179.なんだか、の予感がした
ユマとタマの卵サイコー! な昼ごはんを終え、元庄屋さんである山倉さんに電話をかけた。
RRR...RRR...RRR...
「珍しいな……」
いつまで経っても誰も電話に出ない。昼過ぎである。大体この時間は家にいるはずだ。奥さんも一緒に暮らしているはずなのにおかしいなと思った。
なんだか嫌な予感がした。
急いでおっちゃんに電話をかけた。
「もしもし? 昇平か、どうした?」
「すいません。今山倉さんに電話したんですけど出なくて……ちょっとこれから見に行こうかと思ってるんですが……」
「ああ……確かにこの時間電話に出ないのはおかしいな。俺も行くわ」
「わかりました。これから直接山倉さんのお宅に向かいます」
「ああ、後でな」
というわけで麓にある山倉さんのお宅に向かうことになった。
「……なんともなければいいんだ。祠のことを聞いてくればいいだけだ」
ユマにこの山の元の持ち主のところに行くと言ったら、一緒に行ってくれるという。ユマが一緒ならなお心強い。そんなわけでユマを連れて山倉さんのお宅へ向かった。山倉さんのお宅はおっちゃんちより東側、長細い村の真ん中ぐらいにある。現在息子さん家族は離れた町で暮らしているらしい。夏の頃までは山倉さん夫婦と同居していたような話は聞いていたがやはり不便だったのだろう。山を手放したことで町への移住がしやすくなったのだろうと勝手に想像した。(なんとなく聞いただけなので詳細は不明だ)
元庄屋さんの家に着いた時、おっちゃんが誰かと話をしていた。
「こんにちは」
「おお、昇平。ちょっと家の鍵開けるから待ってろ」
「え? なんかあったんですか?」
おっちゃんともう
「おーい、山倉さーん! 生きてるかー?」
え、そんな話なの?
ガラガラとすりガラスの玄関の扉を開けておっちゃんが中に入っていく。
「山倉さーん! 大丈夫かー? って大丈夫なわけねえよ! どうしたどうした!?」
中から焦ったような声がして、俺は慌ててもう一方と一緒に家の中に入った。
「どうしましたかー!?」
「……ああ、ありが、とう……」
山倉さんが、畳の部屋の電話に近いところで倒れていた。声がかすれている。腰を片手で押さえていた。
「ぎっくり腰ぃっ!?」
どうやら昼ごはんを食べて片付けた後座り、また起き上がろうとしたら腰がビキッ、と……というのが真相らしい。
「おいおい、大丈夫かよー……」
おっちゃんが頭を掻いた。
「いやー、足も悪いもんだからトイレにいくにもままならなくて……電話も取れなくてなぁ……」
「あの、奥さんはどうされたんですか?」
「先日から娘んとこに行ってるよ。孫の面倒を看にな。一度明日にでも帰ってくるんじゃないかな。ってああ、迎えができないな……」
「えええ? その間たいへんじゃないですか!」
「トイレの近くにいればどうにかなるだろ」
「いやいやいやいや……」
そういう問題じゃない。
「整骨院みたいなところってないんですか? 寝てるよりはきちんと治療した方が……」
「そうだなぁ。北野さん、どうしようか?」
一緒に山倉さんの家に入ってきてくれたおじさんは北野さんというらしい。山倉さんの奥さんから何かあった時の為にと合鍵を預かっているのだそうだ。
「ちょっと奥さんに電話してみます」
北野さんはそう言ってスマホを取り出した。その間に俺はおっちゃんと肩を貸して山倉さんをトイレに連れて行った。我慢していたのだそうだ。
「いや~助かったよ。あやうく漏らすところだった!」
ハハハと山倉さんがすっきりした顔で言う。でもかなり痛そうである。布団は二階にあるそうだが二階に行ってしまうと下りれないということで、急きょ居間に布団を敷き、そこに山倉さんを寝かせた。
「急になったんですか?」
「いや……実は以前から腰の調子が悪くてね。でもここで四人目の孫が生まれたから黙ってたんだよ」
「おめでとうございます! ってことは今娘さんは入院中なんですか?」
「そうなんだよ」
詳しく話を聞いてみた。
一昨日娘さんが二人目の子を出産した。奥さんは娘さんの家に泊まり込んでお世話をするらしい。だいたい一か月ぐらい娘さんのところで暮らすことになるそうだ。それで山倉さんは奥さんを送って行きがてらお孫さんを見てきた。で、昨日帰ってきてしばらく一人暮らしかと思っていた矢先のことだったそうだ。(明日とか、時々奥さんが帰ってくる予定にはなっていたらしい)
「それじゃあ、たいへんじゃないですか」
「そりゃあ困ったなぁ……」
おっちゃんが頭を掻き、北野さんも難しい顔をした。
「息子さんに来てもらうわけにもいきませんよね……」
離れた町に引っ越したってことは勤務先はそちらなのだろうし、息子さんの奥さんも困るだろう。
「奥さんに連絡は取れた。息子さんたちと相談してまた連絡してくれるらしい」
北野さんが言う。
「子どもに迷惑はかけたくないんだがなぁ……困ったなぁ。ところで……なんで佐野君がいるんだい?」
やっと山倉さんは俺がいることを不思議に思ったようだった。
「あ、いえ、そのう……実は、今日山頂まで登ってみたんです」
「へえ、そうなんだ」
「それで、多分、なんですけど……祠の跡みたいなものを見つけまして……」
「ああっ!!」
山倉さんは何かに気づいたというように声を上げた。
「そうだ! 山の上で神様を祀ってたんだよ! どうなってたんだい?」
おっちゃんと北野さんは目を見開いた。
「ええと、木ぎれみたいなものが固まってて……それで欠けた陶器のようなものがありまして……」
「そうか、そうか……それで、どうしたんだい?」
「一応そのことで山倉さんに話を聞こうと思ってたんです。木ぎれを集めて重ねて、陶器の茶碗には水を入れて供えてきました。あそこにいらっしゃるのはなんの神様なんですか?」
「ああそうか、ありがとうありがとう。あそこで祀ってたのは山の神様だよ……」
山倉さんが拝むように手を合わせた。
「やっぱり山の神様だったんですね。名前はあるんですか?」
「いや、特にないはずだ。山の神様に感謝せにゃならんと言われて育った……なんで、忘れていたんだろう……」
山倉さんは悲しそうな顔をした。
「それはしょうがないですよ。俺がこれから改めて祠を作りますんで、気を落とさないでください」
住んでいる人たちが山を離れて、一家族だけ残ってがんばって暮らしていたのだろう。それは俺が想像するよりもはるかにたいへんだったはずだ。
「罰が……当たったんじゃなぁ……」
山倉さんが寂しそうに言う。それは違うと思った。
「山倉さん! それは違うだろ!」
おっちゃんが間髪入れず言った。
「アンタずっと腰の調子が悪かったんだろ? ここにきて無理がたたったんだ。昇平は今日初めて山頂に上がったんだ。そこで祠の跡を見つけた。だからアンタに電話して、アンタが出ないことをおかしいと思って俺に連絡してきたんだ! 罰が当たったんじゃない! 山の神様はアンタを心配して昇平に知らせたんだ! 神様はアンタたちを守ってたんだよ!」
「……そうか……神様、神様、ありがとうございます……」
俺は山倉さんにティッシュを渡して、背中を向けた。嗚咽が聞こえたが、聞こえないフリをする。そう、山の神様はずっと山倉さんたちを見守ってくれているのだと俺も思った。
誰かのスマホが鳴った。北野さんのだった。
「もしもし、はい……はい……いえ、大丈夫です。佐野君が、サワ山の佐野君が来たんですよ。わかりました」
北野さんの声は明るかった。
電話を切って、北野さんは俺を見た。
「息子さんが迎えにくるそうだ。それまでいてもらっていいかい? ちょっと畑を見てこないといけなくてな」
「大丈夫です。北野さん、ありがとうございました」
息子さんの連絡先は俺のスマホに入っている。北野さんが山倉さんの家を辞して、少ししてから息子さんから電話があった。
「佐野君? そこにいるんだって? ありがとう。できるだけ早く行くから親父を頼むよ」
「はい、大丈夫ですよ。あ、でも大体何時ぐらいに来られそうか教えてもらっても?」
「そうだな……今三時……四時半ぐらいになるかな」
「わかりました。待ってます。急がなくていいですよ」
というわけで山倉さんのお宅で息子さんを待つことになった。一度家を出て庭で虫をつついていたユマに声をかける。
「夕方までいることになった。山倉さん具合が悪いから、息子さんが来るまでいるよ……って、あ」
四時半だとさすがに暗くなっている。ポチとタマ、どうしよう。新たな問題発生に俺は頭を抱えた。
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