233.女性には優しく! が基本なんです
「え? 明日本当に来るの?」
夜改めて桂木さんから電話があってそう返してしまった。
「……迷惑ですか?」
桂木さんの声のトーンが下がった。
「いや、そうじゃなくて……明日は多分狩猟っていうより、上の墓と山の神様詣でに行くぐらいだから」
それはもう相川さんから言われている決定事項だ。猟をするご挨拶は欠かせないと言っていた。
「そうなんですね。私も挨拶したいです!」
「そういうもん?」
わざわざ慣れない山道を歩くこともないと思うのだが。俺は首を傾げてしまった。
「だって私まだ佐野さんちの山の神様にご挨拶してないんですよ!」
「……山自体がご神体なんだからそんなことはないと思うけど。だいたい山頂に置いてあるのは石だけだよ。祠もまだ設置してないし」
「えー……だめなんですか?」
「だめとは言わないけど……」
俺の中では女の子に無理をさせてはいけないのだ。墓まではいいけど、その先は道と呼べるものが全くない山である。ニワトリに先行してもらってどうにかこうにかして登っていくのだ。当然だけど道っぽくはなっていない。藪を突き進むというかんじである。そんなところを女の子に歩かせたいとは全く思えなかった。
「山頂まで行くけど、墓から上は道がないからすごく登りづらいし……」
「挨拶ぐらいさせてください!」
「ええ~……」
挨拶の押し売りだって思った。別に俺にじゃないけど。でもまぁ、隣の山に神様がいるかどうかの参考にはなるかもしれない。
押し切られて明日は桂木姉妹が来ることになった。急いで相川さんにそのことを伝えた。陸奥さんたちに邪魔だって思われたら困るしな。
「桂木さんたちが? わかりました。伝えておきます」
「あの……迷惑になりませんかね……」
ちょっと心配になって相川さんに聞いてみた。こういうことがわからないから俺ってだめなんだよなとは思うんだけど、聞かずにはいられなかった。
「邪魔ということは絶対にないでしょう。むしろ華があっていいと思いますよ。明日は一応山の上に挨拶に行くぐらいですしね。ただ、狩りの見学となると難しいです。狩猟関係者以外がいるところで銃は危なくて使えませんから」
「そうですよね」
「そこらへんも明日いらした時に話せばいいと思います」
「ありがとうございます」
かえすがえすも申し訳ないと思った。相川さんが電話の向こうで笑う。
「佐野さんて……責任感強いですよね。桂木さんも大人なんですからそこまで佐野さんがおもんぱかる必要はないと思いますが……」
「……親の教えみたいなもんです。女性は弱いんだからなにがなんでも守れって……今思えば呪いみたいですよね」
自嘲する。今ではそんなに女性が弱くはないことを知っている。それでも腕力とかでいったら男にはかなわないのだから守ってあげなければと思うのだ。
「呪いだなんて……それは佐野さんの優しさですよ。僕も気にするようにはしますから」
「すみません」
「謝らないでくださいよ」
優しさ、かぁ。物は言いようだよなぁ。電話を切ってからぼんやり思った。
とても嫌なことが思い出された。時折底に溜まった澱のようなものが浮かんでくることがある。ああ、嫌だなと思った時、ユマが近づいてきた。
「ユマ?」
ユマがコキャッと首を傾げる。うん、かわいい。ちょいちょいと手招きしてそっと抱き締めた。ああ、ユマは癒しだなぁ。
ポチとタマがこちらを窺っている。そう、俺の気分が下がった時、いつもニワトリたちはこうして気にしてくれたのだ。
「ポチ、タマ、ユマ、大好きだぞー」
「スキー」
「エー」
「ダイスキー」
タマさん、今日もツンが強くてつらいっす。えー、はないと思う、えーは。
「タマー、えーってなんだよー」
「スキー?」
疑問形だったけど胸にどきゅんときました。タマさんそれは反則だと思います。
うちの女子たちはとてもかわいくてあざとい。
いつのまにか嫌なことを忘れてしまった。またそれが上がってくることはあるだろうけど、ニワトリたちがいれば大丈夫だ。頼むから長生きしてくれよ、俺のために。(自分の欲望に忠実で何が悪い)
翌日の準備だけして寝た。悪い夢は見なかった。
陸奥さんたち狩猟チームが来る日である。寒い。家のガラス戸を開けて、霜なのか雪なのか確認してほっとするのが日課になっている。家の前がまんま土だから霜でも真っ白になってしまって心臓に悪いのだ。きっとアスファルトだったら霜は降りないだろう。
「今日も寒いなぁ……」
毎朝布団から出るのがたいへんだ。廊下も寒いから最近ヒートショックの危険性が出てきたように思う。お風呂場と脱衣所はそれなりに温かいのだが廊下に一歩出ると底冷えがする。
「廊下にヒーター置いといた方がいいかな……」
せめて風呂に入る時ぐらいは。あんまり温まらないかもしれないけど、置かないよりは置いといた方がいいような気がする。あとはユマが倒したりしないかどうかが心配だ。けっこうでかくなってるしな。
お昼ご飯は各自持参となっているがみそ汁ぐらいはあった方がいいだろう。俺は大鍋に豆腐とわかめ、そしてこんにゃくを入れたみそ汁を作ることにしたのだった。
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