339.みんなどれだけ卵が好きなのか

 あんまり飲まなかったので、ニワトリたちの食べた後もしっかり片付けることができた。

 ビニールシートを洗おうとしたら明日でいいと言われた。


「でもけっこう血の匂いはしますよ」

「この辺りはクマは出ねえから大丈夫だ」


 そういうものかと陸奥さんに従った。どうせ片付けるのは俺だし。

 翌朝、なんか寒くて目が覚めた。


「……嘘だろ……」


 明るい、というのではない。なんか白いなと思ったのだ。いつから降り始めたのだろうか。うっすらとだが雪が積もり始めていた。

 相川さんは先に起きていたらしい。


「おはようございます……佐野さん、起きていらっしゃいましたか」

「はい、おはようございます……」


 どうしよう、と思った。確か軽トラには雪かきの道具も積んであったはずだ。大丈夫なはず、である。


「佐野さん? ああ、雪ですか」


 相川さんが笑んだ。相川さんの山は今頃リンさんがせっせと雪を片付けているのだろうか。たいへんそうだなと思った。


「今日は夕方まで降るそうです。山は……いつまで降るかわかりませんけどね」

「ですよね」


 そもそも山はいつから降り始めたかわからないから厄介だ。それに降り方も違うから今頃どんなことになっているのか気になって仕方がない。


「朝食をいただきましょう」


 相川さんに促されてはっとする。なにはともあれ、まずは飯だった。陸奥さんたちはまだ起き出してこないらしく、陸奥さんの奥さんと息子さんと嫁さんは先に食べたようだった。


「おはようございます」


 台所の隣の居間に顔を出すと、お孫さんがごはんを食べていた。

 お孫さんは慌てて口を押えて飲み込んだようだった。


「あ、あのっ……」

「おはよう」

「お、おはようございます! 卵っ、おいしいですっ! ありがとうございます!」

「うん、ありがとう……」


 タマとユマが今朝も無事卵を産んだようだった。産んだら使ってもいいとは言ってあったからそれはかまわないけど、お孫さんも食べているらしい。喜んでもらえたならよかったと思った。


「奥さん、僕たちの分ってありますか?」


 相川さんが台所に声をかけている。今度うちに来てくれれば作るってば。どういうわけか、うちのニワトリたちの卵に対してはみんな大人げなくなる。俺は苦笑した。


「少しならあるわよ~」

「ありがとうございます!」


 ここで相川さんにうちにも卵はとっといてあるなんて言わない方がいいんだろうな。一応いつ四阿を作りにきてくれてもいいように一定の数は冷蔵庫に保管するようにしたのだ。だから人数分とちょっとということで三日分はストックしてある。でもここは空気を読もう。

 飲んだ翌日は梅茶漬けと漬物、そしてハムエッグが少しついてきた。お孫さんは普通にごはんを食べてそのおかずの一部にハムエッグがついてきたようである。


「もう卵ないの……?」


 残念そうにお孫さんが言う。良ければ俺のを、と思ったけど奥さんとお嫁さんに首を振られてしまった。なんか、息子さんと相川さんの目も怖い気がする。つかなんで息子さんまだここにいるわけ?


「ないわよ。また機会があったらね」


 そういえばうちのニワトリたちはどこへ……。

 ニワトリたちは雪が降っているにもかかわらず、朝ごはんをいただいたら外に出たらしい。森の方へ駆けて行ったそうだから雪を避けて向かったのだろう。そんなに降っていなければ木の下で雨宿りできるもんな。ってことはいつ帰ればいいのか……。

 朝ごはんをいただいてから昨日のビニールシートを片付けることにした。

 広げてあったから雪で洗えばいいらしい。一応うちからもビニールシートは用意してきているんだが、「ニワトリ用だから!」と用意していただいているのでそちらを使うことにしている。ニワトリたちが皆さんに愛されていて嬉しい限りだ。


「何時ぐらいに帰るかな~……」

「ニワトリさんたち出かけてるんですよね」


 片付けは相川さんが手伝ってくれたのですぐに終わった。ありがたいことである。


「戻り次第でいいんじゃないですか? あんまり雪がひどくなるようなら陸奥さんに重機を借りればいいですし」

「ああ……そういえば重機があるんですよね」


 相川さんに言われて思い出した。少しだけ気が楽になった。もちろん陸奥さんを頼るつもりはないが、もしも必要があればという選択肢がないよりはいい。まだ今日のうちは雪が柔らかいから、ニワトリたちが掃いてくれればどうにか家には辿り着けると思う。

 どちらにせよニワトリ待ちだ。

 家屋に戻ると、陸奥さんたちが起きていた。昨夜は珍しく畑野さんも泊まっていた。


「佐野君~、卵はいつ~?」


 川中さんがまた食べ損ねたと嘆いていた。そんなことを言われても二個しかないから早い者勝ちである。いくら一個一個が大きくてもダチョウの卵じゃないしな。(ダチョウの卵だと普通の鶏卵の20個以上の量になると聞いたことがある)陸奥さんと戸山さんも肩を落としていたが、奥さんと嫁さんがにんまりしていたのが印象的だった。さすがに息子さんはもう退散していた。

 なんというか……いたたまれないのでニワトリたちが早く帰ってきてくれないかな。

 しんしんと雪が降っている。外はとても静かなのだけど、家の中は騒がしい。これはこれで楽しくて好きだなと思った。

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