103.打ち上げの翌朝はやっぱ梅茶漬けがうまい
桂木さんは終始思いつめたような顔をしていた。話すべきか、話さざるべきかとずっと考えていたようだった。事件自体は解決したことになり、桂木さんは山に住んでもう憂いも何もないはずだったのに、誰かさんが引っ掻き回しにきている。その真意はどうであれ、桂木さんに会わせるつもりはない。だって彼女はこんなに傷ついているし、その誰かに怯えているのだから。
そして今も、すでに遭ったことをここにいる人々に話すかどうか悩んでいる。それは決して軽いものではないからだ。誰にでも起こりうるかもしれないけれど、決して起きてはいけないことだから。
結局桂木さんは夜のうちには話さなかった。
翌朝、なんか身体が重くて動かなかった。胸の辺りが重い。金縛りだろうか―って。
「タ、タマ~~~! おーもーいー! どけーー!」
何故かタマがのしっと俺の上に座っていた。でかいし重いしやめてほしい。コキャッて首を傾げてもだめなんだからな!
「うわー……タマちゃんかわいい~!」
俺を呼びに来たのか、桂木さんの声がした。襖は開いている。
「タマー! どいてくれー!」
タマはよっこらせと俺の上からどいてくれた。その足の間から……。
「俺の上で卵を産むんじゃなーい!!」
コロリ転げた大きな卵。Tシャツ洗濯しないとな。とりあえずバッと脱いだら、「キャッ!」と。まだ桂木さんがいたらしい。
「ああ、ごめん」
リュックから替えのTシャツを出してすぐに着た。桂木さんはまだいた。顔が赤くなっている。
周りを見回す。相川さんが寝ていた布団は丁寧に畳まれていた。相変わらずそつがない。
「ごはんかな?」
「ああ……はい、朝ごはん、です……」
「畳んだらすぐ行くよ」
タマはトットットッと桂木さんの脇をすり抜けて出て行った。後でしっかり掃除しないとな。
相川さんほどではないが丁寧に畳んで顔を上げると、まだ桂木さんがぼうっと立っていた。
「何?」
「あ、ええと……筋肉すごいですね」
「そうかな?」
確かにこの半年で筋肉はついたと思う。最初の頃のように毎日筋肉痛とかなってないし。でもタマとユマが初めて卵を産んだ日みたいに無茶をすれば筋肉痛にはなるが。自分の腕を改めて見る。確かに言われてみると逞しくなった。筋肉は裏切らないってこういうことか。(なんか違う)
「山で暮らしてればそれなりにつくだろ」
「私、なかなかつかないんですよね」
そう言う桂木さんの顔が心なしか赤い。熱でもあるんだろうか。
土間でタマとユマが野菜くずをもらって食べていた。タマが産んだ卵を持って行くと、おばさんは喜んだ。
「さっきユマちゃんも産んだのよ~。けっこうな大きさだけど、これいただいていいのかしら?」
「ええ、どうぞ。二個しかありませんが」
「卵炒めでも作るわね~」
おばさんはご機嫌だった。
「お願いします」
居間に顔を出すとおっちゃんと相川さんがお茶を飲んでいた。
「おはようございます」
「おはようございます、佐野さん。今朝は大丈夫でしたか?」
相川さんに聞かれて苦笑する。昨夜は桂木さんのことが気になってあまり飲んでいなかったのだ。それに今朝のタマが乗っかっていた衝撃で酒が一気に抜けたような心地である。
「いや~、起きたらタマが上に乗っかってて……」
「おお……それは重そうだな……」
おっちゃんがおののいた。
「うちは乗っかられたら死ぬなぁ……」
相川さんが苦笑する。大蛇が相川さんの上でとぐろを……。うん、圧死しそうだね。
「しかも人の上で卵産んだんですよ。どうかと思いません?」
「卵? そうかそうか産むようになったのか!」
おっちゃんの顔が一気にほころんだ。
「はーい、おまたせ~。タマちゃんとユマちゃんの卵炒めよ~」
なんかそう聞くとタマとユマが親子丼の材料になったみたいでちょっと心臓に悪い。
「おお! 食べていいかっ!?」
「どうぞ」
おっちゃんが子供のようにわくわくしている。一口食べて、
「むっ!」
もぐもぐもぐ、ごっくん。
「なんだこりゃ! すっげえ濃くてうめえぞ!」
「あらそう? じゃあ私もいただこうかしら」
おばさんがお茶漬けを持ってきてくれた。うん、飲んだ翌日は梅茶漬けがいいよな。
「あらぁ……おいしいわね~」
「昇平……養鶏、やんねぇか?」
「無茶言わないでくださいよ」
卵二個で我慢するべきだ。そうじゃなくたってエンゲル係数高いんだし。
みんなで争うようにして卵炒めを食べた。
「やっぱりおいしいですよね。うちもニワトリにすればよかったかなぁ」
「本当においしいです。でももうニワトリとか飼えませんしねー」
タマとユマの卵大人気である。さすがにもうニワトリは飼えないだろうと相川さんと桂木さんが嘆息した。間違いなく卵産む前に餌になるね。
「まぁ家で食う分にはいいよな。さすがにうちも飼えねえしなぁ」
村だと敷地が広いといってもお隣さんの迷惑になる場合もある。運動不足だと夜中に起きて鳴くこともあるし。ニワトリの鳴き声はけっこう響く。だから松山さんだって山で養鶏をしているのだ。
「そうね~」
「卵産むようになってよかったな」
「ええ。毎日幸せですよ」
毎朝生みたて新鮮卵が食べられるのだ。これ以上の贅沢はないだろう。
おっちゃんは少し考えるような顔をした。
「昇平、この卵他に食べさせた人はいるか?」
「いいえ? 相川さんと桂木さんぐらいですよ」
「それならいいんだ。これはうますぎる。他の奴らには知られないようにしろよ? 世の中にはいろんな人間がいるからな」
「……わかりました」
卵欲しさにタマとユマが誘拐でもされたらたまったものじゃない。自慢したいのはやまやまだが、ここだけの秘密にしておいた方がいいだろう。おっちゃんに食べてもらえてよかったと俺は思ったのだった。
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