498.そんな提案もされてみた

 帰り際、桂木さんがとても言いにくそうに聞いてきた。


「ユマちゃんが温めてる卵って、いくつなんですか?」

「一応、六、七個かな」


 大体それぐらいのはずである。あれから卵は追加されてないはずだ。ユマがちょっと席を立った時にも保温できるようにと、ダンボールを細かくちぎったものを入れているのですぐに卵が見えるわけではないのだ。ダンボールの保温性はすごい。そりゃあGのつく虫だって住みついてしまうだろう。

 たまにポチやタマが表で虫を食べているのを見かけてぎゃあと思う。Gでないことを祈るばかりだ。


「あのぅ……」


 桂木さんと話していたんだった。


「うん?」

「佐野さんの予定だと、それが全部孵化してもしっかり育てます?」

「……そうだね。一応想定してないとはいえないよ。全部産まれるなら、仕事を探さないといけないとは思うけど」

「考えてはいるんですね」


 念を押すように言われて苦笑した。

 そんなに、何も考えていないように見えたのだろうか。


「命には責任があるだろ?」

「そうですね。それでもしよかったら、なんですけど……沢山産まれたら、一羽養子にもらうってことできませんか?」


 俺は目を見開き、ドラゴンさんがいるだろう方向を見やった。


「タツキの餌にはしませんよ!」

「うん……しないとは思うけど……」


 見てない間に食われたなんていったら目も当てられない。例え予定外に全部産まれたとしても間引くなんて論外だ。


「ちゃんと面倒看させてもらえないかなって思ったんです。タツキも、タマちゃんと一緒にいる時なんか楽しそうだから……」

「ああ……」


 確かにタマとドラゴンさんてなんか仲がいいよな。俺はすぐ横にいるタマを見た。ギンッと睨まれた。何見てんのよッ! と怒られた気がする。いいじゃないか、見たって。

 ほんっとタマってツンデレのツン超強めだよな。たまにデレた時がめちゃくちゃかわいいんだけど。


「どう育つかはわからないけど」


 三羽一緒に暮らしてたってみなそれぞれ性格が違うのだ。ドラゴンさんと共に暮らして、どんな風に育つのかなんて想像もつかない。


「どちらにせよ、産まれてからかな……」

「そうですね。でも一応覚えておいてください」

「わかった」


 桂木さんも山暮らしだから、もし養子に出したとしても不自由はしないだろう。問題はドラゴンさんとの関係である。

 帰宅して、大量の煮物を冷蔵庫にしまってからユマの羽を撫でた。


「ただいま」

「オカエリー」


 タマは帰宅するなりツッタカターと遊びにいってしまった。もちろんポチもいない。ユマの様子ばっか見てられないよな。そこはもうしょうがないと思う。


「ひよこ、何羽産まれるかな……何羽でもいいけど、全部孵化したら養子に出さないといけないかな……」

「ヨウシー?」

「うん、桂木さんにあげたりとかしなきゃかなって」


 ユマはコキャッと首を傾げた。まぁ養子なんて言われたってわからないよな。


「産まれるの、楽しみだな」

「タノシミー」


 ユマは俺が言ったことを本当に理解しているのかわからない時があるが、それはそれでいい。タマみたいに頭がいいのはそんなにいるもんじゃないと思っている。


「明日は買物に行かないと……」


 そろそろひよこ用の餌とか、探しに行った方がいいだろう。


「あれ?」


 確か養鶏場ってヒナから飼ってるんだよな。あそこで必要なものとか聞けばいいんじゃないか? と今更ながら気づいた。

 相変わらず俺はポンコツのようである。

 つーわけでさっそく養鶏場に電話して聞いてみた。


「聞かれると思ったのに聞かれなかったから大丈夫なのかと思ってたよ~」


 松山さんに言われて俺は頭を掻いた。


「餌が困るかなと思いまして……」

「そうだね。ひよこにはかなり高カロリーの餌をあげるからなぁ。まだ産まれないんだろ?」

「まだかかりますね」

「じゃあ、木本先生が来た時に持たせるよ。お金は後払いでいいから」

「ええ? いいんですか?」

「佐野君にはお世話になってるからね。その代わり産まれたら見せてくれ」

「わかりました。いつもありがとうございます」


 それにしても獣医さんを使い走りにしていいものなんだろうか。冷汗をかいたけど、運搬費用も木本先生に渡せばいいかと開き直ることにした。

 これで一応やることは済んだので、俺はユマの羽をまた撫でさせてもらった。

 ちょっとごわごわしているかもしれない。

 俺は慌てて濡れタオルなどで羽の下を拭いたりとユマの世話をした。ユマもお風呂に入りたいだろうにこうして卵を温めてくれているのだ。俺が気づかないでどうするんだよ。

 あせもがないかどうか確認したりして、俺が汗だくになった。五月の半ばである。昼間はもうけっこう暑い。


「ユマ、ちょっと作業してくるな~」


 今のうちに川を見にいったりしてこよう。


「イッテラシャーイ」

「うん、いってくる」


 一緒に行くのもいいけど、こうやって見送ってもらうのもいいな。

 川の水は豊富で、キレイに見えた。

 もうアメリカザリガニの姿を見ないといいんだが、と思いつつ、水を引いているところを見に行ったりもした。

 みんながんばっているんだから、俺もがんばらないとな。

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