけはいいんだよなー。

 北ってことは裏山か。


「…………?」


 なんかどうも引っかかる。アイツらが好きにいろんなところを回っているのはわかっているのに、今日は何故か胸騒ぎがした。

 何か見落としはないだろうか。

 二羽の姿が木々の間に消えてからも、俺は考えようとしてみたが何も浮かばなかった。

 杞憂ならいいんだけどな~。


「あっ、こらっ!」


 家のガラス戸を開けていたせいかメイが当たり前のように出て行こうとしていた。慌てて掬い上げて戸を閉める。

 ピーピーピー! と抗議された。甘えるかんじではない。ユマも玄関の側にいたから、出たら追いかけてくれる予定だったのだろう。ユマは本当に面倒見がいいよな。


「ユマ、いつもありがとうな」


 ひよこにつつかれながら、ユマの羽をそっと撫でた。


「アリガトー?」


 ユマがなんのことかというように首をコキャッと傾げた。ユマにとっては当たり前のことかもしれないが、俺にとってはそうじゃないんだよ。


「ユマがいつも優しくて、かわいいからありがとうって」

「ユマ、カワイー?」

「うん、かわいい」

「カワイイー!」


 ユマが嬉しそうに羽をバサバサさせた。相変わらずかわいくてにまにましてしまう。ふと視線を感じてそちらを見れば、メイが目をくりくりさせてこちらを見ていた。なんだろうと思ったんだろうな。

 また掬い上げた。


「メイもかわいいぞ」


 ピィピィピィ。つか、うちの子たちはみんなかわいいと思う。ポチとかタマに冷たくされると、くそうとは思うけどな。

 スマホが鳴った。


「?」


 見れば桂木さんからLINEが入っていた。どうかしたんだろうか。


「こんにちは。昨日裏の土地を見回っていたのですが、そちらの山にシカが行っていませんか?」

「シカ? こっちの山では見ないけど?」

「裏の土地なので入ったとしたら裏山かもしれません。タツキが追っていたのですが、うまく捕まえられなかったのが何頭かそちらへ逃げたみたいです。ご迷惑おかけします」

「いや、迷惑じゃないよ。大丈夫、ありがとう」


 シカが裏山に逃げた、ねぇ。

 裏山だったらこっちの山には直接被害はないが、繁殖されると厄介だ。シカの繁殖時期っていつだっけ。

 ネットで調べたら9月末から11月頃までのようだ。冬の間に陸奥さんたちに頼んで狩ってもらえば問題ないだろう。シカってのは山よりも森や林を好むっていうからうちの山ではそんなに増えないだろうけど、そうしたら桂木さんの土地ではそれなりに増えているんだろうか。


「木々の状態によっては人を入れた方がいいんだろうな」


 桂木さんがどう考えてるかまでは知らないが。まして人の土地のことだ。俺がとやかく言うことじゃないだろう。

 土地が続いているのだからそんなこともあるだろうぐらいに考えていたのだが、いつもより早く帰ってきたポチとタマによって頭を抱えることになったのだった。


「サノー」

「あれ? 今日は早かったな。獲物がいなかったのか?」


 まだ三時過ぎなのにと思ったら。


「サノー」

「シカー」

「……嘘だろ?」


 よく見ればポチとタマの尾まで汚れているように見える。


「あー、もうお前らってやつはあ~~」


 おっちゃんちに連絡するのが先か、秋本さんに連絡するのが先だろうか。それとも相川さん? もうわけがわからなくなってきた。

 俺の胸騒ぎなんて的中させなくていいんだよ、ホントに。



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短編「こたつ手当のある会社に転職したんだが」現代ファンタジーランキング日間一位、ありがとうございます~♪

https://kakuyomu.jp/works/16817330649504925953


そろそろこたつ作るかな~

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