200.また誰かが来るらしい

 翌日は廃屋の壁をがっこんがっこんと壊していた。かなりでかいハンマー、跳ね返りがたいへんだけどなかなかストレス発散になりそうだった。


「いやー、疲れるけど楽しいねー」


 戸山さんが汗をふきふき言っていた。陸奥さんは慣れたもので、しっかり腰を落としてがっこんがっこんとやっていた。でも本当に腰とか大丈夫なのかなあれ。


「コンクリの部分もあるからショベルでやっちまうか」

「どうでしょうね。もう少し建物の構造を見てからでもいいと思いますよ」


 陸奥さんと相川さんがそんなことを言っていた。重機があると違うんだろうなと思った。足場の話は結局どこへ行ったんだろう。平日はそんなかんじで進め、金曜日の夜桂木さんから連絡があった。明日の土曜日に桂木妹がこちらへ来ることになったそうだ。


「挨拶とか別に気にしなくていいよ」

「今佐野さんちって村の方々がみえてるんですよね」

「うん」

「顔合わせってさせていただけませんか?」

「ああ……それもそうだね。聞いてみるよ」


 確かに例のストーカー君がここまで追いかけて来ないとは限らない。顔と名前を知っていれば気にしておいてはもらえるだろう。そういうことに考えが及ばないあたり俺ってだめだなと思った。


「明日は山中さんちと湯本さんちに挨拶に行けたらと思ってるんで、明後日差し入れ持って向かいますね。よろしくお願いします」


 一応話はしておくと言っておいた。別に差し入れとか気にしなくてもいいと思うんだけどな。


「え!? 明日、あの子来るの!?」


 一番反応したのは川中さんだった。そういえば夏のごみ拾いウォークで桂木さんを気にしていたなということを思い出した。ざけんなおっさん、アンタ知命(五十歳)だろ。

 畑野さんが川中さんの頭をがしっと掴んだ。それはアイアンクローでは……。


「お前は明日欠席な」

「え? なんで? かわいい子が来るんだよ?」

「夏に会ったんだろう? 顔を見る必要はないよな?」

「そんな~」


 しっかり手綱を握っていてほしいものである。


「まぁ顔を見るぐらいはいいんじゃねえか? 触ろうとしたらわしらでシメるからよ」


 陸奥さんが笑って物騒なことを言った。シメるって具体的に何するんだろう。軽トラで市中引き回しかな。妙齢の女性にはおさわり厳禁だ。そうでなくても彼女たちは自分たちのこと以外でたいへんなのである。

 というわけで日曜日になった。

 独身の川中さんはともかく、他の既婚者に関していうと日中ずっといないわけで。そこらへんは大丈夫なんですか? と畑野さんに尋ねたら、


「臨時収入が入るだろ。家でごろごろしてるよりは働いてる方がいいんだ」


 と答えてくれた。そういうことならいいのかなと思った。なにかあれば連絡してもらうよう、奥さんたちにも言ってもらうようにしているので、不満があれば言ってくれるだろう。あくまで希望的観測ではあるけど。


「足場を組むより、もうこれまんま壊した方がよくないですか?」

「そうなると重機か」

「重機ですね」


 川中さんと陸奥さんが話していた時、桂木さんの軽トラが入ってきた。


「わぁ……いっぱいですね。こんにちは~」


 俺はちょうど外で枯れた草を抜いていたところだったので、軽トラが入ってきたことにはすぐに気づけた。もちろん先に気づいたのはすぐ側で虫をつついていたユマだったけど。


「やぁ……停められそう?」

「なんとか、大丈夫だと思います」

「おにーさん! こんにちはー!」


 明るいよい子の声が聞こえてきた。桂木妹だった。

 絶好調のようである。俺は軽く手を上げた。

 軽トラを下りて、桂木さんが妹と共にペコリと頭を下げる。


「すいません、お邪魔します」

「差し入れ持ってきたよー。おにぎりと漬物ぐらいだけどー!」


 桂木妹が風呂敷包みを二つ持ってきたので受け取った。ずっしりと重い。


「ありがとう。桂木さんたちも食べていくんだろ?」

「いいんですか?」

「狭いから居場所がなぁ……。ちゃぶ台も出すか」


 ちなみに本日は俺がみそ汁とごはんを炊いた他は持ち寄りである。食費だけでもたいへんだろうという陸奥さんの配慮だった。ありがたいことである。相川さんが張り切ってしまい、大量の鶏の唐揚げを持ってきてくれた。とりあえずレンジでチンして出した。


「個人的な事情で申し訳ないのですが……」


 昼食時、桂木さんがみなに挨拶をしてから妹を紹介した。厄介な男がもしかしたら追いかけてくるかもしれないから姉の元に逃げてきたという話をすると、みな難しい顔をした。


「ソイツは難しい問題だな。だが別れた女をしつこく追い回すような女々しい男はだめだ。村の者以外の若い男を見かけたら気にしておこう」

「ありがとうございます」


 陸奥さんが代表して応えてくれた。桂木姉妹がそれに頭を下げた。これで一応顔合わせは完了である。

 あとは思い思いに昼食を食べた。


「おにぎりおいしいねぇ……」


 川中さんがしみじみ呟く。何故か畑野さんのアイアンクローが火を噴いていたが、俺は見なかったことにした。実際おにぎりはおいしかった。海老天が入っていた天むすは当たりだったと思う。

 桂木妹は火曜日から教習所に通うらしい。こちらで楽しめるといいのではないかなと思った。


ーーーーー

とうとう200話です。この調子で続いていきます~

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