423.それは、なんかないか?

「ただいま~」


 買物袋を抱えて桂木さんが帰ってきた。ドアを開けると寒いと桂木妹が言うので出迎えはしなかった。二人ともこたつの中である。うちにもこたつはあるけど、本当に出られなくなるよな。


「佐野さん、ありがとうございます」

「桂木さん、お疲れ。村の方、どうだった?」

「村の方はみぞれっぽかったですね。橋を渡って少しいったらすぐみぞれになりましたよ~」

「やっぱ川が境なのかもしれないな」

「佐野さん、何時ぐらいまでいられます?」

「雪のかんじによるかな。すぐ止むならそれでちょっと雪かきしてから戻るし、なかなか止まないようなら三時過ぎまではいるよ」

「助かります!」


 桂木さんがほっとしたような顔をした。

 二人いるとはいえ、女の子たちだ。やっぱり心細かったのだろう。


「じゃあごはん作りますから、ちゃんと食べて行ってくださいね!」

「うん、ごちになります」


 そう言って三人で笑った。


「不思議だねー」


 桂木妹が呟くように言った。


「なにが?」

「おねーちゃんと窓の外見てた時はすっごく寒かったの。でも、おにーさんが来たらあったかくなったんだよー?」

「……それは時間が経ったから気温が上がったんじゃないのか?」


 冷静に言うと、桂木妹が信じられないものを見るような顔をした。


「おにーさん、そんなんじゃモテないよ!」

「指さすな。モテなくたっていいんだよ」


 実際モテないけどな。いーんだよ。しばらくカノジョとかお断りだ。ましてこの村で恋愛? フられたら今度こそ俺の行き場がなくなるじゃないか。


「もー! おにーさん若いのになんでそんなじじいチックなわけ~?」

「じじいチック?」


 新しい言葉なのか古いのかもさっぱりわからん。


「リエ~、リエ語はわかんないって~」


 やっぱり妹語だったのか。またずず……とお茶を啜る。さすがにぬるくなっていた。


「雪の降り方は変わらないよな」

「そうですね。まだまだ降りそうです」


 桂木さんが答えた。


「まだ降り始めだからどれぐらい積もるかはわからないけど、ちょっと道見てくるよ」

「ええ~? まだいいですよ」


 ここにいても落ち着かないというのが本音だ。どうせだからホウキを持ってタマとユマを呼び、雪があると邪魔そうなところを掃いたりした。

 昼になっても雪の降り方は変わらなかった。積もると困るんだよな。


「佐野さーん、お昼ですよー。カレー作りましたからー!」

「はーい」


 カレーは是非とも食べなくては。白菜などは持ってきたからニワトリたちにあげた。桂木さんが豚肉の切り落としなどをニワトリたちにくれた。ありがたいことである。

 それにしても豚肉とか久しぶりに食べた気がする。最近冷蔵庫も冷凍庫もシシ肉がいっぱいだから豚肉を買わないで済んでいたけどやっぱり味わいが違う。カレーは普通においしかった。


「カレーは身体あったまるよな~」


 サラダとスープも出てきた。一人だとなかなかカレーも作らない。


「そういえばさ……」


 ふとうちの山の神様のことを思い出し、話してみた。


「どうしても山の上に登らせてくれないんだよ。もしかしたらまだ雪が降ることを神様が知ってたのかもしれないな」


 笑われるかもしれないけど、俺はそう思っている。桂木さんが難しそうな顔をした。


「私たち……山中さんにこれ以上迷惑をかけちゃいけないと思って戻ってきたんですけど、こっちに戻ってくるって決めてからなんかちょっとあったんですよね」

「例えば?」

「リエがね~大事にしてた髪留めがなくなっちゃったの~。いつもと同じところにしまったはずだったのにまだ見つかんなくて」

「ふうん」

「あとは、山の手入れを頼んでいる人に連絡したんですけど、二週間ぐらい娘さんのところに行くことになったって聞いたりして」

「へえ」

「あと、麓に着いた時に柵の鍵がなくて慌てたんですよ。確かに持って出たはずなのになくなっちゃってて。で、山中さんのところに戻ってスペアを借りてきたんです。それでまた鍵を作ろうと思ったんですけど……」

「まぁ……確かにちょっとかもしれないけど」


 それはなんかないか? 髪留めについてはわからないが。


「鍵は作れたの?」

「鍵を作ってる人、4月までN町にいるみたいで」

「そうだったっけ?」


 確か雑貨屋で頼むとやってはくれるんだよな。鍵屋さんがいれば即日だけど、いなかったらいる日まで待たないといけない。そういうところは不便だなとは思う。家の鍵開けぐらいならみんな工具で無理矢理開けるようなことを言っていた気がする。だからみんななんとなくドライバーとかは持ち歩いてるんだよな。俺も持ってる。

 それはともかく。


「……ところでこの山の神様とかって聞いた?」

「……まだ聞いてなかったですー……」


 あー、と桂木さんが肩を落とした。神様うんぬんに関しては去年の話だったし、それから桂木姉妹はN町に移動したから忘れていたんだろう。まぁ、その後も話はしてたけど。

 多分引き止められてたんだろーなとは思うけど、桂木姉妹からしたら弱かったんだな。

 ナル山の神様はどこにいるんだろう。ちょっとだけ考えた。

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