131.こんなにかわいい子が俺の彼女のはずがない。ええ、そうですよね

 両親はあからさまに落胆したような様子を見せた。でも兄貴の家族も姉ちゃんの家族もそんなに遠くない場所に住んでるんだからいいじゃないかと思う。成人した子どもが離れていくなんて普通にあることだろう?


「それは……あれか? 飼ってる生き物の為か?」


 父親が歯切れ悪く聞いてきた。


「うん、まぁそれもあるけど……」


 うちのニワトリたちは山じゃないと暮らしていけないと思う。村でもかなり厳しい。何せ運動不足で眠れなくなるからなぁ。


「生き物はいずれ死ぬぞ」

「わかってるよ」


 うわあそんなこと今言われたら泣きそう。うちのかわいいニワトリたちが死んだら泣く。絶対今度こそ無気力になってぶっ倒れる自信はある。


「山買っちゃったしさ。それに……」


 これは言ってもいいんだろうか。正直あんまり言いたくないんだが。


「それに?」


 父親の隣に腰掛けた母親の視線がきつい。ごまかしは許さないわよと言っているようで怖い。


「……彼女もできたし」


 偽装ですが。

 目を伏せて言ったら、二人とも無言になった。この間の沈黙がつらい。やっぱ嘘だと思われてるよなー。誰も信じないよなーと思いながら頭を掻いたら、


「……えええええ」

「もうできたのかー!」


 大声を出された。うるさい。俺は思わず耳を塞いだ。


「……若い人って、うちの息子なのにわかんないわ……もう彼女ができたの?」


 母親が呆然としたように言う。俺は頷いた。うん、偽装だけど。


「そうか……まぁ、でもそれぐらいの方がいいよな。写真とかないのか?」


 父親が苦笑する。


「あるよ」


 スマホを出して写真を見せたら、両親はため息をついた。


「あらまぁ、かわいい子ねぇ」

「お前にはもったいないぐらいかわいいじゃないか!」


 ええ、偽装ですので。大切なことだから三回言った。親には言えないけど。


「で、どっちが告白したの?」


 母親がわくわくしたような顔をしている。一応設定を決めておいてよかったと思った。


「え……彼女からだけど……」

「嘘だろう? お前がそんなにモテるはずがない!」


 うちの父親はとても失礼だと思う。悪かったね平凡で。アンタと母さんから生まれてこの顔だよ。自分たちの顔をディスるとかなんなわけ。


「あら、でも……かっこよくなったと思うわよ。以前に比べれば、だけどね」

「む……そうか?」


 母親からの援護射撃に父親が怯む。


「もちろん、お父さんにはかなわないけどね~」


 へーへー、勝手にやってろよこのバカップルめ。仲が良くて何よりだ。

 お茶を飲み干して立ち上がった。そろそろ逃げないとボロが出そうだ。兄貴や姉さんを呼ばれてもかなわない。


「じゃあ帰るから」

「え? もう? 夕飯ぐらい食べていきなさいよ」

「無理」


 そんなことをしたら山に辿り着けなくなる。うちの山は麓辺りまでしかろくに街灯もないんだぞ。え? 自分でつけろって? けっこうかかるんだよなぁ。


「無理って……お父さんもなんとか言ってやって」

「いや~、彼女のところに早く帰りたいんだろう? 今度来る時は連れてきなさい」

「……ちょっとそこまでは、まだわかんないな」


 首を傾げてみる。今は親に会わせる前に別れてもおかしくないし。


「母さん、伯父さんの件で何かあったらまた知らせてくれ。しばらく売る気はないし、売るにしても安値じゃ困るしさ」

「そうよね~。全く兄さんにも困ったものだわ……。どうしようもなくなったらうちで管理することにするから。その時は手続きとかいろいろあるからまたこっちに来てちょうだいね」

「わかった。ありがとう」

「ちょっと待ちなさい。持たせたいものがあるから……」


 母親はそう言って俺を引き留め、いろいろ出してきてくれた。カップ麺とか、レトルトのカレーとか、缶詰。冷凍食品とかもろもろ。カップ麺なんて親は絶対食べないだろうにと思う。兄貴が来た時とか、姉さんが来た時とかにも備えて買ってあるんだろうな。


「アンタは好き嫌いが多いから……青汁も持って行きなさい」

「……一応もらってく」


 最近はかなり野菜も食べてるんだけど。でも口答えすると後が怖いからもらえるものはもらっておこう。


「風邪薬とかは? 胃薬も……山だといろいろたいへんでしょう?」

「大丈夫、そこらへんは大丈夫だから!」

「本当に……身体には気をつけるのよ。……心配してるんだから」

「うん、ありがとう」


 指切ったとか絶対に言えない。


「それから……これ! 湯本さんに持ってって!」

「わかった」


 なんか高そうな菓子折りが出てきた。親っていろいろ考えてたいへんだなと思った。

 近所に知られたくないからと玄関の外には出ないでもらった。これでもかとお土産を抱えて軽トラに乗り込む。急いでサングラスをかけた。そうして、逃げるように地元から出た。

 本当に誰とも会わないで済んでよかったと思う。高速に乗ってサービスエリアに寄った時、スマホを確認した。母親からLINEが入っていた。


「安心させようとしてくれてありがとうね。昇平の好きに生きなさい。今度ペットの写真を送ってください」


 ……バレテーラ。桂木さんが俺の彼女ってやっぱ無理がありすぎたよな。

 帰ったらせめてニワトリたちの写真をばしばし撮ることにしよう。

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