45.おもてなしは緊張するものです
翌日もポチとタマをおっちゃんちに預けた。例の蛇のしっぽについてはいろいろな人に見せてはいるがよくわからないらしい。明日S町の獣医に見せるそうだ。S町の獣医って木本さんのことかな。土曜日もやってるのか、それとも臨時なのか。覚えていたらおっちゃんが二羽を送ってきてくれた時に聞こうと思った。
山に戻って畑の手入れをする。今日はしとしとと雨が降っている。これぐらいの雨ならリンさんたちが来ても動きやすいだろうと思った。
きゅうりと小松菜を収穫し、きゅうりはたたきに、小松菜はまた煮びたしにした。メインは
「んー……ザリガニは、自分たちでとってもらうかー……」
多分リンさんたちはアメリカザリガニが目当てだろうし。あとは家の周りの雑草を刈ったりしていたら軽トラが入ってきた。相川さんだった。
「こんにちは、佐野さん。あいにくの雨ですね」
「こんにちは、相川さん。蒸すのが嫌ですねー」
リンさんとテンさんが軽トラから降りてくる。すごい迫力だった。テンさんはもちろん荷台に乗っていた。
「……さすがに二人乗せると車軋みませんか……?」
「そこが問題なんですよね。でもそうそうテンを乗せるなんてことはないですから」
「それもそうですね」
相川さんはユマに笑顔を向けた。
「ユマさん、でしたっけ? うちのリンとテンが虫などを食べてもいいですか?」
ユマが頭を下げるように動かした。いいらしい。ユマが見分けられる相川さんすごい。
「「ザリガニー」」
リンさんとテンさんが同時に要求を口に出す。思わず口元が緩んでしまった。相川さんがため息をついた。
「お前たちは……すいません、川に行かせてもいいですか?」
「けっこう増水してるので危ないと思うんですが……」
「それは大丈夫だと思います。リン、テン、許可が下りたぞ」
二人は(本当は二匹ないし二頭なのかもしれないけどリンさんは上半身が人の形をしているので二人と言ってみる)ずるずると川の方へ移動しはじめた。
「行くだけ一緒に行きます。問題なければ戻りましょう」
相川さんに声をかけてみんなで川の方へ向かった。俺たちはさすがに近寄らないが、リンさんとテンさんは機嫌良さそうにじゃぶじゃぶと川に入っていった。そういえば蛇は泳げると聞いたことがある。増水しているとはいえせいぜい胴体が隠れる程度だ。ここは下流ではないので、これ以上増水しても流される心配はなさそうだった。二人は川に頭を突っ込み、瞬く間にアメリカザリガニを捕まえた。
って、そんなに簡単に捕まるぐらいいるのかよ。やヴぁいだろ。
「リン、テン、僕は佐野さんちにいるからな」
「ワカッタ」
リンさんが応えた。テンさんは貪欲にまた川に頭を突っ込んでいる。二人でどれだけ食べるのかはわからないが、アメリカザリガニが駆逐されていくのは間違いなかった。これで魚とかいろいろ増えたらいいな。
うちに戻りながら昨日養鶏場で参鶏湯のサンプルをいただいたと伝えた。
「参鶏湯ですか、いいですね。ただ……家の中が漢方臭くなりそうですが……」
「あー、そっか。そうですよね。換気扇フル回転かなぁ」
そんなことを言いながら戻り、俺は台所に立った。うちは玄関から入ってすぐに台所が見えるし、居間のふすまを開けておけば丸見えである。でもこの広々としたかんじが好きなのであまり気にならない。
きゅうりのたたきとお茶を出して待っていてもらうことにした。
「そういえば佐野さんの料理って初めてですね」
「男の料理ですよ。いいかげんなもんです」
「少し楽しみです」
「ハードル上げないでくださいよー」
参鶏湯を鍋で用意し、おばさんに教えてもらった中華の炒め物を作る。本当は全部素揚げをした方がおいしいらしいが、そのまま炒めてもいいというのでそのまま炒めることにした。いいかげんなものである。
材料はししとう(本当はピーマンを使うらしい)、じゃがいも(炒めるだけなので薄切りにした)、ナスである。先にそれらを軽く炒めて上げてから調理する。
しょうが、にんにく、長ネギを炒め、香りがついたらオイスターソース、醤油、砂糖、塩、水溶き片栗粉を入れてとろみをつけ、その後先ほど炒めた野菜を投入。よくタレに絡めて少し煮たら出来上がりだ。素揚げすれば絡める程度でいいのだが油の処理が面倒なのでこんなかんじになった。
「すごくいい匂いがしますね。野菜だけなのに豪華なかんじです」
「いただきます」とお互い手を合わせ、小松菜の煮びたしも加えて昼食になった。やっぱり参鶏湯があってよかった。
「韓国料理と中華って、すごい匂いになったなぁ……」
おいしかったけど食べ終えた後の匂いがすごい。さすがに窓を開けた。
「参鶏湯、養鶏場で売ってるんですか?」
「まだサンプルの段階らしいです。感想をもらってからどうするか決めるみたいですね」
「商品化してほしいなぁ……地三鮮もいいですね。野菜がいっぱいとれるし、ごはんが進みます」
「ですね」
相川さんには好評だったようだ。よかったとほっとする。でもさすがにまたこれぐらいもてなせって言われたら困る。
「昨日は桂木さんのところへ行かれたんでしたっけ?」
「ええ」
あんまり思い出したくない。
「寂しいらしくてたまに呼ばれるんですよ」
「そうですね。一人は快適ですけど……寂しくなりますよね。だからついつい佐野さんに声をかけてしまうんですけど」
「桂木さんもそんなかんじみたいです」
「わかる気がします」
そう言って相川さんは笑った。
「そういえば、廃屋の解体作業をされるんですよね?」
「あー……」
あまり思い出したくない話題だった。
「……そうなんですよね。さすがに全部撤去しないと、なんか住み着いても困りますし。でも頼むにしても先立つものがなぁ……」
業者に頼んだら百万ぐらいかかりそうな気がする。だから山の廃屋はそのままほうっておかれることが多いのだ。俺もこの山に住んでいなければほうっておくと思うけど、見える位置に建物がいくつもあるので気になってしまう。
「狩猟仲間に頼んでみましょうか? 狩猟期にこちらで狩りをすることを許可していただけるなら、撤去作業の手伝いをしてくれると思いますよ」
「猟期って、秋の終り頃から春まででしたっけ。うちのニワトリが撃たれなければいいんだけど……」
心配なのはそこだ。
「裏山だけ開放するって手もありますよ。人が入っている間は近寄らないようにすれば大丈夫じゃないですか」
一理ある。
「それもありですね。相川さんはどうされてるんですか?」
「うちは自分の山ですから困りませんが、猟師さんでも山を持っていない方はけっこういらっしゃるので裏は開放してます」
「山を持ってないのに猟師さんなんですか」
「山の近くに住んでいるとか、畑を荒らされて困るとかで狩猟免許を持ってる方がいるんですよ」
「へー。じゃあ狩猟期に裏山を開放した方がいいですかね。つっても入りづらいでしょうけど」
つか、うちの裏山ってどうやって入るんだ? 道なんかないぞ。
「うちの裏山から入ってもらう形でいいんじゃないでしょうか。一応うちの裏山までは砂利道がありますし」
「そうなんですか」
「みなさんこの辺りの方ですから喜ぶと思いますよ」
「ならいいんですけど……じゃあ、うちのニワトリのこととかも含めて聞いてもらっていいですか」
「はい、聞いておきます」
もちろんお礼は別にしなければいけないだろうけど、手伝ってもらえばかなり助かることは間違いない。解体さえできれば後は適当な大きさに切ってごみ処理場に持ち込めばいいと思う。受け入れてもらえない分はまとめて産廃業者に引き取ってもらうとかかな。
まだどうなるかはわからないけど、俺はひどく晴れやかな気分になった。相川さんとは波長が合うというのかなかなか話が尽きない。気が付いたらもう夕方近くになっていて、俺ははっとした。
あれ? そろそろおっちゃんが送ってきてくれる時間じゃないか?
「相川さん……もしかしたらニワトリたち、帰ってくるかも……」
「湯本さんが送ってこられるんでしたっけ……?」
「……そうなんです」
俺たちは慌てて表へ出た。テンさんはともかく、リンさんだけは絶対に見られないようにしなければならなかった。
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