99.だから卵が生で食べられるのは日本だけだって

「うわー! 大きいですねー、これで卵かけごはん食べたら幸せになれそう!」


 そう言って桂木さんはちらりとこちらを見た。俺は首を振った。とんでもない。


「なんでだめなんですかー?」

「サルモネラ菌って知ってる?」

「んーと、卵についている菌、でしたっけ? でも日本ではあまり聞きませんよ?」

「店で売っている卵は衛生管理がしっかりしているから生でも食べられるけど、うちのは山の中を駆け回ってるんだよ? 何を食べているかわからないし、殻もいちいち消毒してるわけじゃない。卵かけご飯は市販の卵でやってくれ」

「ええー……」


 桂木さんは納得していなさそうだったが、「卵かけご飯が食べられるのは日本だけだぞ」と言ったらやっとしぶしぶ頷いた。で、ネットで見つけたよさげなレシピで親子丼を振舞った。


「おいしい~~~!! 何この卵、すっごく濃厚です! 売れますよ!」

「売らないよ」


 毎日2個しか取れないんだぞ。俺が食うわ。


「うちもニワトリ……ううん、多分タツキの餌になっちゃうし……」


 どこの山でも変わらないらしい(なんか違う)


「ひよこ生まれたらください!」

「餌になるからやだ」

「うわーん。卵おいしいよ~~」


 みんなうちのニワトリの卵に夢中だ。でもあとはせいぜいおっちゃんとおばさんに振舞うぐらいだけど。これ以上二羽の卵を知らせる気にはなれない。だって俺の分が減る!


「おみそ汁もおいしい……」


 今日はナスと油揚げのみそ汁だ。そろそろ夏も終わるけどナスっておいしいよな。そういえば秋ナスは嫁に食わすなって言葉があるけど、意味がいろいろあって語源がどれだかははっきりしないらしい。嫁いびり、とも言われるし、身体を冷やすから大事な嫁に食わすな的な意味もあるというし、実は「よめ」というのは「ネズミ」という説もあると聞いたし。まぁなんにせよナスはおいしい。

 桂木さんはみそ汁をおかわりして食べた。


「うちもおみそ汁に入れてみます」

「使ったことなかったんだ?」

「はい。こういうのって親によりますよね」


 最近はインスタントみそ汁もあるし、自分の家で作る人も減っているのだろうか。俺は鍋で作って一日食べるから、作った方が楽だし経済的なんだけど。あ、でもそれは基本山にいるからか。

 酒もろくに飲まないし煙草も吸わないから思ったより例の金は減っていない。(別に毎月収入はあるし)でも冬になったら食費がどれだけかかるかわからないから、贅沢はしない方がいいだろう。


「……この間、山の下を歩いていたんですよね」

「そうだね」


 ごみ拾いウォークの時のことだろう。しんみりと言われたが、その落ち込んだ様子には気づかないフリをした。


「山から出られないって、情けないとは思うんです。でも、あの人とか、あのとんでもない親友とかに会ったらやだなって、そう思ってしまったら柵の外に出られなくて……」

「無理することはないよ」

「……そういえば佐野さんて、なんでこの山を買ったんですか?」


 矛先がこっちにきた。まぁいずれは聞かれるんじゃないかと思ってはいたけど。

 でも話すかどうかなんて俺の自由だし。


「んー、まぁなんとなく?」


 そう答えたらジト目で見られた。


「……そういうことにしておきます」

「うん」


 婚約者に逃げられたなんて聞いても楽しくないだろうし。言う方もみじめだしな。


「タツキさんのことなんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「タツキさんて冬眠するの?」

「うーん……あれを冬眠というのかどうかは……」


 寒い季節には家の中に入れるようにしているという。ただ、陽射しのある日は冬でものそのそと外に出るらしい。で、寒くなると家の中に戻ってくるのだとか。


「元々そんなに動かないのでよくわからないんですよ。予防接種はなさそうだけど、やっぱり一度獣医さんに診てもらった方がいいですかね」

「爬虫類はわかりづらいとは言ってたけど……一度ぐらいは診てもらった方がいいかもね」

「ですよねー。聞いてもらってもいいですか」

「うん、聞いておくよ。でも前にタツキさんって鹿をとってたとか言ってなかったっけ?」

「ええ、獲物を捕る時はすごく俊敏に動くんですよね」

「速筋が発達してるのかな……捕ってるところ、見たことあるんだっけ」

「……ええ。びっくりしました」


 確かにびっくりするだろう。そういえば俺はポチたちがイノシシを捕ってきたのは見ているが、捕まえたところは見ていない。やはりカメラをつけた方がいいかもしれないと思う。あとで調べてみよう。


「森の、平地の部分にタツキがいて、じっとしているんです。あまりにも動かないから岩っぽく見えたのか鹿が通りかかって……」

「捕まえられた、と」


 待ち伏せで一瞬、ってやつか。生き物怖い。


「冬の間はタツキさんの食事とかどうしてた?」

「一応安い肉のブロックをまとめて通販しました。人間みたいに三食きっちり食べるわけではないので、冬の食費は肉代がけっこうかかりますけど、それ以外は特にはかかりませんね」


 やはり肉のブロックを買っておくべきか。今度相川さんにも冬の過ごし方を聞いておこう。

 桂木さんの帰り際、


「外、出れそうか?」


 と聞いてみた。桂木さんは困ったような顔をした。


「……すみません、わかりません」

「買物してから帰るだろ? 俺も雑貨屋に用事があるからそこまでは行くよ」


 桂木さんは更に困ったような顔をした。


「……佐野さんって……」

「何?」


 ユマが一緒に来てくれるらしい。夕方まではまだ時間があるけど、子どもたちに会うかもしれないなと思った。


「なんでもないです」


 うちの山の近くの雑貨屋で買物をして、お互いそこで別れた。彼女の山の麓までついていってもいいが、それではいつまで経っても外に出ることはできないだろう。念の為、麓について金網の柵を開ける時は電話をかけろと言っておいた。それで通話状態にさせておいて無事敷地内に入れたら通話を切ってもらう形だ。そうすれば異常があった時すぐにわかる。今日はタツキさんも一緒だから万が一ということはないだろうが、俺も心配だったからだ。

 でも、タツキさんがボディガードだと相手を始末してしまう可能性もあるのか。そうしたら一気に殺人事件になってしまう。サスペンスは二時間ドラマだけで十分だ。

 そんなことにはなりませんようにとこっそり祈った。


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