311.自分のペースは乱さずにが基本です
「あー……さすがにあの距離を二往復はだるいな……」
「ねえ、僕たち高齢者なんだよねえ……」
「さすがにちょっと距離が長かったですねー……」
さすがの相川さんも足首を回したりしていた。
……うちの山から裏山を回って東の土地に下りるとか、帰りは全部上りだよな。それを二往復って鬼か。
いい運動したーとばかりにご機嫌なポチとタマを眺めた。
「あのう……ポチとタマのペースにまともについていったら身体おかしくなりませんか?」
俺が言うことではないが聞いてみると、三人ははっとしたような顔をした。
えー?
陸奥さんと戸山さんがはははと誤魔化すように笑った。
「いやー、なんつーかなー、ポチとタマちゃんと回ってると楽しくてなー」
「ついついどんどんついてっちゃうんだよねー」
「……それで何かあってもこちらでは責任負えないですよ……」
薄情なようだがそこらへんはどうにか調整してほしい。山を回るのは頼んでしてもらっている立場だが、ベテランなんだしね。
「……いささか、調子に乗りすぎましたね。明日からは堅実に行きましょう。なんだったら明日は休みにしてもいいですし」
「いや、行くだろ?」
「行くよね~」
相川さんが戒めるように言ったのだが、陸奥さんと戸山さんはきょとんとした。マジか。
「動けなくなるのはいつだ? 明後日か、明々後日か」
「むっちゃんは明々後日かな。僕は明後日ぐらいには身体が痛くなりそうだねえ」
なんの話かなと思ったら筋肉痛の話だった。
「歳を取るとね、翌日になんかこないんだよ~」
「……そうなんですね」
以前筋肉痛になった時はその日の夜から激痛が走ったとか言わないでおこうと思った。
「相川君はでも翌日には痛くなったりするのかな?」
「さあ~、どうでしょうね」
戸山さんに聞かれて相川さんはとぼけた。遅くともきっと明日の早い時間には痛みが出るんじゃないかな。筋肉痛になるとしたら。でももしかしたら相川さんは筋肉痛にはならないかもしれない。
「ポチ、タマ……お前らは筋肉痛とは無縁だよな~……」
「ニワトリって筋肉痛になるもんか?」
「なるのかねぇ」
すでにうちの周りで何やらつついているポチとタマを眺めながら呟いたら、陸奥さんと戸山さんが首を傾げた。あれだけ動き回ってて筋肉痛にならないってどんだけ普段から運動量が多いんだよ。そりゃあ食べる量も多いはずだわ。俺は内心げんなりした。
でも、うちの畑が荒らされたりしないのはニワトリたちのおかげなんだろうなとも思う。山の中を走り回るというのは縄張りのパトロールなんだろう。まぁほどほどにやってもらいたいものだ。
そんなわけで明日の方針は決まった。前と同じぐらいの時間に来て、みそ汁を入れた魔法瓶を持たせたら夕方まで行きっぱなしという方向でやってみるそうだ。
「ポチ、タマ、明日は夕方まで戻ってこないっていうけど、それでも行くか?」
ココッ! と二羽が返事をする。望むところだ! と言っているようだった。
「おーし、ポチとタマちゃんのOKも出たし明日もがんばるかー」
「明日は何か捕れるといいねー」
「ポチさんとタマさんの餌は僕が運びますね」
相川さんが相変わらずイケメンな発言をする。
「なきゃないで自分たちで勝手になんか食べてるみたいですけど?」
「冬ですから自力で獲るのもたいへんでしょう」
「わかりました。お言葉に甘えます」
相川さんがイケメン過ぎてつらい。俺だと勝手に食ってこーい! だからなぁ。それでも夕飯はきちんと用意してるけどさ。そうなってくると平日の昼間ってコイツらは何を食ってるんだ? 冬眠してる虫とかか? そう考えると意外と食べるものはありそうだが……っていけないいけない。
陸奥さんたちが帰った後改めて聞いてみた。
「ポチー、タマー、明日はお前たちが陸奥さんたちと一緒に出かけるのかー?」
「デカケルー」
「デカケルー」
「わかった。じゃあユマは俺と一緒だな」
「イッショー」
うん、かわいい。
「明日はさ、ポチとタマのごはんは相川さんが持ってってくれるっていうから感謝するんだぞ」
「カンシャー?」
「カンシャー?」
「カンゲキーアメアラレー!」
「……ユマ?」
またどっから学んだのか。なんかTVのCMとかであったんだろうか。イマイチうちのニワトリの情報源が解せない。
「ええと、相川さんにありがとうって言っておけよってこと」
「アリガトー」
「アリガトー」
「アリガトー」
「俺にありがとうじゃないっての!」
これはわかってて言ってそうだが一応つっこんでおいた。それにしても餌とボウルと……ってやってるとけっこうな量だよな。本当に持ってってもらってもいいんだろうか。俺もやっぱ荷物持ちとして一緒に行った方がいいんじゃないか?
覚悟を決める為に相川さんにLINEをしたが、「大丈夫ですよ。ご安心ください」と返されてしまった。まぁ相川さんが相当鍛えていることは俺も知ってるけど(泊まりとかだとフツーに一緒に着替えするし)、俺の情けなさが際立ってなんか落ち込んだ。俺って面倒くさいヤツだなぁ。
「サノー?」
頭を垂れていたらユマがトットットッと近づいてきて首をコキャッと曲げた。
「ううううう……ユマ~、かわいい~~!」
「ヘンー」
「ウルサーイ」
おいこらお前らそこへ直れ。
ちょっとポチとタマに殺意が湧いた夜だった。(返り討ちにあって俺が餌になるのは必定である)
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