12.イケメンのペットは普通じゃない大蛇でした

 家を出て、軽トラを止めてある場所に向かう。ポチは先ほどと同じように相川さんの軽トラに向かってクァックァッ! と威嚇の鳴き声を上げ続けていた。

 え? 何? やっぱガチなのか?


「いてっ!?」


 足が震える。そんな俺を叱咤するように、タマが俺をつついた。しっかりしろと言われているようで俺は苦笑した。情けない飼い主で申し訳ない。相川さんを窺うと、こちらも少し緊張した表情をしていた。

 相川さんは自分の軽トラの助手席に近づき、「リン」と声をかけた。車の窓は開いている。女性が何事かと問うように顔を上げた。


「お前のことを、佐野さんに伝えた。ニワトリは佐野さんが飼っているから襲うなよ」

「……ワカッタ」


 女性は抑揚のない声で返事をした。そして助手席のドアが開き……。


「っっっっ!?」


 予想はしていた。先ほど話を聞いた限りでは、多分こんなことじゃないかと思ってはいた。でも実際に見るのと、ただ話で聞くのは違う。俺は頭がくらくらしてきた。これは夢なのだと、何かのドッキリなのだと思いたかった。

 ポチはバッと軽トラの側から跳びのき、俺の前に陣取った。


「僕が飼っているうちの一匹です。見ての通り雌で、もう一匹は山の方にいます」

「そ、そう、なんです、か……」


 声が震える。口の中がカラカラだ。長い黒髪。白い肌。顔だけ見ればキレイな女性だ。シャツは女物の袖の長い柄シャツで、その下は……。

 女性は流れるような動きで軽トラを下りると、相川さんに寄り添った。そして身体をずるりと相川さんに巻き付けた。


「リン、重い」

「トリウルサイ」


 表情はない。声に抑揚もなかったがうちのニワトリにいら立っているかんじがした。


「あ……ポチ、彼女のことは相川さんが飼っているからもう威嚇しないでくれ。大丈夫だから」


 コッ! とポチが返事をするように鳴いた。それでもポチは俺の前からどかず、リンさんを警戒しているようだった。まぁ、これだけ胴体も大きくて長ければなぁ……。


「あのぅ……買った時は普通の蛇だったんですよね?」

「……そうなんです。もう一匹は雄で、そちらは見た目ただのでかい蛇なんですけど、リンはある朝起きたらこうなっていて……」


 見た目? 外で話すのもなんなので中へ、と促したら、


「ムシタベル」

「ああ……すいません。この辺りの虫などを食べさせてもいいですか?」


 わざわざ断ったということはかなりの量を食べるのかもしれない。つか蛇って虫食べるのか。

 俺はポチたちを見やった。コッ! と了承するように鳴かれる。


「いいみたいです……あー、でも害虫のみにしていただけると……」


 これが畑に害で、これが害じゃないとかわかるんだろうか。ちなみに俺は全くわからないのでネットに頼りっぱなしだ。


「それは大丈夫です。ここ、水の音近いですね」

「はい、近くに川があります」

「アメリカザリガニとかいれば食べますよ」

「外来種も食べてくれるんですか! それはすごいですね……」


 何がすごいんだかよくわからないけど、あまり生態系を壊さない形で捕食しているようだ。


「そういえば蛇って蛇同士で捕食したりするんですか?」


 うちの周りはマムシが多いのでふと思い出して聞いてみた。


「自分より小さければ普通に食べますね。まぁ……リンたちより大きい蛇はこの辺りにはいないと思いますけど……」

「そう、ですね……」


 こんな大蛇がそこらへんに普通にいたら恐怖だ。


「なんかうちの周りマムシが多いんですよ」

「リンに始末させましょうか?」

「いえ、ニワトリたちのごはんなのでそれは大丈夫です」


 始末って言った。この人始末って言ったよ。怖い。


「それならよかったです。噛まれたらたいへんですし」


 ほっとしたように相川さんが言う。いい人だなと思った。

 そういえば、とまた思い出したことを聞いてみることにした。


「相川さんの山って、イノシシとかクマとか出ます?」

「クマは見たことないですね。イノシシは……リンとテンが以前捕まえて……食べていたような……」


 相川さんは遠い目をした。見てしまったのか。丸のみだったのかそれとも……想像するだに恐ろしい光景だ。


「こ、この間うちのニワトリがイノシシを捕まえたんですよ……」

「はい、村で聞きました。確か村の皆さんに振舞ったとか。うちも今度一頭ぐらい持って行ってみようかな」

「喜ばれると思いますよ」


 一頭ぐらいってことはけっこういるんだろうか。まぁ獣害もひどいからおいしくいただくのが一番だろう。


「この辺りってイノシシ多いんですかね」

「山が多いですしね。この辺りは人工林ではありませんから植生は豊富ですし、それで増えてしまっているのではないかと思いますよ」

「猟師さんも年々減ってるって聞きますしね」

「あ、一応僕狩猟免許持ってます」

「え!? そうなんですか? じゃあ猟銃とかも持っていらっしゃる?」

「ええ、持ってますよ。依頼があれば狩りに行ってます」

「すごい!」


 相川さんが狩猟免許を持っていると聞き、俺は興奮してしまった。相川さんは俺と同じぐらいの歳に見えたが、本当はけっこう年上なのかもしれない。畑の側で話しているとユマがいきなり素早く動いた。ユマは俺の護衛よろしく側にいたのだった。


「うわっ! マムシ、ですかね?」


 ユマが得意そうに頭を上げる。そのくちばしには例によってマムシが……。


「ありがとう、ユマ。それもらっていいか? ちょっと失礼します」


 相川さんに断って家に空いたペットボトルを取りに行く。そうしてユマに協力してもらい、マムシをどうにかペットボトルの中に収めた。この作業はとても緊張する。


「すごいですね」


 空気穴を作っていたら相川さんが感心したように言う。


「村の、湯本さんに教わったんです。心臓に悪いですよね……」

「いやいや、なかなかのものですよ。捕まえてどうするんですか?」

「湯本さんに譲ります。マムシ酒を造るんだそうです」

「ああ……確かにけっこう使えますよね」


 そんなことを話していたらけっこう時間が経ってしまった。相川さんは話し相手に飢えていたのか、いろいろ教えてくれた。GWが終わったら相川さんの山を訪ねる約束をして見送った。

 飼っていた蛇? についてはものすごく驚いたけど、相川さんの言うことを聞いているみたいだったから大丈夫だと思う。


「はー……それにしてもびっくりしたなー」

「タナー」

「タナー」

「タナー」


 だからお前らの声帯はどうなっているんだよ。

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