402.シカ料理は中華にもありまして
「お待たせ~。今日は中華料理でまとめてもらったわ~」
おばさんがご機嫌で料理の載ったお盆を持ってきた。
「おいおい、山唐(さんとう)さんに全部任せたんじゃないだろうな?」
松山さんが冷汗をかきながら聞く。
「そんなわけないでしょ~。鶏については譲れないわよ」
おばさんの鶏料理も食べられるようだ。みんな笑顔になった。
「はーい、どうぞ~。スモークチキンのサラダと棒棒鶏(バンバンジー)ならぬ棒棒鹿(バンバンルー)よ~」
スモークチキンはここで作ったのだろう。野菜の上に食べやすい大きさにスライスされたスモークチキンが乗っている。それだけでもおいしそうだった。棒棒鹿って、確かに肉が鶏の色ではない。野菜の上に乗っている肉がなんともおいしそうだった。それはおばさんが野菜と軽く混ぜた。
「佐野君、ニワトリたちのごはんも準備できてるわよ~」
「はい、ありがとうございます」
「あ、私も行きますね」
山唐さんの奥さんも立ち上がった。相川さんに前菜を確保してもらうようお願いして、ニワトリたちのごはんを並べに行くことにした。
すでに庭にビニールシートが敷いてある。これは先程相川さんに手伝ってもらいやっておいた。
「うちのトラ君もご一緒してもいいのかな」
西の空が赤くなってきていた。奥さんに言われて「大丈夫だとは思いますけど」と返事をした。どう通じ合ったのかわからないけど、仲は悪くないと思うんだよな。ニワトリとトラネコの仲のよくなり方とかさっぱりわからない。
駐車場の方へ向かうとまだニワトリたちとトラネコは遊んでいた。それだけ聞くと微笑ましい光景を想像するかもしれないけど、追いかけっこしている姿なんて、どこの特撮だと言わんばかりである。
「おーい、ポチ、タマ、ユマ~、ごはんだぞー」
ニワトリたちに声をかける。
「トラ君も~、ごはんだよー」
奥さんもトラネコに声をかけた。みな素直にこちらへ駆けてくる。奥さんを促して庭の方まで誘導した。
「ポチ、タマ、ユマ。トラ君もここで一緒に食べていいか?」
ニワトリたちはすぐに頷くように頭を前に出した。どうやらいいらしい。
「足りなかったら鳴けよ~」
そう言って奥さんを促し、縁側から居間に戻った。
奥さんが座るのを確認してから俺も腰掛ける。すでに新しい料理が出てきていた。
「うわ~、おいしそうですね!」
おばさん特製の鶏の唐揚げと、黒っぽい煮込み料理のようなものがある。大根の煮物に、きんぴらごぼう、こんにゃくの炒り煮に小松菜の煮びたしなども並んでいた。
先に取り分けてもらった棒棒鹿をいただいた。鹿ってけっこう硬くなるイメージだったけど思ったより柔らかい。
「これってどう調理してるんでしょうね?」
「塩麹に漬けて蒸したそうですよ。パサパサにもなっていなくておいしいですよね」
「へえ……」
やっぱり手間はかかるんだなと思いながら味わう。これならいくらでも食べられそうだと思った。野菜と一緒に食べるとまた格別だった。
「おにーさん、こっちもおいしーよー」
桂木妹が黒っぽい煮込み料理を食べながら教えてくれた。
「これは?」
「紅焼鹿肉(ホンシャオルーロウ)ですって」
「聞いたことがない料理ですね」
大きめに切ったシイタケとタケノコも入っている。それだけでもおいしそうだった。
「紅焼(ホンシャオ)というのは醤油ベースの煮込み料理を指すそうです。中華料理ですね」
「へえ、そうなんだ……」
鹿肉は一度油で揚げてあるらしく(素揚げしたらしい)食感もしっかりしていた。
「砂糖、醤油、酒がベースね。こんなにシカがおいしく食べられるなんて、山唐さんは本当に料理がお上手よね~」
おばさんが白菜の煮物、宮爆鶏丁(鶏とピーナッツの炒め。醤油ベースで辛味がある)も運んできた。うん、食べないって選択肢は全くない。
そうしてだいぶおなかが満たされてきた頃、
「ごはんの代わりです、どうぞ」
山唐さんが大量の水餃子を持ってきた。
お皿に山と載せられた水餃子を見てみんな目を丸くした。
「お好みの味付けでどうぞ。一応中身に味はついてはいますが」
がたいの大きい山唐さんが肩を竦めて言う。
「これも中身はシカなのよ。皮も手際よく手作りしてくれちゃうんだからすごいわよね~」
手作りの水餃子! みな目の色が変わった。
最後に出されたスープは辛めの魚のスープだった。ソウギョという文字通り草食の魚をつみれにして、白菜と春雨が入っていた。もうなんていうかとにかく贅沢である。
「水餃子もおいしかったです……」
ああ、腹がくちくなければもっと食べたい。そんなことを言っていたら表から「クァーッ!」と催促の声が聞こえた。ああもう身体が重い。山唐さんの奥さんが立とうとしたが、山唐さんが先に立ち上がった。
「花琳はゆっくりしているといい」
山唐さんにシカ肉を用意してもらい、二人で庭に持っていった。がたいはでかいから威圧感はあるけど、山唐さんはとても穏やかな優しい人だった。
「でっかいニワトリ三羽と暮らしている人がいるとは聞いていたけど、たいへんではないのかな?」
「たいへんといえばたいへんですけど、ニワトリがいるからどうにかやっていけてるんですよね。毎日楽しく過ごしてます」
「それならよかった。佐野君とニワトリたちに不満がないのが一番だ。何かあったらいつでも連絡してほしい。私はこの山の裏の方の東の山に住んでいる。車だと隣村に入ってぐるっと回ってこないといけないから遠いかもしれないけどね」
「機会があれば是非」
ニワトリたちは最初山唐さんをじっと見ていたが、トラネコががつがつと食べ始めたのを見て自分たちも慌てて食べ始めた。もうこれだけあれば大丈夫だろう。
ニワトリとトラネコの様子を少し見てから、俺たちはまた居間に戻ったのだった。
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