96.西の山の住人に中華料理を作ってもらった

「佐野さん、こんにちは。お邪魔します」

「こんにちは」


 同じ作業着姿なのに相変わらずのイケメンっぷりである。相川さんは軽トラを下りると、ニワトリたちにも挨拶してくれた。


「こんにちは、ポチさん、タマさん、ユマさん。うちのリンが虫などを食べていってもいいですか」

「イイヨー」

「……イイヨー」

「イイヨー」


 相川さんは相変わらず丁寧だ。リンさんが軽トラを下りる。


「リンさん、こんにちは」

「サノ、コニチハ」

「ザリガニ、自分で捕られると思うんですけど、こちらでも少し捕っておいたんです。どうしますか?」


 バケツを持ってくると相川さんが嬉しそうな顔をした。


「……テンのお土産にさせていただいても?」

「もちろんいいですよ」

「じゃあすいません、こちらのバケツお借りしますね」


 相川さんがリンさんに目配せした。リンさんが上機嫌でバケツを持ち、川の方へずるずると移動していった。バケツの中身は先に食べて新鮮なのと入れ替えるのだろう。リンさんとテンさんの関係って夫婦になるのだろうか。生き物はよくわからない。

 リンさんが川の方へ行ったことを確認してから、タマは反対方向に駆けて行った。本当に苦手なんだな。ポチもふらりといなくなる。ユマは変わらず俺の側にいてくれる。遊びに行ってもいいのにと、いつも思う。


「卵、見せていただいてもいいですか」

「はい」


 家に入った。念の為昨日の分を残しておいたので籠に四個入っている。


「うわぁ……大きいですね」


 相川さんは感嘆の声を上げた。俺の手柄ではないのについ胸を張ってしまう。俺はガキか。


「あれから卵料理をいろいろ考えたんですけど、やっぱりトマトと炒めるのがいいと思うんですよね。さすがに生では食べられないでしょう?」


 俺は頷いた。さすがに野山を駆けずり回って何を食べているかわからないニワトリの卵だ。TKG(卵かけご飯)を食べたいという欲はもちろんあるが、衛生環境が整っていない状態で生まれた卵である。そんな危険な真似はできなかった。(卵をよく洗えばいいということは知っているけど念の為である)


「ええ、さすがにサルモネラ菌が怖いですから」

「ですよね~。卵、というと日本では普通に生卵が食べられますし、シティーハンターなんかでも出てきましたけど」

「ロッキーで生卵を飲むなんて場面がありましたよね。あれ日本だとうえーって程度ですけど、海外だと「死ぬ気か?」ってレベルでありえないみたいですよね」


 そんなことを話しながら今日作ってもらうメニューの確認をした。本当に相川さんが全部調理してくれるらしい。フライパンはここ、鍋はここ、と調味料はここなんて使い方を知らせた後は待っているだけだった。後ろから見ているだけだったが本当に相川さんは手際がよかった。


「水餃子は冷凍ですが」


 苦笑しながら相川さんが水餃子と海苔のスープをうどんのどんぶりによそる。おかずはトマトと卵の炒め物、鶏肉とカシューナッツの炒め(腰果鶏丁ヤオグオジーディンというらしい)、青椒肉絲が並べられた。色とりどりでどれから食べようかと目移りしてしまう。


「こんな程度で申し訳ないのですが……」

「いえいえいえいえ! 豪勢ですよ、すごくおいしそうです!」


 味付けもレトルトではないし、女性だったら嫁にほしいぐらいだ。もちろんレトルトが悪いというわけではない。日本のレトルトは最高だと俺は思っている。

 お互いにこにこしながら、「いただきます」と両手を合わせて食べ始めた。


「この卵……味が濃厚ですね。すごくおいしいです!」


 そうだろうそうだろう。うちのニワトリの卵は以下略。だから俺の手柄じゃないっての。

 鶏肉は養鶏場で買ってきたもののようだった。やっぱり違うと思う。どれもとてもおいしかった。


「……食べ過ぎた……」


 また食べ過ぎてしまった。あれもこれもおいしすぎる。中華料理は最高だ。もちろん、それらを作った相川さんがすごいんだけど。


「食べすぎちゃいましたねー」


 そう言いながら、動けない俺に代わって片付けまでしてもらってしまった。なんか俺、ダメな亭主みたいだな。絶対に言わないけど。


「すいません、片づけまでしていただいて……。ありがとうございます」

「いいんですよ。誘っていただけてとても嬉しいんです。貴重な卵もいただいてしまって……。かといってうちじゃニワトリは飼えませんしね」

「そうですね……」


 今飼ったらもれなくリンさんとテンさんの餌になるに違いない。


「たまに、またご相伴に預かってもいいですか?」

「ええ。ほぼほぼ毎日産んでくれますから、またお誘いしますよ」

「じゃあ卵料理を調べておきますね」


 そんな話をした後、お互い沈黙してしまった。俺もそうなのだが、相川さんも桂木さんのことを気にしてくれているようだった。


「……話せないんですよね?」

「許可下りてないので」


 相川さんは笑んだ。


「僕、佐野さんのそういうところ好きだなあ」


 勘弁してほしい。見よ! この鳥肌を!


「……やめてください」


 明らかにぶつぶつしている腕をさする。


「あははは。その気はないですよ~、でも」


 そこで相川さんは言葉を切った。


「佐野さん、すごく口が堅いじゃないですか。それだけじゃなくてかなり気遣いもされてますし」

「気遣いなんてできてませんよ……」


 大雑把な自分に反省しきりだ。


「たぶんですけど、桂木さんは佐野さんのこと好きだと思います」

「それはないです」


 きっぱりと答えた。あの娘はできの悪い妹だ。


「そうかなぁ」


 相川さんは苦笑した。

 暗くなる前に相川さんはリンさんと帰って行った。バケツにはアメリカザリガニがいっぱい入っていた。どこにあんなにいたんだろう。

 桂木さんの買い出しは明日だな。


「ごめん、明日買って持ってく」


 とLINEを入れた。


「相川さんといちゃいちゃしてたんですね!」


 怒ったような顔のスタンプと共に返信がきた。殺意が芽生えた。

 ……俺、もう手伝わなくていいかな?(冗談です)

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