433.ザリガニ騒動

「あの……川に、ザリガニって多い、ですよね?」


 将悟君がとても歯切れの悪い言い方をした。


「? うん。去年見た時はすっごく多かったね」

「え? 多かった? 過去形ですか?」


 将悟君は戸惑うように聞く。あ、と思った。


「えーと、近所にザリガニが大好物な動物がいて、けっこう食べてくれたんだよ。だから多分今年はもうそんなにいないと思うよ。でも、なんで? ザリガニ釣りたかった?」

「そ、そうなんだ……ありがとうございます。ごめんなさいっ!」


 うんうんと頷いてから、将悟君はいきなり謝った。なんのことだろうかと目を白黒させてしまう。圭司さんが苦笑して教えてくれた。

 実は川で大繁殖していたアメリカザリガニは、将悟君が昔村のお祭りで釣ってきたものだったらしい。飼ってはいたけど逃げてしまい、探しても見つからなかったのだそうだ。だが翌年川に入ったら繁殖していて、それから毎年ザリガニを捕れるだけ捕りに来ていたらしい。


「その……すみません、去年は来なくて……」


 将悟君が頭を掻いた。


「うーん、うちはどうにかなったから別に大丈夫だよ? 今年もその動物には来てもらう予定だから、そんなに恐縮しなくても」


 去年に関して言えばもう俺が買った山だから遠慮したのだろう。問題になるとしたらこの山の環境を教えてもらえなかったことぐらいだ。でも結果オーライだったのだからそれでいい。


「気にしないでこれからも遊びにおいで」

「ありがとうございます!」


 やっと笑顔になった。子どもはそんなすまなさそうな顔なんてするもんじゃない。できれば笑っていてほしいと思う。でももう中学生になるって聞いたから、思春期の悩みとかも出てくるかな。


「佐野さん、あのぅ……」


 今度はなんだろう?


「何?」

「ユマちゃんと遊ばせてもらってもいいですか?」

「あ、うん。ユマがいいって言うなら、いいよ」

「ありがとうございます!」


 将悟君はうちを出て、ユマに会いに行った。ユマも無下には扱わないだろう。基本うちのニワトリたちは子どもには優しいしな。


「佐野さん」

「はい」


 圭司さんにお茶を淹れた。


「ザリガニのことをお伝えしないでいて、本当に申し訳ありませんでした」

「え? いや……そんなに気にすることないですって」


 圭司さんに改めて謝られてしまい、慌てた。


「いえ、本来なら買っていただく時にこちらが把握している状況はお知らせしなくてはいけなかったんです。買っていただけたことにただ舞い上がってしまい、必要な情報提供をしなかったこと、お詫びします」

「あー……やっぱ山って売れないものなんですね」

「はい。この山はそれでも水源が多いので、二束三文でも売れればという気持ちではありました。それが……売りに出して半年も経たないうちに売れたので、かえって驚いてしまいまして……」

「半年も経ってなかったんですね」


 俺は苦笑した。そんな巡り合わせもあるんだな。この山を買ったのは去年の二月で……その半年前といっても九月か。もう手入れできないと思ったんだろうなぁ。元庄屋さんに同情した。


「俺はここに来られてよかったですよ。まぁ……村のお祭りで買ったカラーひよこがあんなにでっかく育つなんて思ってもみませんでしたけど」


 誰があんな風に育つと思うのか。


「そうですよね。先祖返りと考えても、三羽が三羽ともって面白いですね」

「圭司さん、俺、この山を買えたことに感謝しているんです。だからニワトリたちにも会えたし、この村の人々とも触れ合うことができました。だからもう気にしないでください」

「……ありがとうございます」


 きっと圭司さんもある程度覚悟して来てくれたのかなと思った。アメリカザリガニは外来種だが特定外来生物には指定されていない。でも外来種には変わりないし、繁殖力も強くて生態系には影響を及ぼす。だから話が違うとなじられてもしょうがないと思ったのかもしれない。でも、リンさんやテンさんがすごい勢いで食べてくれたし、多分うちのニワトリたちに頼んでも駆逐してくれただろうことは想像に難くないので、やっぱり俺にとっては些末な問題だった。

 これからも仲良くしてもらえたらいい。


「次は山神様用の祠を持ってきます」

「はい、それはよろしくお願いします。やっぱり参道とか作った方がいいですかね。あとは周りがよく見えるように山頂の木々の手入れとか……」

「参道とまではいきませんが、登りやすいように木は切った方がいいかと思います。それについては、できればGW辺りに作業に来ようかと。ですから佐野さんお一人ではしないでください」

「わかりました。その時はよろしくお願いします」


 いろいろ話をつめ、終わってから表を眺めると、将悟君とユマが楽しそうに走っていた。


「元気だなぁ……」


 俺はもうあんな風に全力で駆けられない。駆けてないと駆け方も忘れてしまうようだ。

 そうして、暗くなる前に圭司さんたちは帰って行った。詳しい話は元庄屋さんに電話で伝えるそうなので、俺は特に何も話す必要はないと言われた。でも挨拶ぐらいはした方がいいかなとも思った。



ーーーーー

「アメリカザリガニ」については環境省のHPを参考にしています。


外出中なので予約更新ですー

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