403.同じ場所で寝起きしたら起こること
少し動いたせいか、もうちょっとだけ水餃子を摘まむことができた。中身もそうだけどこのもちもちの皮がたまらない。
「本当においしい……中国だと皮から作るものなんですか?」
「自分の家で皮から作るのが当たり前です。だから売っている皮とか、面白いとは思います」
松山さんの前だからか山唐(さんとう)さんは丁寧な口調で答えてくれた。みんな黙々と食べている。人間おいしい料理を食べる時は無言になるようだ。
「山唐さんて、もしかして中国からいらしたんですか?」
「ええ、大分昔は中国にいたようです。おかげで料理はどうしても中華が基本になりますね」
そう言いながら山唐さんは奥さんの世話をするばかりで、自分は全然食べていなかった。大分昔は、というと祖先がってことなのかな。不思議な言い回しだなと思った。
「宮爆鶏丁のやり方でシカ肉を調理してもおいしいでしょうか」
やっと落ち着いたのか、相川さんが山唐さんに尋ねた。
「それでもいいでしょうが、少し肉は固くなるかもしれません。下ごしらえをしっかりすればそれほど気にならないとは思いますが」
「ありがとうございます」
さっそく相川さんは作るつもりでいるらしい。すでにシカ肉を少し分けてもらうよう交渉したようだ。リンさんにもお土産を持って帰らないといけないもんな。
木本医師は満足そうに腹を撫でている。
「いや~、料理がおいしいからビールが進むね。ここにいたら太ってしまいますよ」
それは俺も同意する。どこの家でもそうなんだけど、村のおばさんたちが作る料理がうますぎてついつい食べすぎてしまう。ズボンはまだきつくなってはいないが注意は必要だ。
いつも通りお開きになった後でビニールシートを片付ける。ニワトリたちの汚れなどをできるだけ落とし、広い土間にニワトリたちとトラ君を入れてもらった。
「タマちゃんとユマちゃん、明日は卵産んでくれるかなー?」
桂木妹がわくわくしながらそんなことを言っていた。
「それはわからないな。たまに産まない日もあるし」
そんなことを言いながらみな順番にお風呂を借りてから雑魚寝した。
翌朝、松山のおばさんに起こされた。
「佐野君っ! たいへんなのよっ、起きて~~~っ!」
「? え? あ、ハイ……」
おばさんがひどく慌てている。なんだろうとどうにか頭を起こした。まだ半分ぐらい頭は寝ているが呼ばれているのだからしょうがない。
「ん? なん、ですか……?」
「どう、したの、かな~」
相川さんと木本医師が寝ぼけ眼で頭を上げた。相川さんが寝てるとか本当に珍しいので、まだ早い時間なのだろう。
「佐野君、山唐さんも、早く早くっ!」
「……はい」
山唐さんは頭を上げるのもおっくうなようで唸るような声を上げたがどうにか起きた。おばさんに促されてそのまま居間に向かったら、とんでもない光景が広がっていた。
「え? なんで? どうしたんだ?」
コッ、コココッ、クァーッ、ココココッ!
なんとニワトリたちが頭を前足で抱えて伏せているトラ君をさかんにつついていた。
「おい! ポチ、タマ、ユマ、やめろっ! いったいどうしたんだ!」
クァーッ! とポチが鳴く。どうやらひどく怒っているようだ。俺は土間に下りてユマに抱きついた。
「ユマ、やめろ! ポチ、タマもっ! やめなさいっ!」
ユマはすぐに止めて俺にすりっと頭をすり寄せてきた。ポチとタマはやっとつつくのを止めたがとても不満そうな顔をしているように見えた。
「……どうしたんだよ?」
「トラ、どうしたんだ? 何をしたんだ?」
山唐さんが土間に下りてきてトラ君の前足を外させた。
「に゛ゃああっ、に゛ゃあああっ!」
トラ君が山唐さんに何やら訴えている。山唐さんはクンクンとトラ君の口の匂いを嗅いだ。
「……お騒がせしました。すみません、のり子さん」
「はいっ!?」
松山のおばさんが返事をした。おばさんの名前はのり子さんというらしい。
「うちのトラに卵はあげましたか?」
「? いいえ? シカ肉はあげたけど……」
「そうですか。ということは、トラが悪いな」
山唐さんが呟く。そしてニワトリたちに向かって頭を下げた。
「うちのトラが君たちの卵を食べてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「あ……」
そういうことだったのかと合点がいった。同じところで寝起きをしていたから、タマとユマがいつも通り産んだ卵をトラ君が食べてしまったようだ。山唐さんはトラ君の口の匂いを嗅いだのはそういうことなんだろう。
それはもうしょうがないよなと苦笑した。
ニワトリたちは頷くように頭を動かした。
「に゛ゃああ……」
トラ君も頭を下げた。これでなんというか、序列のようなものが決まってしまったようだ。あんまりうちのニワトリがえばらないといいのだが。
「佐野さん、うちのトラが失礼しました」
山唐さんが本当にすまなそうに、大きな身体を縮めるようにして頭を下げた。そんな大それたことをされたわけでもない。だいたいよその家で産んだ卵だ。誰が食べたって別にかまわないと思う。
「そんなに気になさらないでください。ポチ、タマ、ユマもそんなに怒るなよ~」
ユマの羽を撫でながらそう言ったら、今度は俺がポチとタマにつつかれた。なーんーでーだー。
「いてっ! こらっ、ポチッ、タマッ、痛いってっ!」
「……佐野君て、わかってないね」
「ええ、佐野さんはわかってないんです」
何故か木本医師と相川さんがこちらを見ながら意味不明なことを言っていた。そんなことよりポチとタマを止めてほしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます