九月頃
100.暑さは続くよどこまでも
今日も打ち上げの話はできなかったし、事情を話していいかどうかも聞けなかった。
どちらにせよ焦ることはない。桂木さんの手前買物をすると言ったが、雑貨屋で買ったのは豚バラ肉といつ買ってもいい缶詰ぐらいだった。桂木さんにうろんな顔をされたから付き添いの口実だということはバレているだろう。俺が安心したいだけだからそこらへんはほっといてほしい。
家に着く前に電話が鳴ったから通話状態にして静かにする。山の途中に車を停めてユマの羽をゆっくりと撫でた。
なにかをする音がいくつも聞こえる。それらの音に異常がないかどうか俺は耳を澄ませた。車を動かす音がした。
そして、
「ありがとうございました。心強かったです」
そう言って電話は切れた。声の調子も普通だった。うん、俺もほっとした。
働いているのだろうし、またナギさんが来るとしたら九月の四連休だろうか。そこまで頻繁に来るとしたらナギさん自身が桂木さんに気があるんだろうな。俺にできることはなにもないけど。
「ユマ~、いろいろ面倒だ~」
「メンドウダー」
うん、ユマはすごくかわいい。
九月の連休明けにじいちゃんたちの墓参りに行ってこよう。お盆に顔を出さないなんて不義理が過ぎる。ついでに実家に少しだけ顔を出そうと思う。生前贈与でもらった駐車場とマンション(ファミリータイプを一室)の家賃等は毎月振り込まれてはいるけど、様子は見に行った方がいいだろうし。結婚するかもだからってもらったんだよなぁ。マンションは職場からは遠かったから住むにはなとか失礼なことは思ったけど。贈与税は祝儀代わりに払ってやるからって。……税金分、返さなきゃいけないだろうか。
慰謝料と貯金は山を買う時にほぼほぼなくなってしまったけど、そんな家賃収入でほそぼそと暮らしている。あ、もちろん株もちょっと買ってるし(付き合い程度だ)積立の保険もある。一番つらいのは税金の支払いだ。まぁしょうがないけど。そんなわけで俺一人ぐらいなら普通に暮らせるだけの金はある。基本的にかかっているのは食費ぐらいだし。つかニワトリたちもいるから意外とエンゲル係数が高い。冬になればもっと高くなるんだろう。贅沢は敵だ。とはいえ食費を削るってのはない。……削るとこないな。
トマトと豆腐、豚バラを醤油と砂糖の味付けで炒めてごはんに乗っけて夕飯にした。みそ汁は昼の残りだ。一人だけだから丼にするのが楽でいい。なんでトマトって炒めるとあんなに柔らかい味になるんだろうな。油と合うのかな。
今日も日が沈んだ後にポチとタマが適度に汚れて帰ってきた。だから何をやってるんだよ。なんか最近洗ってほしくて汚れて帰ってきてるんじゃないかと思うぐらいだ。暑いから水浴びがしたいのかな。ビニールプールとか納戸にしまってあった気がするけど使えるかな。
「あー! そこでぶるぶるするな! 俺が濡れる!」
ポチを洗った後、タマをたらいで洗っている最中にポチが近くで水滴を飛ばした。まー汗だくだしタマ洗ったら脱ぐからいいんだけど。ポチは一瞬動きを止めたが、またすぐにぶるぶると水滴を飛ばし始めた。
「だーかーらー!」
わざとか? わざとなのか?
タマを洗った後、タマはわざわざポチの近くでぶるぶるっ! と水滴を飛ばし始めた。お互いに対抗するようにぶるぶるぶるぶるしている。見てる分には面白いけどこっちにもかなり飛んでくる。
「えーい! やめんか!」
大判のバスタオルで二羽を捕まえてわしゃわしゃした。なんでお前ら嬉しそうなんだ。ユマがコキャッと首を傾げておとなしく待っていてくれた。二羽を家に入れ、ユマと風呂に入る。
うん、平和だ。
平和が一番だ。
風呂の中でユマに抱き着いた。ユマは怒らずじっとしていてくれる。
「ユマ、かわいいなー」
「カワイイナー」
「うん、かわいい」
……癒される。
うん、相川さんは本格的に株を運用しているみたいだから今度教えてもらおう。よし、収入増やしてみんなハッピーだ! と思ったけど株はけっこう難しいのです。(ヘタレ発言) 地道に確実に稼げる仕事ってなんだ? ライターとか? って火をつけるアレじゃなくて文章書く人な。……俺に文才があるとはとても言い難い。読書感想文とか大嫌いだったし。
まぁいいや、少なくとも明日のごはんはあるし。
というかんじでその日は過ぎた。
九月になった。
セミがとにかくうるさい。たまにポチがセミの死骸を持ってくるのだが勘弁してほしい。
「……俺はいらないから」
その場で食べないで~。
本当にうちのニワトリはなんでも食べる。
朝晩の日の出日の入りの時刻が狭まってきた。昼間の空気は夏だが、朝晩の空気は秋になってきたなと思う。幸いにも、あれからスズメバチは見ていない。この辺りにはいないんだろう。でも山の中で間違いなく営巣しているだろうから、冬になったら駆除しないといけないと思う。虫だの雑草だのとの闘いは終わらない。
少しだけ変化はあった。桂木さんがとうとう山から下りてくることにしたのだ。
明日おっちゃんちに行くことになっている。相川さんもがんばって顔を出すようだ。……あれはそう簡単にどうにかなるものでもないだろう。そしてまた俺は手土産に悩むのだった。
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