107.大蛇は表情が動かない
そういえば、と気になっていたことを松山のおばさんに聞いてみた。
「おばさん、揚げ物ってけっこうします?」
「そうね。揚げちゃえばいいんだから楽なもんよー」
それは揚げ物を作るのに慣れているから言える言葉だろう。いつもおいしくいただいています。ありがとうございます。
それはそうなんだけど、そうじゃなくて。
「油の処理とかどうしてますか?」
「油? うちは石鹸にしてるわよ」
「石鹸、ですか?」
そういえば石鹸て油で作れるんだっけか。油を落とすのに油から作られているとはこれ如何に。
「うちはほら、山だから木材も雑草もいくらでもあるじゃない? だから苛性ソーダなんか買わないで灰を使ってね」
苛性ソーダは劇薬である。取り扱いにはくれぐれも気を付けてほしい。
「灰を混ぜるんですか?」
「違う違う、灰を水につけた上澄みの灰汁を使うのよ。ただ市販の石鹸とは違って柔らかいのができるけど」
「おばさん、詳しくお願いします!!」
桂木さんが食いついた。
俺自身はあまり揚げ物なんかやらないが、いざという時の為の処理方法は知っておいた方がいいだろうと、相川さん、桂木さんと共にメモを取った。石鹸だけでなくアロマキャンドルなども作れるらしい。桂木さんが目を輝かせていた。こういうところって女子だなぁと思う。
「湯本のおばさんもそうですけど揚げ物ってみなさんけっこうしますよね。みなさんこういった処理の方法を知ってるんですか?」
「人によるかもしれないけど……湯本さんなら知ってると思うわ。一緒に石鹸作りもしたことあるし」
「そうなんですか」
そういえば養鶏場を教えてくれたのもおっちゃんだ。村の人たちはほぼみんな知り合いってのは本当だな。
「まぁでもね。うちは自己流だからちゃんとした作り方を調べた方がいいと思うわ。なんかあったらたいへんだしね」
「ありがとうございます」
アロマキャンドル作りはしないだろうが、石鹸は作ってみてもいいかもしれない。廃油自体あんま出ないけど。揚げ物やんないし。
「相川君、今度大蛇見せてよ。健康診断ぐらいはするよ~」
「ありがとうございます。また改めて連絡させていただきます」
木本さんに声をかけられて、相川さんは丁寧に応じた。大蛇を見てもらうっていってもテンさんだけになるだろう。大体二人とも(テンさんとリンさんはなんか二人って言いたくなるのだ)似たような場所をパトロールしているなら食生活も似ているのではないかと思う。って、これは素人考えだけど。
「鳥居の件どうするか考えてみるよ。みんないろいろ考えてくれてありがとう」
帰る頃、松山さんがにこにこしながらそう言った。
「試しに一基作ってみますか? それで効果がありそうなら、でもいいでしょうし」
いっぱい作ったはいいけど周りにごみを捨てられたりしたら悲しすぎる。
「そうだね。その時は手伝ってくれるかい?」
「はい、その時はまた声をかけてください」
「心強いなぁ。その時はよろしくね」
「いえいえ、不法投棄は本当に困りますから」
帰り際に鶏肉を買わせてもらった。いくつか冷凍しているのがあるというのでそれを。絞めたばかりでなくても十分おいしいので。相川さん、桂木さんも買っていた。
木本さんはもう少し残るようだ。相川さんの軽トラを先頭に、真ん中に桂木さんを挟み、桂木さんの山経由で帰ることにした。警戒はいくらしてもしすぎるってことはない。
「相川さん、佐野さんも、本当にありがとうございます」
「気にしないでください。困った時はお互い様ですから」
相川さんは視線を遠くにやりながら答えた。気遣いたいとは思っているが身体がいうことをきかないというかんじだ。難儀なことである。相川さんの不審な様子に、桂木さんは相川さんの軽トラを見て納得したように頷いた。ふと桂木さんの視線の先を見ると、無表情でこちらを見ているリンさんの姿があった。リンさんの姿は擬態だから、見た目はキレイな女性だが表情は一切動かない。それが余計に嫉妬にかられた女性っぽく見えるかもしれなかった。つってもリンさんの視線の先は相川さんっぽいけど。
そういえば、夜見た時怖かったな~。
一番最初に会った時のことを思い出してぶるりと震えた。あれはへたなホラーよりよっぽどやばかった。心臓が弱かったら止まっていたかもしれない。
気を取り直して、近くにいたユマにタマを呼びにいってもらうよう頼んで無事軽トラに乗せた。でもユマもよくタマがいる場所がわかるな。事前にどこどこに行ってるとかつき合わせをしているんだろうかと思うほどだ。多分してないけど。
「桂木さん送ってから帰るからなー」
帰りのルートを先に知らせて軽トラに乗り込む。ユマは助手席だがタマは荷台で座っている。羽にもふっと埋まっている様子がとてもかわいい。冬になったらもっともこもこするのかな。まだ秋になったばかりだが想像したらわくわくしてきた。
そうして俺たちは桂木さんを山の麓まで送った。
「今日は本当にありがとうございました」
桂木さんは律儀に頭を下げた。桂木さんの軽トラが柵の向こう側に入り、鍵をしっかりかけたことを確認してから俺たちも帰路についた。今回もなかなかに有意義だった。
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