350.卵争奪戦はとても厳しい

 〆に出てきたシカ肉カレーに子どもたちが悲鳴を上げた。


「せっかくのカレーなのに~!」


 うんうん、食べられないのはつらいよな。相川さんに感謝である。奥さんがごはんをよそってくれようとするのだが、カレーの分量を増やしたいので各自でよそらせてもらうことにした。


「明日はもっとおいしくなるわよ~」


 明日も食べられるように自重しなくてはと思った。

 かろうじて動けるぐらいに抑えて、ニワトリたちが食べ終わったことを確認する。肉や内臓は全て食べ尽くされていたが野菜は多少残っていた。けっこうな量だったもんな。片付けは相川さんも手伝ってくれた。桂木姉妹は今夜は陸奥さんちに泊まっていくらしい。


「山の上に戻るの?」


 桂木さんに聞いたら首を振った。


「三月までは山中さんちにお世話になる予定なんですけど、問題はリエなんですよね~」

「妹さんも一緒だと気兼ねしちゃうか」

「そうなんですよ~。でも山に戻って雪とか降ったら出てこられなくなっちゃいますし、そしたらみなさんに迷惑をかけることになっちゃうでしょう? だからどうしようかなって」


 冬の間は山中さんのお宅で暮らすように言われているらしいが、今年は妹がいるので考えてしまうようだ。あんまり迷惑かけたくないもんな。だからといって山にはまだ戻れない。とはいえN町でまたウィークリーマンションで暮らすのは違う気がする、と。


「佐野さ~ん」

「だめだ」

「まだ何も言ってないじゃないですか!」

「嫁入り前の娘なんだから自分を大切に」

「佐野さんだったらいいのに!」

「短絡的に決めるんじゃない!」


 ちなみに一応小声だがこの会話は外でである。ニワトリたちが俺たちの周りをくるくるしながら立ち止まっては、コキャッと首を傾げたりする不思議空間である。

 桂木妹は陸奥さんのお孫さんと風呂に入っている。相川さんが困ったような顔をしていた。ホント、すみません。


「じゃあ相川さー」

「うちは彼女がいるからダメですよ」

「あー、そうでしたよね。彼女さん連れてこなかったんです?」

「人見知りが激しいので。でも嫉妬深いので帰ったらたいへんです」


 笑顔だが目が笑ってなくて怖い。


「……ヤ、ヤンデレ?」


 桂木さんがぼそっと呟いた。なんだそれは。相川さんが顎に手を当てる。


「そうですね。ヤンデレに近いかもしれません。でもそんな彼女が大好きなので……」

「わかりました。ごめんなさい。出来心だったんです。許してください」


 桂木さんが90度きっかりに頭を下げた。


「わかっていただけたならいいんです。でも、確かに困りましたね」

「明日みなさんに相談してみたらいいんじゃないかな。何かいい案が浮かぶかもしれないし」


 そう言って家の中に戻ることにした。ニワトリたちの口を拭いてやり、土間においてもらった。お世話になります。

 翌朝は比較的すっきりと目覚めた。あんまり飲んでないし。ただ少し胃が重い気がする。でもカレーは食べたいんだよな。今朝は世界は白くなかった。よかったよかった。

 相川さんはいつも通り先に起きているらしい。布団を畳んで着替え、顔を洗って玄関横の居間に顔を出した。


「おはようございます」

「佐野さん、おはようございます」

「あ、佐野さん。おはようございます」

「おにーさん、おはよー。いただいてるよー」


 相川さん、桂木さん、桂木妹がこちらを向いて応えてくれた。


「お、おひゃよう……」

「ちゃんと飲み込んでからでいいよ」


 お孫さんは口の中がいっぱいだったようだ。ちなみに陸奥さんはまだ起きてきていない。


「佐野さん、おはよう。卵いただいちゃったけどいいかしら」

「大丈夫ですよ」

「佐野さんの分はこれね~」


 ハム多めの卵少しという皿が渡された。これで最後なのだろう。思わず笑ってしまった。


「もー、佐野さん笑わないでくださいよ。タマちゃんとユマちゃんの卵は争奪戦なんだから!」

「早く起きないと食べられないから~、リエも必死で起きたー!」

「私も……」

「あはははは!」


 桂木姉妹とお孫さんが真面目な顔をして言うのがおかしい。陸奥さんの奥さんとお嫁さんは余裕の笑みだ。調理する人たちだからしっかり自分たちの分は確保してくれたのだろう。


「でもさ、産まない時もあるから……」

「その時は諦めますよ~」

「残念だけどね~」

「産まない時……」


 お孫さんがががーんと言いたそうな顔をした。生き物だからね。


「そうしたら明日も泊まってってもらうからいいわよ~」


 陸奥さんの奥さんがコロコロ笑っていう。冗談ぽい言い方だったが、半ば本気だと思った。


「そんなに泊まれませんから」

「おもてなしするわよ?」


 料理に負けそうになる。おばさんたちの料理は絶品なので。

 家も広いしな……と思ってから、桂木さんを窺った。桂木さんが顔の前でバッテンを作った。さすがにだめか。

 とはいえ候補の一つとしてあってもいいのではないだろうか。どうせただで泊めてもらうなんてことはしないだろうし。

 卵は無事みんなのおなかに納まり、陸奥さんが起き出してきた時にはすでになかった。


「あー……また食べ損ねたなぁ」


 残念そうな呟きに奥さんが「いつまでも寝ているからですよ」と返していた。

 ちなみに、ニワトリたちは卵を産んだ後朝食をいただいて、林の方へ遊びに向かったようだった。今日は何も狩ってくるなよと思った。


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