349.大勢で食べるのも楽しいこと

 とりあえずいじられるのはそこで終わったようだった。ニワトリたちのごはんの用意ということでビニールシートを庭に敷いておく。あとは準備してもらえたら並べればいいだけだ。いつもありがたいと思う。

 庭が見える居間にみな集まり、漬物と刺身とビールが出てきたら乾杯して飲み始めた。そろそろ日が落ちる頃合いである。


「佐野さん、用意できたわよ~」

「ありがとうございます」


 陸奥さんの奥さんに声をかけられてニワトリたちのごはんをいただきにいった。ビニールシートに並べるのは桂木姉妹が手伝ってくれた。


「ありがとう、助かる」

「みんなこんなに食べるんですね」


 桂木さんが並べられた量を見て目を白黒させた。


「ああ……こういう時はよく食べるんだよ」


 さすがに毎回こんなに食べられたら破産してしまう。俺は苦笑した。

 あとうちのニワトリたちは出されたら出されただけ食べるから、普段調整する必要はある。その点松山さんのオリジナル餌は優秀だと思う。栄養バランスも最高らしく、ニワトリたちも喜んでよく食べているしな。


「そろそろ戻ってくるかな……」


 桂木姉妹に戻ってもらってから駐車場の方へ向かうと、ニワトリたちが林からちょうど出てきたところだった。


「おーい! ポチー、タマー、ユマー、ごはんだぞー!」


 クァーーーッ! と返事をして駆けてくるのはやめてほしかった。とりあえずこのへん、というところまではニワトリたちが見えるところにいて、急いで庭の方へ誘導した。最近はさすがにその勢いでタックルされると危ない。

 随分と育ったものだ。

 ニワトリたちはビニールシートの前まで来ると俺を窺った。

 少し離れて「いいよ」と言ったらがつがつと食べ始める。待っててくれるんだからえらいと思う。俺はニワトリたちがおいしそうに食べるのを確認してから居間に戻った。

 すでに数々の料理が並んでいた。相川さんは端っこに座っている。反対側の端っこに桂木姉妹とお孫さん、そして近所の子どもたちがいた。


「佐野君、先に始めてるぞ!」


 わははと笑いながら陸奥さんが言う。すでに顔が赤くなってきているのでけっこうビールを空けたのかもしれない。


「はーい、俺もいただきます~」


 相川さんの隣に腰掛けて並んでいる料理をまずは確認した。刺身などは相川さんが取り分けておいてくれたようだった。なんなんですかこのスパダリ感は。


「刺身、ありがとうございます」

「なくなりそうだったので」


 相川さんがにっこりした。確かに刺身の皿はもうほとんど中身が残っていない。シカ肉は一口カツになって出てきた。皿にどどんと乗っており、近所の子どもたちが我先にと食べている。カツっておいしいよな。シシ肉もあった。トマト煮にされて出てきた。けっこううまい。松山さんのところの鶏を使った唐揚げもあり、そちらも子どもたちがどんどん取っている。里芋の煮っころがしや、きんぴらごぼう、肉じゃが、大根の茎のサラダ、大根の葉と油揚げの煮びたしや、大根の煮物があった。どれもこれもうますぎて泣ける。


「おいしい……」


 しみじみと呟いてしまった。


「佐野さん、最後はシカ肉のカレーが出てくるそうですから……」

「それは胃を空けておかないといけませんね」


 カレーは正義だ! 意味がわからないと思うが正義ったら正義なのだ!(本当に意味がわからない)

 身体をピンと縦にしてみた。ああでもカツが……唐揚げが……煮物が……。こういう時は食べ溜めができる身体になりたいと切実に思う。


「佐野君、楽しんでるか~?」


 陸奥さんは超ご機嫌だ。


「はーい」

「やっぱ佐野君とこのニワトリたちは最高だよな!」


 もう何度も同じ言葉を聞いている気がするが、秋本さんと戸山さんが何度も頷いているからいいのかもしれない。


「あそこの林、シカなんていたんですね」


 川中さんが話を振った。


「いや? 林自体にはいなかっただろうな。おそらく山から下りてきたんだろ?」


 陸奥さんが首を傾げる。


「あそこの山は確か国有林だったはずですよね? 斜め南に向かって三座が特別保護地区だったのでは?」


 畑中さんが珍しく話している。


「ああ、だが下りてきたのは別だ。山に近い部分はけっこう木の芽が食われてたりするからな。こうやって食べてやるのが一番いい」


 そう言いながらも陸奥さんはそれほど食べている様子もない。子どもたちがすごい勢いで食べているからいいのだろう。


「ちょっとニワトリたち見てきますね~」


 声をかけて庭に下りた。さすがに今回は二頭分ということもあって量がそれなりにあるらしい。満足そうに食べていた。


「どうだ? 足りそうか?」


 コッ! とタマが返事をした。コッだけじゃわかんないけど、見た感じ足りそうだった。


「足りなくなったら鳴いてくれよ」


 そう声をかけてまた宴席に戻った。


「聞いてよ聞いてよ~! 佐野君の両腕を美女たちがね~!」


 川中さんが顔を真っ赤にして訴えている。酒の勢いなのだろうけど、なんでそれを今蒸し返すかな。頭を抱えたくなった。


「佐野君はモテるんだから当たり前だろ」


 陸奥さんも嘘を言わないでほしい。


「佐野君はいつも美女と一緒じゃない~」


 戸山さんが普通に言う。その美女っていうのはニワトリたちかな。うん、タマとユマは美女だ、うんうん。


「そうですね。タマとユマにモテモテですよ~」

「そういうことじゃないよ~!」


 川中さんが怒っている。かなり難ありではあるけど面白いおじさんだと俺は勝手に思っている。

 興味津々でこちらを窺っていた子どもたちが、なーんだという顔をして食べ物に戻った。よかったよかった。

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