263.卵は大人気らしい

 畑野さんは一滴も飲んでいなかったので普通に帰って行った。川中さんが最後まで管を巻いていた。いろいろあるんだろうなとは思った。働いていればなにかしらあるだろう。

 翌朝はすっきりと目覚めることができた。それほど飲まなかったからだろうと思う。でもやっぱり相川さんの方が早く起きていた。あの人あんまり睡眠時間いらない人なんだろうか。陸奥さん、戸山さん、川中さんはまだ夢の中だった。布団を畳んで洗面所で顔を洗い、玄関の横の居間に顔を出した。


「おはようございます……」

「おう、昇平。今日は自力で起きたか。おはよう」

「佐野さんおはようございまーす」

「おにーさん、おはよー」

「佐野さん、おはようございます。そろそろ起こしにいこうかと思っていました」

「あら、昇ちゃん起きてきたの? おはよう」


 おっちゃん、桂木姉妹、相川さん、おばさんに挨拶を返された。何を言っているんだかよく聞こえなかったけど朝の挨拶だったのは間違いないだろう。


「昇ちゃん、何食べる? タマちゃんとユマちゃんがまた卵を産んでくれたんだけど」


 ニワトリたちはすでに朝ごはんを食べて畑の方へ駆けて行ったそうだ。相変わらず元気だな。朝食をあげていただいてありがとうございます。


「それはよかったです。誰か食べたい人が食べてくれればいいですよ~」


 そう言った途端、みんなの視線が錯綜した。え? なんか俺まずいこと言った?


「はい! はいはい! 一口でもいいからニワトリさんたちの卵食べたいです!」


 桂木妹が勢いよく手を上げた。桂木さんも手を上げる。


「私とリエとおばさんで一個とかどうでしょうか!?」

「それもいいわね。一個は卵炒めしましょうか」

「じゃあ俺と昇平と相川君で一個分か」

「そうですね~」

「ははは……」


 今回は陸奥さんたちには回らないようである。うちのニワトリの卵、何気に大人気のようだ。俺はほぼ毎日食べられるから俺の分を他の人に譲ってもいいんだけど、そうすると女性陣が恐そうなのでその提案に従った。タマとユマの卵は一個一個が大きいから二個で卵炒めを作ってもけっこうな量になった。それをみなが見守る中おばさんが慎重に六等分する。傍から見てると異様な光景かもしれなかったがみな真剣だ。そして各自の皿に分けられ、思い思いに味をつけて食べる。一応軽く塩胡椒は振ってあったがそれ以上味をつけたい人はつけるという形だ。俺はマヨネーズをつけて醤油を一たらしした。

 うん、うまい。

 なんでか知らないけどうちのニワトリたちの卵の味は濃厚だ。これを知ったらよその卵は食べられないと思ってしまう。いや、普通に食べるけどな。


「……おいしい……」

「はー……本当においしいです」


 桂木妹と桂木さんがしみじみ呟く。みんな至福の表情だ。うん、うちのニワトリたちはすごいなと思った。


「アタシ、わかんないんですけどニワトリって卵は一日一個産むんですよね。一日に二個とか産む場合ってないんですか?」


 桂木妹がそんなことを聞く。


「うーん、俺もそれは前に調べたんだけど、卵が一個産まれるまでに23~26時間かかるらしいんだ。だから一日一個が限度だし、たまに産まない日もあるよ」

「そうなんだー。でもこんなにおいしい卵を産むのってタマちゃんとユマちゃんだけですよねぇ」

「他にもいるかもしれないけどね。ただ、うちのは自由にさせてて特に衛生管理とかしてるわけじゃないから生卵では食べられないからね」

「ああ~、そっかー!」


 桂木妹が頭を抱えた。


「卵かけごはんって、できるのは衛生管理がしっかりしてる養鶏場でとれる卵だけなんでしたっけ? だから日本でしか食べられないって言われてるんですよね?」


 桂木さんが補足する。そもそも卵を生で食べようという国は日本ぐらいしかない気がする。


「サルモネラ菌が怖いからね。温度管理をしっかりしていないと日本の卵だって危ないよ」

「そうですよね~」


 桂木さんが残念そうに言った。生卵が食べたい時は市販の卵を買えばいいだけの話だ。そんなことを話している間にガラス戸の向こうから話し声が聞こえてきた。どうやら陸奥さんたちが起きてきたらしい。

 桂木姉妹が慌てて卵炒めを食べる。その様子がおかしくてつい笑ってしまった。


「おはよう~。あー、よく寝たな」

「おはよう~」

「……おはようございます……」


 陸奥さん、戸山さん、川中さんの顔が覗いた。おばさんと桂木姉妹がサッと席を立つ。そこに三人が座った。


「おはようございます」

「おう、おはよう。飯できてるぞ」


 相川さんと挨拶をする。おっちゃんがガハハと笑った。川中さんはぼーっとした顔をしていたが、俺の皿を見て目を見開いた。


「……佐野君、その卵って……」

「あげませんよ」


 いけない。一口残っていた。それをひょい、と食べる。


「ああ~~~! それ佐野君ちのニワトリの卵でしょ!? いいなああああっ!」

「川中、うるさい」

「川中君、うるさいよ~」


 食べ切っておけばよかったな。ちょっと悪いことをしたと思った。

 そういえば秋本さんたちはどうしたのかというと、結城さんは飲んでいなかったらしく夜のうちに秋本さんを連れて帰ったそうだ。お疲れ様と思った。



ーーーーー

注:卵の殻を洗えば生でも食べられるのではないかという指摘を以前受けましたが、市販の卵ではないので佐野君は生では食べないようにしています。保障もできないので生では食べられないと伝えています。(スーパー等で売られている卵は洗卵後表面の殺菌処理もされているそうです。日本の衛生管理はすごいですね~)

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