236.スズメバチは新しい女王以外は越冬しないんだって

 さすがに桂木姉妹は一日で満足したらしい。


「今日はありがとうございました。皆さんにはご迷惑をおかけしました。妹も山での生活について少し考えてくれたと思います」


 夕飯の後に、そう桂木さんからLINEが入っていた。桂木さんは妹に山での暮らしを教える為に連れてきたようだった。それならそうと教えてくれればよかったのにと思った。

 それにしても、桂木さんが妹に伝えたかったこととはなんだったのだろう。山暮らしはたいへんだから実家に戻れということなのか、それともこちらで同居しようなのか。まさかな。

 どちらにせよ俺にはそれほど関係のない話だ。

 そういえば、と別のことを思い出した。おっちゃんが冬の間にスズメバチの巣を探して撤去するようなことを言っていたような気がする。冬場のハチってどうしてるんだ? 越冬するものなのか? 気になっておっちゃんに電話をした。


「越冬はしねえよ。ただ、新しい女王バチは冬眠して越冬するんだ。うまくすりゃあ巣で越冬しようとするかもしれねえから巣を見つけたら処分した方がいい」

「そうなんですか」


 それは確かに処分できるなら処分しておいた方がいいだろう。


「もし見つけたら言ってくれりゃあいつでも行くからな~」

「はい、ありがとうございます」


 新女王バチが見つかればいいと思う。そうすれば翌年の危険が一つ減るだろう。

 さすがにスズメバチの巣に関しては気軽に探してくださいともいえないので相川さんにLINEを入れた。


「そういえばそんな話をしていましたね。忘れていました、すみません」

「いえ、俺も忘れてたので」

「冬の間は活動しないとは思いますが家の近くにあると危険ですから、見つけ次第撤去するようにします」


 という返答があった。詳細は明日話しますと書いて一旦そこで切った。なんというか、LINEなどで書く場合と、直接言う場合のニュアンスが違うのでうまく説明できる気がしないのだ。ようは口頭で伝えた方が早いのである。

 翌日猟銃を持ってやってきた三人にスズメバチの巣があるかもしれないことを伝えた。中にハチが残っているかもしれない。それが別の種類のハチかもしれないし、新女王の可能性もあると言った。できれば取ってほしいが無理であれば位置を知らせてほしいと伝えたら陸奥さんが笑った。


「スズメバチか。腕が鳴るな」


 ……なんでこの辺のおじさんとか年寄りって好戦的な人が多いんだろう。あ、猟師なんだから当然か。


「女王の唐揚げなんか食べたら寿命が延びそうだねえ」


 戸山さんがにこにこしながら言う。

 ……これって新しい女王の取り合い?

 この分だとおっちゃんに声をかけることにはならないかもしれない。


「丈夫なポリ袋あるか?」

「なんか黒のポリ袋なら倉庫に山ほどありましたよ」


 さっそく出してきて使えるかどうか確認する。プラスチックも劣化するから置いておけばいいというものではない。一応引っ張ってもそう簡単に破れないから大丈夫そうだった。


「二~三枚重ねを何組か作っておいてもらってもいいか?」

「わかりました」


 ポチとタマがまだー? と言うように足をタシタシさせている。今にも走り出しそうだ。どんだけ走りたいんだお前らは。タマが睨んでいる気がする。帰ってきたらつつかれるんだろうか。タマさんが狂暴でこわいっす。


「じゃあ行ってくる。ポチ、タマちゃん、今日も先導よろしくな」


 陸奥さんが笑顔で声をかけると二羽はコッと返事をした。そして三人と二羽はまた北側から山を下りていった。

 俺はほっとして息をついた。


「……なぁ、ユマ。なんでタマはあんなに俺に厳しいんだ?」

「キビシイー?」


 ユマがコキャッと首を傾げた。


「優しいの反対だよ」


 たぶん。甘いとかも対義語になるのかな。


「タマ、ヤサシー」

「……うん、そうだな」


 優しい時もあるよな。うちのニワトリはみんなかわいい。飼主バカと呼ばれようともみんなかわいいのだ。

 廃屋跡を見に行く。もっときちんと石を積んで土台を作れるようにした方がいいかもしれない。そうすれば何を設置してもいいだろう。畑をここに作るのは諦めた。それよりもしっかり薪を作った方がいいと思った。


「薪割りのしかたもちゃんと教えてもらわないとなぁ」


 下手なやり方をして腰を痛めたりしたらことだ。

 家に戻って、黒いポリ袋を三枚重ねたセットを作ることにした。本当は透明の方が中が見えていいのかもしれないが……。なにか問題があれば教えてくれるだろうと思い、作れるだけ作ってからみそ汁を作ることにした。今日はカブのみそ汁です。葉っぱと実の部分を使うと二種類の野菜を使ったみたいに見えるんだよな。彩もキレイだし。葉っぱを一部ユマにあげたりしながら、俺は陸奥さんたちが帰ってくるのを待った。

 陸奥さんたちが戻ってきた時にはみなご機嫌だった。


「お帰りなさい。いいことありました?」

「おう、あったぞ。イノシシの巣も見つけたし、スズメバチの巣も二つばかり見つけた」

「えええ? どこにあったんですか?」


 そんなの全然知らなかったぞ。被害はなかったけど夏の間ぶんぶん飛んでいたということである。さすがにぞっとした。


「東側だ。あっちはあんま見ねえだろ? 炭焼き小屋の側の木にでっけえスズメバチの巣があったぜ」

「ああ……」


 そういえば春頃に炭焼きをしたっきりで、つい先日確認に行っただけだ。その間に作られてしまっていたのだろう。恐ろしい話である。


「つーわけでこの袋もらっていくな」

「ええ、どうぞどうぞ」


 イノシシは逃げないけど、スズメバチの巣を放置すると他の虫の巣になってしまう可能性もあるので、今日はスズメバチの巣を駆除することにしたらしい。陸奥さんたちがなんでうちの山に来たのかだんだんわからなくなってきたぞ。

 昼食後陸奥さんたちを見送りながらそんなことを思った。

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