394.養鶏場の近くでなんか捕まえた?

 タマとユマでシカを狩ったのだろうということはわかる。

 だがそれをどう伝えたらいいだろう。もうシカにとどめを刺しているというなら早く回収しなければならない。


「ちょっと待ってろ。1頭か2頭か?」


 指を出して確認する。ユマは人差し指を出した方を軽くつついた。1頭捕まえたらしい。松山さんの家に戻った。


「すいません。ユマだけ戻ってきまして……ついてこいと言っているみたいなんです。もしかしたら何かあったのかもしれません。おじさん、念の為付いてきていただいてもいいですか?」


 さすがに何かを捕まえたかもなんて言うわけにはいかない。山の中なら木の枝ぐらいは落ちているだろうからあとは縄だろうか。


「ああ、いいよ。行こう」


 松山さんもフットワークは軽かった。


「念の為縄とか持って行こうか。何か捕まえてるかもしれないよね~」

「それならいいんですけどね」


 実際なんか捕まえてるみたいだし、と思いながら松山さんとユマに付いていくことにした。おばさんは心配そうに見送ってくれた。


「スマホは持っているようにするからなにかあったら連絡ちょうだいね!」

「はい」


 返事をして、ユマに「お待たせ」と声をかけた。


「連れてってもらえるか?」


 ユマがクァーッと鳴き、トトトトッと早歩きをし始めた。俺だけならけっこうなスピードで走るのだろうが松山さんに気を使ってくれたのだろう。本当によくできたニワトリだよなと思った。途中何度も振り返っては俺たちが付いてきていることを確認するユマがすんごくかわいい。俺は緩みそうになる頬を気力で引き締めた。ここでデレデレした顔をしていたらきっとユマにも引かれてしまうし、もしタマに見られたらライダーキックを見舞われてしまうかもしれない。って、ライダーキックってなんだよ。

 15分ぐらい小走りで山の中を進んだだろうか。ユマが立ち止まってクァーッ! と鳴いた。それに一瞬遅れてクァーッ! とどこかから返事があった。近くにいるようだった。

 それから約5分。やっとタマの姿を見つけて俺はほっとした。


「タマ……」

「うわーっ!? でっかいシカじゃないか! これはすごいなぁ……さすがに二人で運ぶのは……」


 松山さんがびっくり仰天したような声を出した。確かにそれなりの大きさのシカがタマの前で倒れていた。

 いっけね。俺タマのことしか見えてなかった。うちのニワトリ大好きもここに極まれりというかんじである。


「タマ、とユマで狩ったのか?」


 コココッ! とタマが返事をしてくれた。どうやらそうみたいだった。ただこのシカ、足が片方へんな方向に曲がっている。もしかしたら元々怪我をしているシカを見つけたのかもしれなかった。


「佐野君。これを二人で動かすのは無理だ。あきもっちゃんに電話するよ」


 どうやらここは電波が入ったらしい。


「シカ! そう、シカだよ! けっこうでかいんんだ! 佐野君とこのニワトリがね! あ、来てくれるの? よろしく!」


 秋本さんたちが来てくれることになったらしい。ここの見張りということで俺が残ることにした。


「松山さんとタマは戻ってください。秋本さんたちが来たらタマに道案内を任せてもらえればここに連れてきてくれると思います」

「いいのかい? 悪いねえ。じゃあタマちゃん、よろしく頼むよ」


 タマはわかったというようにココッと鳴き、松山さんと戻っていった。俺は倒れているシカを眺めた。確かに最近見たシカよりも大きく見えた。でかい、といってもヘラジカほどは大きくない。(それは危険すぎる)それでも突進されたら危険だと思うような大きさではあった。


「これ、どうやって捕まえたんだ?」


 シカは当然ながら事切れている。タマたちが生かしておくはずなどない。生かしておいたら危険だからだ。そういう意味ではうちのニワトリたちは野生に近いのだと思う。


「ハシッター、シッポー、バンバン」

「……そっか」


 うちのニワトリたちには強靭な尾がある。これで叩いたら大概の生き物は死にそうだ。だってけっこう太いし。どう見ても筋肉の塊だし。そういえば最近ユマとお風呂に入る時尾が湯から出ているな。やっぱり納まりきらないんだろうなと思った。


「がんばったんだな」

「ガンバッター」


 ユマが胸を反らすようにした。胸を張るニワトリ。かわいいな。

 最近俺、ユマを見てかわいいしか思ってなくないか? いや、実際にかわいいんだけど。語彙力が貧困なのがよくわかるなー。

 木々の間にいるから日は当たっていない。山の中だからけっこう冷えている。だからこのまま置いておいても大丈夫だろうという判断なんだろうが、それでも不安は不安だ。

 すぐ側に川があれば沈めておくんだが。そんなことを考えていたらスマホが鳴った。松山さんからだった。

 秋本さんたちがタマと一緒にこちらへ向かっているらしい。よかったと思った。

 ここらへんに生えている木は常緑樹だからちょうど日が当たっていない。だから余計に寒く感じられるのかもしれなかった。

 手持ち無沙汰だったのでユマの身体についているごみなどを取っていたらタマが戻ってきた。


「お、タマ、おかえり」


 その後ろから疲れた様子の秋本さんと結城さんが来てくれた。


「秋本さん、結城さん、ありがとうございます」

「はぁ、はぁ、はぁ……タマさんは、スパルタだね……付いてくるのがやっとだったよ……」


 秋本さんがぜえはあしながら言う。


「すみません……」


 この場合ユマに行かせた方がよかっただろうか。悪いことをしたなと思った。本当に申し訳ない。

 タマがフンッと息を吐いた。それはまるで、情けないと言っているようだった。松山さんに関してもそんな扱いをしなかっただろうなとちょっとだけ心配になった。

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