283.山の畑に被害がないのは

 ラストチャンスで何か狩ってくるかなと思ったけど、もちろんそんなことはなかった。物語やドラマのようにはいかないものである。

 ……狩られてもその後の処理とか考えたらたいへんだし。


「足跡は見つけたんだがなぁ……時間がなくてな……」


 陸奥さんが残念そうに言う。

 狩りは日中という制限もあるし、そうでなくとも今日はおっちゃんちに移動することになっている。


「足跡っていうと……」

「ありゃあイノシシだな」

「あと一日あれば見つかりそうでしたよね」


 相川さんが笑んで言う。それでもあと一日はかかるのかと思った。


「今日は宴会だ。また来年だな。佐野君とこの畑は被害ねえんだろ?」

「そうですね。うちの畑は一度も被害ないですね……」


 そんなに掘り返してまで食べたいものが植わってないだけかもしれないが。俺はニワトリたちを見た。

 なにか浮かんできたが、俺は首を振った。実際畑が被害に遭いそうだったら、ニワトリたちが狩りそうである。うちの近くで狩りをしてきたことはあったが畑の側ではなかったみたいだし?


「案外ニワトリたちがいるのがわかってて来ないのかもしれないぞ」


 陸奥さんがそんなことを言ってワハハと笑う。俺は頭を掻いた。


「いや~まさか~」

「いえ、あるかもしれませんよ。うちの畑は佐野さんちより広いですが一度も被害にあったことはないですしね」


 相川さんがにっこりして言った。

 それって……と思ってしまう。

 イノシシとかが怖がって近づいてこないとかじゃなくて、リンさんやテンさんが捕まえて食べてるんじゃ……。大蛇の捕食風景、想像しただけでホラーである。とても怖い。


「……そうなんですか。そうかもしれませんね……」


 俺はそう答えることしかできなかった。ヘタレと言うなかれ。俺もそうだがペットは大事な家族なのである。そろそろ……という時間になったので各自軽トラに乗り込んでおっちゃんちへ移動する。俺も軽トラに三羽を載せ、着替え等を入れたカバンを持って出かけた。実は鶏肉のブロックはおっちゃんちの分もと思って買ってきてある。いつもごちそうになるだけなのだからこれぐらい用意するのは当然だ。

 おっちゃんちに着いたらもう秋本さんたちは来ていたようだった。縁側で煙草を吸う姿を見て声をかける。秋本さんと結城さんがぼーっとしていた。


「こんにちは~」

「佐野君、こんにちは。ニワトリ、相変わらずでっかいねえ……」


 感心したように秋本さんが言う。


「あはは。縮んだらたいへんですよ」

「それもそうだ~」


 玄関から中に声をかけるとおっちゃんが出てきた。


「おお、昇平か。シカは下ごしらえしてるぞ~」

「こんにちは。鶏肉をブロックで持ってきたんですけど……」

「おー、昇平はえらいな!」

「ニワトリたち、どこにいさせたらいいですか?」

「畑でもどこでもいいぞ。山さえ上らなきゃな!」

「はーい」


 おっちゃんに冷凍の鶏肉のブロックを渡し、外から縁側に向かった。庭に面している縁側で男連中が並んでぼーっとしている図はむさいの一言だ。


「ポチ、タマ、ユマ、畑まではいいってさ。山はだめだぞ」


 コッと返事をしてくれたので大丈夫だろう。勝手知ったる他人の家でビニールシートを庭に敷いたりする。今日はあまり風もないからこのままおいておいても大丈夫だろう。端だけ大きめの石を乗せて止めた。


「おーい、昇平。手伝え!」

「はーい!」

「あ、僕も手伝いますよ」


 相川さんと一緒に台所に入ってグラスを運んだり漬物とか運べるものは運んだりする。


「あ、僕も手伝いを……」

「いいからいいから、座ってて」


 結城さんがバツが悪そうに申し出てくれたが、家の中を知っている人間がやった方がいい。今日はおばさん一人で調理するようだからたいへんそうだ。


「真知子さん、なんでしたら僕手伝いましょうか?」


 相川さんが見るに見かねて声をかけた。


「大丈夫よ~。ありがとうね」


 台所には男性を入れたくないようだ。それではお願いしますと相川さんはすぐに引き下がった。


「昇ちゃん、鶏肉ありがとうね~。明日さっそく使わせてもらうわ」

「いえいえ、いつもお世話になっていますから」


 玄関横の大きな倉庫からビールだの酒だのを運んでいく。これはさすがに結城さんにも手伝ってもらった。まぁでもこの倉庫には昼間以外は入りたくない。なにせ一番上の棚にはマムシ酒とスズメバチ酒の入った瓶がところせましと並んでいるからだ。多分知らない人が入ったら悲鳴を上げそうなかんじである。これを三年ぐらい置くっていうんだもんなぁ。マムシなんか毎年増えていくだろうにどうするんだろう。

 野菜がざくざく切られ、調理の準備ができてからは早かった。揚げ物が終われば炒め物とおばさんの手際はとてもいい。煮物は先にできていたものを運び、シカ肉の唐揚げが山盛りに盛られた皿を受け取ったらお役御免になった。

 相川さんにも手伝ってもらい、シカの内臓やら野菜を並べてニワトリたちを呼んだら宴会の始まりだ。畑でまったりしていたニワトリたちがすごいスピードで駆けてくる。まさにドドドドドッという効果音がついているみたいだった。突進だけは勘弁してほしい。

 縁側から居間に上がる。

 よーし、食うぞ~。

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