355.おっちゃんちに様子を見に行ったらまず捕まる

 一応電話は先に入れてある。いきなり行ってもいいけどお客さんがいたら邪魔になるだろうし。


「こんにちは~」


 呼び鈴を押し、すりガラスの戸を開けて中に声をかけた。


「おー、昇平か。上がれ上がれ」

「お邪魔します」


 顔出しだけとは言っておいたから今回は手土産はなしだ。


「あら、昇ちゃんいらっしゃい。お昼ごはん食べていくわよね~」

「いえ、今日は顔を見たかっただけなんで」


 おばさんに当然のように言われて慌てた。そんな手間をかけさせるわけにはいかない。


「予定でもあるの?」


 おばさんに不思議そうに聞かれた。それに素直に答えてしまう。


「ありませんけど……」

「じゃあ食べていきなさい! 二人で顔つき合わせてごはん食べるのもいいかげん飽きるのよ!」

「そうなんだよなぁ」


 おっちゃんが頭を掻いてガハハと笑う。確かに二人暮らしだとそういうものかもしれない。次は手土産を持って来ないとなと頭の中にメモをしつつ、お言葉に甘えることにした。


「そういうことでしたらお言葉に甘えて……」

「何作ろうかしらねー? 昇ちゃんは何食べたい?」

「うーん……食材は何があるんですか?」

「そうねぇ……」


 おばさんが冷蔵庫をごそごそと漁る。居間の方からちらと見ただけだが相変わらず冷蔵庫はぱんぱんのようだった。作り置きとかもしているんだろうけど、田舎の家って冷蔵庫がいつでも満杯のイメージがある。これはあくまで俺のイメージだけど。


「ごはんも炊いてあるし……天ぷらでいいかしら!」

「ありがとうございます」


 自分で作らないから天ぷらはありがたい。俺は両手を合わせて拝むようにした。


「もう~昇ちゃんたら大げさねぇ~」

「うちで揚げ物とかやらないので」

「一人だとやらないかもね~」

「そうなんですよね」


 つっても、誰か来ても揚げ物はやらないが。油の処理もそうだけどやっぱ苦手意識はある。だから余計に誰かの家のごはんがいつもありがたいなって思う。


「最近ニワトリたちは陸奥さんちだって?」

「そうなんですよ。あっちも害獣の被害がけっこうあるみたいで」

「あそこは林だっけか。確かにそれじゃそう簡単に銃は使えねえかもなぁ」


 確か人里に近いところでは猟銃を使うのは危ないから禁止されてるんだっけ。罠を設置するにしても難しいかもしれない。確か近所で犬飼ってるお宅とかもあったもんな。


「んで? 確かシカ祭りだったようなことを秋本が言ってたな」

「ええ、東の山から下りてきたのかシカを二頭ニワトリたちが捕まえたんですよ」

「相変わらずすげえなアイツらは」

「やっぱシカの被害ってそんなにあるんですか?」

「基本的にシカってのは山っつーより森とか林みたいな平地に近い方がいるんだ。だから畑とかにも被害が及ぶのさ」

「じゃあおっちゃんちの山は?」

「うちは基本シカはいねえと思うぞ。どっかから流れてきたっつーなら別だが」

「そうなんですね。やっぱ天敵がいないから増えてるかんじなんですかね?」

「だろうな。猛獣だから、危険だからって狩りつくしたものが山の生態系の頂点を担ってたなんて思わなかったんだろうよ。ま、いわば人災ってやつだ」

「……人災、多いですね……」


 花粉症だって人災だろうしな。

 最近のことなどいろいろ情報交換をした。炭焼きやうちの山の四阿作りにはおっちゃんもやっぱり参加するらしい。材料は集めてあるので相川さんからの連絡待ちだとウキウキしていた。だからどんだけでっかい工作がしたいのか。


「四阿だけでいいのか? でっかい風呂作りたいみたいなこと言ってなかったか?」

「あー……まぁそろそろ風呂が手狭ではありますけど……」


 でも毎晩薪をくべるような気力もない。ヘタレなんで。


「作ってやろうか」

「遠慮しときます。その後の管理の方がたいへんそうなんで」

「つまんねえやつだな」


 なんとでも言ってくれ。一応俺にもキャパシティってもんがある。


「できたわよ~」


 かなり話していたらしい。天ぷらを揚げる音は聞こえていたが昼になっていたとは気づかなかった。

 漬物とごはん、あさりの佃煮(これは市販品だ)、ワカメとタマネギのみそ汁に天ぷらがどどんときた。


「昇ちゃんが来てくれてよかったわ~。隣村の親戚からソウギョをいただいて困ってたのよ~」

「ソウギョ? ってなんですか?」


 なんか聞いたような気がするが思い出せない。


「なんかねえ、中国の、だったかしら? でっかい川魚なんだけど山の上の湖で取ってきてくれる人がいるんですって。それで丸ごと一匹いただいたけど今回は食べないっていうので取りに行ってきたのよ」


 よく話がわからないけどそういうことらしい。普段は食べてるけど今回はいらないってことでおっちゃんちに回ってきたようだ。

 で、白身魚だから天ぷらにしてくれたようだ。川魚と聞いたので泥臭さも覚悟していたのだが、全然そんなことはなかった。天ぷらになった白身魚が口の中でほろほろ溶ける。タイに似ているような、そうでもないような、とにかくおいしかった。もちろん他の野菜類の天ぷらも美味だった。


「昇ちゃんが食べてくれてよかったわ~」


 おばさんがとても喜んでくれた。俺もおいしいものが食べられて満足である。

 それにしてもソウギョってなんだろう。後で調べてみようと思った。

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