485.養鶏場へ行ってくる

 ……どうして俺は忘れてしまうのでしょうか。

 今日出かけるってニワトリたちに昨夜伝えたというのに。まだ世の中はそんなに明るくないと思うんだ。


「タマ……重いっつってんだろーが! どけー!」


 出かける日の朝は必ずと言ってもいいぐらいタマが足の上に乗ります。足の上に乗ったら俺が動けなくなるだろーが。まぁ胸の上に乗らなくなっただけいいが。(そろそろ胸の上に乗られたら窒息死しそうだ)

 タマは俺が起きたことを確認するとシタタタターッ、ツツーッ! と逃げて行った。なんか最後の音、廊下を滑ってませんでしたか? そんなことはないんですか、ああそうですか。(なんで丁寧語)

 あくびを噛み殺しながら朝飯の支度をした。


「おはよう」

「オハヨー」

「オハヨー」

「オハヨー」


 みんないい返事だな。土間には二個卵が転がっていた。


「? 卵二つあるけど、どうしたんだ?」

「タマー」

「ユマー」


 ユマが「タマー」と言い、タマが「ユマー」と言った。産む為にダンボール箱からユマは出たらしい。それならそれでいい。

 でもこの卵は抱卵ってしないんだな。ま、されても困るんだけど。

 ポチを送り出してから、タマが家の周りをうろうろしているのを確認しながら草むしりをした。ちょっと油断するとすぐに草ぼうぼうになってしまう。そんなに雑草は元気じゃなくてもいいんだがなぁ。

 そろそろ出かけようかと思い、顔を上げたらタマの姿がなかった。もしかしたら耐えきれなくて遊びに行ったんだろうか。それはそれでいいのだが、タマが戻ってきたらと思うと身動きがとれない。

 あ、そうだと思って相川さんにLINEを入れた。


「今日はタマと一緒に行く予定ですが、もしかしたら俺一人かもしれません。11時に麓で待ってます」


 特に連絡を入れる必要はないと思ったが、ユマが来ると思ってリンさんが来たら残念がるかもしれないので。


「ユマさんは行かないんですか?」


 さっそく返信があった。


「ユマは今抱卵してて出られないんです」

「わかりました。後で詳しく話を聞かせてください」


 これでよし、と。表へ出たらポチとタマが帰ってきたところだった。もしかしてタマはポチを探してきてくれたのだろうか。俺が、ポチにユマを頼むと言ったから。


「タマ、そろそろ行くぞ」

「ワカッター」

「ポチ、ユマを頼んだぞ」

「ワカッター」


 タマはなんというか本当に、いろいろ気にしいで、優しいんだよな。

 タマは助手席に乗ってくれた。こうして見るとユマは少しふっくらしていたのだということがわかった。やっぱり俺の側にいたから運動不足で太ってたんじゃ? でもこれを言ったら間違いなくタマにつつかれるだろう。運動量が全く違うんだから当たり前だ。

 川沿いの道まで軽トラを進める。相川さんの軽トラが後ろについた。今日はリンさんは同行しないようだった。

 いつも通りの道を通って松山さんちへ行く。前回来た時よりも草が繁茂しているのがわかった。春、というよりもう夏だなと思う。この後に梅雨がくるからまた多少寒くはなるんだが。

 ちょうど松山さんが表にいた。


「こんにちはー」

「おー、佐野君、相川君来たかー」

「すみません、ニワトリを一羽連れてきたんですけど……」

「養鶏場に近づかなければ自由にしててもらってかまわないよ」

「ありがとうございます」


 松山さんに断ってからタマを下ろした。


「タマ、今日は早めに帰りたいから適当なところで切り上げて戻ってきてくれるか?」


 ココッとタマが返事をしてくれた。一緒についてきてくれたのは嬉しいけど、それで帰りが遅くなるのは困る。それから、


「タマ、もし何か見つけても、狩るなよ?」


 タマがフイッと頭を反らした。

 嫌な予感がしたんだ。タマなら、ユマに精がつくものを食べさせたいと思うんじゃないかって。そしたらなんか狩ってこようとするよな? 大物を。


「タマ?」


 一呼吸空けて、ココッとタマが返事をした。


「よろしくな」


 そう言って送り出した。視線を感じてそちらを見れば、相川さんがにこにこしていた。


「佐野さん、ユマさんが抱卵ってどういうことなんですか?」

「えーと……」


 なんか相川さんの機嫌が悪いかもしれない。


「ヒヨコが孵化するにはいい時期じゃないかなーと、卵をためてまして」

「ああ、それで」

「抱卵する場所を整えたらユマが抱卵してくれてるんです」

「そうですよね。自然には抱卵しませんよね」


 そう言いながら相川さんはポリバケツを下ろした。


「シイタケ持ってきましたけど、どうしたらいいですか?」

「ありがとう。倉庫まで運んでもらっていいか?」

「はい」


 なんとなくおばさんが怒っていた理由がわかった。うちのニワトリたちは自然には決して抱卵しない。なぜなら卵を産むのが二羽しかいないからだ。俺が人工的に抱卵する場所などを用意しなければ抱卵しないということはみんな知っている。

 飼主は俺なんだけど、俺がそのことを事前に相談しなかったことをおばさんは怒ってたんだ。

 そうだよな。命に責任を取るってそういうことだ。

 きっとたった一言俺がみんなに、タマかユマに抱卵してもらおうと思うって事前に伝えておけばよかったんだ。

 つっても今更なことなので、松山さんからニワトリの餌を買ったりサラダチキンを買ったりしてから、改めて話すことにした。

 きっと相川さんっつーか、リンさんにも心配かけてしまっただろうし。

 ホント、俺って気が利かないと再認識したのだった。


ーーーーー

レビューいただきました! ありがとうございます~♪


明日から一日一話更新になります~。よろしくですー

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