140.けっこうなんでも食べてみるものだ

 防護服は桂木さんが預かってキレイにしてから村役場に返してくれるということになった。なんか悪いなと思ったが、


「ついてきてもらったんですから、それぐらい当然です!」


 と言われてしまったので、お言葉に甘えることにした。相川さんも苦笑しながら、「お願いします」と桂木さんに預けた。一度家に置いてくるというので麓の柵辺りまで先に行っていることにした。さすがに柵を開けて外で待っているわけにもいかない。もうナギさんが来る心配はないだろうが、若い女性がこの山に住んでいることには代わりない。用心はしてもしすぎるということはないのだ。

 桂木さんの軽トラが来るのを待って鍵を開けてもらい、おっちゃんちに向かった。


「巣はどうだった?」


 顔を合わせたと思ったら真っ先に聞かれた。


「昨日のままでした。周りでまだハチがぶんぶん飛んでまして……怖かったです」


 桂木さんが答える。


「ああ、そうか……しばらくはハチが怒って攻撃的になってるんだよな。防護服は着てったんだろ?」

「はい、相川さんに借りてきていただいて……とても助かりました」

「言っとけばよかったな。誰も刺されてないよな?」

「はい、おかげさまで」

「一、二週間はまだハチが飛んでるだろうから近づかないようにな」

「はい、ありがとうございます」


 桂木さんが丁寧に頭を下げた。


「全く……巣を獲った後何日かは働きバチが周りを飛んでることぐらい知ってるでしょうよ! なんで教えてあげないのよ!」

「うるせー、忘れてたんだよ!」

「おおかたアンタのことだから捕まえたハチを酒に漬けるのに忙しくて忘れてたんでしょう!」

「いいじゃねえか! ハチ酒は最高だぞ!」


 おっちゃんはおばさんに怒られてたじたじになっていた。尻に敷かれるぐらいがいい夫婦の形だと聞いている。


「本当にねぇ、いつまで経っても子どもみたいなんだから。ちゃんと私も注意してあげればよかったわ。ごめんね」

「いえいえ!」


 桂木さんが慌てて首を振る。


「思ったよりいっぱいハチが集まっていたので、タツキのいいごはんになったみたいで……こちらこそ心配をおかけしてすみませんでした」

「それならよかったけど……今回うまくいったからって過信しちゃだめよ? 何が起こるかわからないんだからね」

「はい、ありがとうございます」

「なあに、いろいろ経験は積んどいた方が楽しいぞ!」

「アンタは黙ってなさい!」


 怒られておっちゃんはすごすごとこっちを向いた。


「で、どうだった?」


 まだ懲りてないのかアンタ。


「どうって……ハチが怒り狂ってて怖かったですね」

「そりゃあ巣を破壊されたんだ。怒るわな。しばらくは近づかない方がいいだろ」

「そうですね」


 しばらくも何も当分遠慮したい。


「まだ先でいいが……昇平んとこの山も見回らないとなぁ」

「まだまだ先でいいです!!」


 冬になってからで十分だ。とりあえず家の近くにあった巣は駆除したわけだし。


「そういえば捕ってきたハチってどうしたんですか?」


 相川さんが興味津々で聞く。


「ああ、メスは焼酎に漬けてハチ酒にしたぞ。オスはこれから唐揚げだ。まだほんの少ししかいなかったがな」

「え? 唐揚げにして食べるんですか?」

「ああ、煙でいぶしたから香ばしくてうまいぞ!」


 相川さんが面食らっていた。人間っていうか、こういう山間部だと大概なんでも食べる気がする。昔は田んぼからイナゴを捕ってくる宿題があったとか聞いた。集めたイナゴは佃煮などになったとか。食べられないことはないが、虫はあんまり……と思ってしまう。

 でも唐揚げって言われると興味はあるな。

 思ったよりおっちゃんは捕まえていたらしく、皿にけっこうな量のスズメバチの唐揚げが乗っていた。(オスの数が少なかったからメスも入っているようだ)これだけ捕ってたら確かに刺されてもしょうがないと思えるような量だった。桂木さんは絶句していた。


「…………」

「……けっこう、捕ってたんですね」

「おうよ!」


 おっちゃんが胸を張った。いや、これでえばられても……。


「もー、虫籠の中にところ狭しと入ってるんだもの。生きた心地がしなかったわよ~」


 おばさんが苦笑していた。それじゃ診療所で嫌がられてもしかたない。今日辺り、「スズメバチ持込禁止」とか診療所に張り紙をされてそうだと思った。

 唐揚げの味はというと……揚げたせいかなんか海老のような、でも虫だなって味だった。うまく説明できないがそんなかんじだ。どこぞで食べたサソリの方が海老っぽかった。後味はやっぱり虫だったけど。スズメバチも幼虫と蛹は甘露煮にしたりするらしい。今回はタツキさんがそこらへんは平らげてしまったので、おっちゃんは気合いを入れて成虫を狩ったのだとか。うん、それじゃ刺されまくってもしょうがないよな。


「ところで、刺されたところは大丈夫なんですか?」

「はっはっはっ! 毒を絞り出される方が痛かったぞ~!」

「いや、そうじゃなくて……不調とか……」

「ああ? 見りゃわかんだろ? ピンピンしてらあ!」

「よかったです」


 元気でよかった。でも忘れた頃に急変するなんて話もあるからもう少しおとなしくしててほしい。これに懲りて……なんてことはおっちゃんに限ってなさそうだ。

 もちろんスズメバチの唐揚げ以外にもいろいろごちそうになって帰った。タマとユマは畑で虫や捨てる野菜などをもりもり食べてご機嫌だった。ドラゴンさんは家の横の影でのんびり寝そべっていた。毎日食べているわけでもなさそうだからそれはそれでよかったのだろう。指もどうにか治ってきた。時々すごく痒いけど、完治したらまた養鶏場に顔を出したいなと思った。



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