46.大蛇を見せることになりまして
テンさんについてはおっちゃんが見たいと言っていたから、見せるのはかまわないはず。問題はリンさんだ。下半身が隠れている状況ならいいが全身を見られるのはまずい。幸いユマが俺の側にいたので、相川さんと目配せしリンさんの足止めを頼むことにした。
「ユマ、もうすぐおっちゃんが来るから、リンさんにはこちらに戻ってこないように言ってくれ! テンさんは連れて戻ってくることできるか? おっちゃんがテンさんのことは見たいって言ってたから!」
ユマは最初コキャッと首を傾げた。
「リンさんは川に残ってもらって、テンさんだけ連れてきて! わかった?」
「ワカッター」
ユマがタッタッタッと川の方へ行く。これでうまく伝わればいいけど……。
「……意思の疎通ができるってすごいですよね」
相川さんに言われてはっとした。当たり前に暮らしていたけど、ペットとここまで意思が通じるなんてことは普通ないはずだ。どう考えても普通のニワトリじゃないよな。
「……そうですよね」
思っていたより俺はニワトリたちに甘えているようだ。
ブロロロ……と車の音が聞こえてきた。おっちゃんがニワトリたちを送ってきてくれたようだった。間一髪だった。俺たちはこっそり胸を撫で下ろした。
「お? 今日はニシ山(俺んちの西側の山の通称。ニシ山ってそのまんまかよ)のが来てたのか」
「そうなんですよ。おっちゃん、いつもありがとー」
おっちゃんが軽トラから下りた後で、ポチとタマが荷台から下りてきた。雨は小雨になってはいるがそれなりに濡れている。急いでバスタオルを持ってこないとと思ったが、二羽はきょろきょろと何かを探しているようだった。
「いつもの彼女は一緒じゃないのか?」
「ちょっと作業を頼んでいまして……そういえばうちの蛇も連れてきていますよ」
「けっこうでかいって聞いてるが……どこにいるんだ?」
おっちゃんは蛇が来ていると聞いて上機嫌になった。きょろきょろと辺りを見回す様子がまるで子どものようで、こんな状況でなければ面白い。
「ユマが探しに行ったみたいなんで、そろそろ戻ってくるかもしれないですね」
勝手に山の中を探し回られると困るのでテンさんが戻ってくるだろうと伝えたら、少し落ち着いたようだった。代わりにポチとタマが俺の周りにつく。そんなに心配することないっていつも言ってるんだが、リンさんとテンさんへの警戒心が半端ない。
「ポチ、タマおいで。拭いてやるから……」
そう言いながら家へ誘導しようとしたら、ずるっずるっと大きな物を引きずるような音が聞こえてきた。タタタッとユマが戻ってきた。二人に無事出会えたらしい。
「ユマ、ご苦労さん」
ねぎらうと、ひょこり、と蛇の頭が川の方に見えた。それがずるずると音を立ててこちらへやってくる。なんというか、遠くに見えた小さな蛇の頭がどんどん大きくなって向かってくるのだ。とても恐ろしい光景だった。
「ええ? こりゃまた随分と……」
さすがにおっちゃんも驚いたようだった。無意識だろうが一歩後ずさっている。
「テン、おいで」
相川さんに呼ばれるとテンさんはずるずると相川さんの側に寄った。
「これがうちで飼ってる大蛇です」
相川さんがおっちゃんに紹介した。
「お、おう……こりゃあでかいな……胴回りもすげえし、何メートルぐらいあるんだ……?」
うん、こうして改めて見ると胴回りもかなりある。下手すると俺ぐらい飲み込まれそうだ。
「そうですね……はっきり測ってはいませんが、長さは4m以上はあるかもしれません」
「……相当重いだろう」
「ええ、最近はさすがに持てませんが、頭だけでもかなり重いですよ」
そう相川さんが言うと、テンさんが彼の肩に顔をちょんと乗せた。相川さんは慌ててテンさんの顔を押さえた。
「こら、危ないだろう」
「……おとなしいし、しっかり懐いてるんだな。ならよかった。……しっかし昇平んとこのニワトリといい、祭りの屋台で何売ってんだかなぁ……」
桂木さんのところのドラゴンさんしかり、相川さんの大蛇しかりである。あ、もちろんうちのニワトリたちも。
「お祭りの屋台ってこの村の人たちが出してるわけじゃないんですか?」
「もちろん村のモンも屋台は出してるが、半分以上は的屋だな。さすがに年寄りばっかだから丸一日屋台をやるなんて体力はねえよ」
「そうなんですね……」
日本全体が高齢化社会だが、そのあおりを一番くらっているのは農村部だ。若者は不便な田舎を嫌いどんどん町へ出て行く。もちろん田園回帰する者たちもいるが、流出量に比べれば多いとはとてもいえない。
「この辺りの祭りって神輿担ぎはするんでしたっけ?」
相川さんの疑問におっちゃんは首を振った。
「今は担ぎたい奴が担ぐってかんじだな。その年の実行委員によるわ。担ぎたければ言えよ」
「……強制的ではないんですね」
「神様だっていやいや担がれるなんざ御免だろ?」
まぁ確かに。おっちゃんの言うことはいちいちさっぱりしてて一理ある。
「あー、でも今年の夏祭りの準備はうちも入ってっから、昇平も少しは手伝ってくれよ」
「はい。その時は呼んでください!」
こんなによくしてもらっているのだ。手伝わなければ罰が当たると思う。蛇の尻尾についてはわかり次第連絡をくれると言い残して、おっちゃんは上機嫌で帰っていった。
あ、獣医さんとこの営業時間聞くの忘れてた。スマホで調べればいいか。
おっちゃんの軽トラを見送ってから俺たちははーっと深くため息をついた。かなり心臓に悪かった。
「……佐野さんが気づいてくださってよかったです」
「いえいえ、随分話し込んでしまって……すいませんでした」
お互いにいえいえ、いえいえと言い合う。ポチとタマに、何やってんだというような温い視線を向けられた。
「あ、そうだ。リンさん」
「そうですね。呼びに行かないと」
相川さんが動こうとするのでポチに呼びに行かせることにした。それにしてもひやひやした。
もし今度相川さんが来られる時があれば、俺がニワトリたちを迎えに行くことにしようと思った。
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